第4話 キョウの日常3

 目が覚めるとメロンはすでにいない。

 狭いベッドの中に彼女の残り香だけがふわりと佇んでいる。


 医療行為の後はいつも気怠い。

 まあ、メロンは僕のバイタルを管理する立場だし、あれは医療行為だそうなので、僕がそれに関して強く否定したりということはない。

 注射が嫌だからって必要な注射を否定しないのと同じ。

 僕は素人だからプロに任せておけばいいのだ。うん。


 いつものように全裸なのでそのままユニットバスでシャワーを浴び、ベッド下に落ちていた下着と室内着を身に着ける。



 左腕のデバイスは9:03を表示している。

 昨日、戦闘を行ったから今日の予定は自由だ。

 もう一眠りしてもいいんだけど、とりあえず朝食を楽しむため居間に向かおう。


 その前に、壁のマルチゲートから今日の分の栄養ドリンクを取出し、良く振って一気に飲み干す。今日はバナナ味。辛みが足りない。

 とは言え文句は言えない。

 健康管理の為、これを飲まないと扉のロックが解除されないからな。


 部屋を出ながら思う。

 他の隊員が起きてきたらこの生活はどんな変化を迎えるんだろう。

 それぞれ好きに生活するのか、それとも僕らの目的のため集団行動に移行していくのだろうか。

 メロンからその辺りの説明はない。

 ……メロンの医療行為は、僕以外の隊員にも行われるのだろうか? その想像で僕の胸にちくりと痛みが走った。


「おはようございます」


 居間に入ると上機嫌なメロンの声に迎えられる。

 彼女はソファで優雅にお茶を飲んでいる。

 香りから推察すると、ドクダミ茶だろう。

 医療行為の後、しばらくご機嫌モードなのは、彼女の中でどんなプログラムが作用しているのだろうか。

 信頼度とか親愛度といったパラメーターでもあるのかな?

 それこそ経験値が上がるとイベントが発生したりして。


「おはよ」


 僕は努めて冷静に返事を返し、フードコンソールで「和定食A」を選ぶ。

 鮭の切り身、卵焼き、酢の物、納豆、ほかほかご飯と豆腐の味噌汁。

 湯気の出るそれらに調味料をかけて、トレーで運び、メロンの対面に座る。


 彼女はちらりと料理を見て、少しだけ嫌な顔をする。

 彼女の納豆嫌いは僕の中で有名だ。


「そんな嫌そうな顔しないでよ。美味しいんだよ、納豆」


「納豆は悪くないですよ? 悪いのはそれに特濃ソースをかけるあなた」


 ふん、味覚音痴め。素子がイカれてるか味覚デバイスがバグってんじゃないのか?  これだからホムンクルスは信用できないんだ。

 

「味覚論争には付き合わないよ、不毛に過ぎる」


 僕とメロンの価値観の中で一番大きな軋轢を生じさせているのが食い物の嗜好に関してだ。

 娯楽として大きな要素を占める食生活に妥協する気はない。

 

「そうですね、でも他の人たちには押し付けないでくださいね? くれぐれも標準的嗜好の模範となっていただければと切に願います」


「なあ、その標準的価値観ってやつ、自力で調べれば調べるほど、メロンに聞いた内容と乖離が激しいんだが?」


 医療行為とか、医療行為とか。大事なことなので二度。


「失礼ですね、まるでワタシが恣意的に曲解した情報を刷り込んでいるかのような誤解を招く物言いは止めてください、訴えますよ?」


 どこにだよ! なんて突っ込まない。

 僕はもくもくと食事を摂りながら頭の中を整理する。


「ねえ、次に目覚めそうなのって誰なの? それに、そろそろ隊員リストとか教えてほしいんだけど」


「個人名を言って理解できるとは思えませんので却下ですね。いいじゃないですか、起きてきたらそこからスタート。つまらない事前情報なんてコミュニケーションの阻害要因にしかなりませんよ?」


「……せめて男女比だけでも」


「あらあら、15歳ほどの肉体年齢のくせに一丁前に色恋が気になるのですか? そんな心配の前に、この星を手に入れる方法をもっと真剣に考えていただきたいのですが」


 少しだけ冷笑を浮かべながら悠然とドクダミ茶を啜るメイド。

 この辺りの常識もおかしい。

 こいつは僕ら隊員をサポートする存在だろ? なんでこんな上から目線なんだろう。

 そりゃ船のAIが故障中だからメロンに頼るしかないんだけどさ。

 こいつのAGIとしての能力は、この調査船アルゴー号のAIと遜色ないって情報は、メロンと独立した隊員用のデータベース内のコモンデータ(共通情報)でも開示されている客観的事実だ。


「で、起きてくる人たちは、その目的を知ってるんだよね」


「当然ですね、移民船団から選抜された先遣隊の六名。それなりの教育と訓練を潜り抜けてきたはずなのに、なんで忘れちゃってるのです? そのことをまずは反省してほしい。本来、ワタシがあなたの延命を施すリソースを船の修理に回せていればこんな事態になっていないのです」


 コルキスに着陸した際、エネルギー系のトラブルが重複し、いくつかのバックアップシステムが不幸にも同時損傷し、船のAIを保護するエネルギーが確保できなかった。

 手動で切り替えをすれば回避できたらしいけど、その担当者は医療行為の真っ最中だったそうだ。

 え、僕が悪いの? 一人じゃつまらないから起こしたとか言ってなかった?

 この辺の話をし始めると、メロンは不機嫌になるし話は長くなるし時間ばかり費やしていいことなんか何もない。

 よって話題を切り替えるのが肝要だ。


「話を戻すけど、次の人が起きる日程の予想だけでも教えてよ」


 居間の奥にある通称「寝台室」に僕は入れない。

 扉も開かないし、メロンの後ろから付いて行こうとしたら高圧エアで吹き飛ばされた。

 睡眠中の船員に対する安全確保は最高クラスの重要事項なんだそうだ。

 別に、いたずら目的とかじゃない。

 どんな人だとか、どんな状態だとか知りたいだけなのにさ。けち。


「仕方ありませんね……次に目覚める予定の隊員ですが、三日後の予定です」


 すぐじゃねーか、もっと早く言えよ。

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