トイレに! 行きたい!!

桜楽 遊

トイレに! 行きたい!!

 俺は今、猛烈に尿意を感じている。

 尿意を催しまくっている。わっしょい!

 高校の帰り道。近くにコンビニはない。

 ――よそ様のお宅の便所を借りるか?

 いいや、無理だ! 恥ずかしい! 俺、赤面。いやん!

「そいえば、近くに公園が……っ!」

 よし、目的地は決まった。近くにある公園のトイレだ。

 歩いて三分で着くだろう。

 急げ! 膀胱の涙が零れてしまう前に!

「はっ、はっ、ふぅ~。はっ、はっ、ふぅぅぅぅぅぅう!」

「おい、お前!」

 声を掛けられる。

 金髪のヤンキー集団が、俺にガンを飛ばしてきたのだ。

「声と顔がキモイぞ、この野郎!」

「面貸せや。ぼこぼこにしてやんよ」

 ヤンキーたちが進行方向に立ち塞がる。

 ああ、もう。鬱陶しい!

「面なら貸すから、トイレを貸せやあぁァァア!!」

「は? 何言って――」

「貸せないなら、退け!」

「ぶへぇぇええええッ!!」

 派手に吹き飛ぶヤンキーたち。

 ――あれ?

 俺、こんなに足速かったっけ?

 まるで風にでもなったような気分だ。

 これが火事場の馬鹿力というやつか。これなら、公園まで一分もかからないだろう。と、思った矢先。

「信号がッ! 赤……だとッ!?」

 数十メートル先に立ちはだかる信号機が、赤いランプを灯していた。

 俺は急いで停止を試みるが、速度を上げすぎていたせいですぐには止まれない。

 このままでは怪我人が出てしまう。

 火事場の馬鹿力モードの俺は、おそらく車よりも耐久力があるに違いない。

 俺と衝突した車に乗っている罪なき者たちが、怪我をしてしまうことなどあってはならない。

 俺ははなんとかして停止するために、下半身に力を込める。

「ごんヌぅぅうううううう!」

 靴底が削れる。足裏が熱い。

 焦げ臭い。この臭さなら、ディスモーニングの放屁と良い勝負ができる。

「ぴゅりィィイ――っつは! 止まった!!」

 直後。盛大に放屁してしまう。

 下半身に力を入れていたからな。仕方がない。

 それに――、

「靴底が焼けるニオイが強すぎて、屁のニオイなんてわからねぇぜ。今日のあさイチの屁を超えられないようじゃ、まだまだだな……」

 てか、やべえ。もう漏れそう。

 早く信号変わってくれ。さもないと、俺がここで漏らすぞ。いいのか?

 俺が股間を抑えていると、信号がようやく青に変わる。

「よし、急いでレストルームへ――」

 俺が走り出そうとした直後だった。ナイフを持ったおっさんに話しかけられたのは。

「おい、小僧。金出せや」

「あ?」

「金出せっつってんだよ。刺すぞ、オラ! こちとらパチンコしたくて、疼いてんだよ。我慢の限界なんだよ!」

「こっちだって、パのないパチンコの限界が近付いてんだ! いいか、俺は――」

 大きく息を吸って、腹の奥から叫ぶ。

「大は我慢できるが、小は我慢できないタチなんだよぉぉお!」

 俺はナイフを拳で叩き割り、そのまま走り出す。

「あ、え……? これ、金属だよな?」

 背後からおっさんが驚いている声が聞こえるが、俺は驚かない。

 俺はもう知っているからだ。追い込まれた人間が超人的なパワーを発揮することを。

 俺は走って、走って、走って、ちびって、走って、走って……、そして……。

「よし。公園が見えた! ――って、なんだアレ!?」

 公園には円盤型の巨大なナニかがあった。

 遊具ではない。異色のオーラを発している。

 ――と、なると。

「UFOか。生で見るのは初めてだな」

 珍しいものを見た。これは自慢できる。

 だが、今はそれどころじゃない。

「早くトイレへ」

 やっとの思いでトイレにたどり着いた俺は、目の前に広がる光景を見て絶望する。

 なんと、トイレの前に大行列が出来ていた。

 並んでいるのはただの人ではない。頭の形が歪な宇宙人だった。

「どうして……」

 おしっこ――いや、かすれ声を漏らした俺に気付いた一人の宇宙人が、俺に声を掛ける。

「やっほー。君、地球人ちゃん? 今から覚悟決めといたほうがいいよ。この後、地球を破壊する予定だから」

「そんなことより、トイレを……」

「ああ、トイレ? 破壊する前に一度、地球のトイレで用を足してみたくてね。みんなで並んでるんだ〜。破壊する星の文化に触れる……、イケてるっしょ?」

 そう言って笑う宇宙人。

 こっちは笑えねぇんだよぉお!

 くそ! どうすれば……?

 ――――――。――――。――そうだ!

「おいおい、地球人ちゃん。どこに行くの?」

「UFOのトイレだよ!」

 俺はUFOの壁を体当たりでぶち壊して、UFOの中に入る。

「だ、誰だッオ?」

「地球人が侵入してきたぞッシ!」

「ドアが開いているのに、わざわざその真横の壁を壊して入ってきやがったッツ!」

「殺せッコ! 今すぐ排除しろッコ!」

 襲い掛かってくる宇宙人たち。

 ――ったく。こっちはトイレを探しているだけだってのに。

「トイレの場所、教えろやあああああ!」

 俺は叫びながら、宇宙人を返り討ちにする。

 火事場の馬鹿力をナメんなよ。お前らくらいなら、瞬殺できるわ。

「おい、トイレどこだ?」

 俺はボロボロになった一人の宇宙人の胸ぐらを掴みながら尋ねる。

「あ、あっちだニョ。まっすぐ進んで、突き当りを右に曲がったらトイレがあるニョ。……お、教えたぞニョ。早く離してくれーニョ」

 俺は宇宙人を解放し、トイレに向かう。

 あと少し、あと少し……。

「間に合ったぁ!」

 トイレの形やボタンの数は俺が知っているものとは異なっていたが、それでもどこに放尿すればいいのかはすぐに理解できた。

「……ふぅ」

 スッキリした俺は、宇宙船を降りて空を見上げる。

 綺麗な青空に、大きくて真っ白な入道雲が浮かんでいた――。


◇◇◇


 それから数時間後の宇宙船内部。

 宇宙人たちは、宇宙から地球を見ていた。

「地球の破壊はやめにしよーニョ」

「賛成だーウ。あんなにも強く、恐ろしい地球人の相手なんてできっこないーウ。あ、おしっこ出そうだーウ」


 こうして、地球の平和は守られたのだった。

 あなたも知らないうちに何かを守り、誰かを助けているのかもしれない――――。






         終

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トイレに! 行きたい!! 桜楽 遊 @17y8tg

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