第35話 追撃

「避けた?」


「違う、高低差だ。追おう」


 エフテの疑問に答えながら走り出す。


「ちょっ、キョウ!」


 慌てて二人が追って来る気配があるが、待つつもりはない。


 ゴーグルの周辺マップの等高線表示は、さきほどターゲットが歩いていた付近が数メートル下がった場所だと示していた。

 併せて、そこに003のシグナルが存在していることも。

 銃弾の風切音で気付かれた可能性が高い。

 長距離からの射撃ならこっちに分があるけど、接近戦では勝てるイメージが湧かない。

 無手の勝負では、ほとんどの動物に人間は負ける。


 もうすぐヤツが消えた稜線。

 シグナルは数メートル先。

 つまり、こちらが近付くのを、死角で待っている。

 ヤツを視認できなければ僕に攻撃手段は無い。


 思えば、コンテナからグレネードでも取り出せば良かったのに、この時は体が勝手に動いていた。

 女の子二人にカッコいいところを見せようとしたのか、一か月ほど先輩の自分がしっかりしなきゃって思ったのか、それとも、プロフに臆病って言われたことが思いのほか気になっていたのかは分からない。


『止まって!!』


 切迫したメロンの声に急停止し、平地の切れ間から電磁砲を構えつつ下方を見下ろす。

 瞬間、気配や風圧と共に、大きな何かが眼前を跳躍する。

 咄嗟に電磁砲を正眼に構えると重い衝撃に両手が痺れた。


 ジャンプしながら棍棒で攻撃したコボルトは、僕の頭上を越え後方に着地すると、5メートルほどの距離にいるエフテとプロフ目掛けて走り出す。


 しくじった!


 コボルトの進行方向、僕を追いかけて走ってきた二人が咄嗟に電磁砲を構えるが、僕が射線にいることで、FF(Friendly Fire)警報が鳴ったのか硬直する。


「撃て!!」


 叫び横に飛ぶ。

 すぐにエフテが射線を合わせる。

 だがコボルトが速い!

 横っ飛びに避け、俊敏な動きで振り上げた棍棒をプロフに振るう。

 叫ぶ間も無い。

 やられる!


 が、高速で振り下ろされた棍棒は、何の抵抗もなく地面に叩きつけられ、それを足で押さえつけたプロフは、ゼロ距離射撃でヤツの頭を吹き飛ばす。


 避けて、武器を拘束し、致死の一撃を放つ。

 それがプロフが一瞬で行った全てだ。


「ヒッ! いやぁぁー!」


 プロフは電磁砲から両手を離し、後ずさりながら返り血を浴びた両頬に手を添え叫ぶ。

 まるで猟奇殺人現場に居合わせたようなリアクションだけど、いや、叫びたいのはコボルトの方だと思うぞ。


「大丈夫? 怪我は?」


 エフテがプロフに駆け寄り、肩を抱きながら静かに聞く。

 ふるふると首を横に振るプロフ。

 さすが女教師枠、フォローも的確だな。


 とまあ冗談はともかく。


「なんだ、いまの動き?」


 プロフと死骸の間に立って聞く。

 自分の成果物は見たくないだろう。


「わ、分かんない、あ、って思ったらこうなってた……」


 顔色も、バイタルも既に落ち着いていて、まるでを何度も経験しているみたいだ。


「プロフの能力が必然か偶然かはともかく、キョウ、軽率よ」


「う、ごめん。なんとかしなくちゃって思って……メロンもありがとな」


「メロンがどうかしたの? それよりオールオッケーだから良かったけど、最悪、全員死んでたのよ」


 エフテが少し怒ってるので神妙にしてしまう。

 最初に僕が撲殺され、プロフとエフテが撲殺されるイメージをあえて描く。

 メロンの声が無かったらと思うとゾッとする。


「まあ、そもそも最初の射撃ポイントを間違ったのはわたし。地形情報を見落としてたの。ゴメンなさい」


 エフテはすぐにそう言ってくれる。


「いや、三人で対応を検討するべきだった。挟撃でもあぶり出しでも他にもっといいプランは出せた」


 もう一度頭を下げておく。

 何より、二人を危険に晒したのは僕の判断のまずさだ。

 しっかりしよう。


 少し離れた岩陰に移動して休憩を取る。

 エフテがアリオに状況を通信してる間、あらためてプロフに謝る。


「ごめんね」


「ううん、気にしないで……私の狙撃がちゃんとしてればよかったの。視線トリガーにもたもたしちゃった。それに、どっちかって言うと、私、無意識の自分の方が怖い。あんな動きができるとか、なんなんだろう」


 失われた記憶の部分なんだろうか。

 操縦士だそうだから、それなりに反射神経がいいのかもしれないな。


「気にしない方がいいよ。強くてラッキーくらいに思ってれば?」


「怖くないの……?」


「何が?」


「私」


「え、僕、殺されるの?」


「だって、無意識であの動きよ?……」


「無差別殺人衝動とかあるの? 要は、後ろから近付いたり、寝こみを襲ったりしなきゃいいんでしょ?」


「襲う気、まんまんなんだ……」


 冗談だろうが! 襲わねーよ、つーか居住区だってお互い入室禁止だろうが!


「怖い管理人が異性交遊を禁じてるからね、残念」


「管理人が見てないとこなら、襲うんだ……」


「あのさ、船の中はもちろん、外だってほら」僕は上空のドローンを指さす。


 保護者の監視カメラ付なんだよね。


「ドローンが行けない場所……」プロフはそう呟いて黙ってしまった。


「向こうは岩山に辿り着いたみたいよ。標高300メートル程度。各所に洞窟の様な空間があるみたい。数体の006と遭遇し討伐。問題無し。探索を継続するって」


 ゴーグルに表示された活動時間は1時間11分。まだ9時過ぎだ。

 合流まで3時間弱はある。


「こっちも周辺探索しつつ岩山へ向かうか。直線距離で1560メートル。登り傾斜でも20分程度あれば行けるな」


 アリオたちのいる岩山は見えるけど、地形の起伏が激しく、岩もゴロゴロしているので全景は目視できない。


「さっきの003の行先も気になるわね」


「地下、か」エフテの問いに呟きが漏れる。


「ほんとうに敵の住処があるの?」


「まだ可能性の一つだけどね。地表はこんなでしょ? プロフたちが起きる前の戦闘では、結構たくさんの種類と数が襲ってきたの。生態系を考えれば、水場や休憩に必要な空間は必須だからね」


 エフテはプロフに丁寧に答える。

 そう思って地下装備を追加したんだ。

 とはいえ、本格的に潜るとなれば綿密な計画は必要で、今回はお試し探索を考えている。


「飲食を必要としない生物って可能性もあるけどね」


 食物連鎖も進化や生殖も関係なく「金色の羊毛」からあふれ出る幻想生物を思い浮かべた。

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