第21話 境島署のいちばん長い日19

「うわああああ!!!ぐえっ!! ちょ、やばい死ぬ!これは!やばい!」


 ドラゴンに捕まり、絶賛大空を飛行中のユリウスは、大きな翼の羽ばたきで上下左右に揺さぶられて悲鳴を上げた。

 そういえば、と咄嗟に胸元を見る。抱っこひもに身を預けたままつぶらな瞳が、ユリウスを見上げている。仔竜に怪我などはなさそうだが、いかんせんこの状況ではどうしようもない。


「マジでヤバイ、どうしよう! あ、何だあれ……!?」


 夕闇の帳が降りつつある地上を見る。もうすぐ特別区との境界線の筈だった。

 そこに、一列に並んだ光が見えた。よくよく見れば、白い二トントラックが並んでいる。

 その荷台には、巨大な弩弓のような物が積まれているではないか。


「あれが、足柄課長の秘密兵器!?」


 空を見れば、いよいよ夜が迫ってきていて、日没まであと数分と言ったところだろうか。

 完全に真っ暗になってしまえば、空を飛ぶ飛竜を確認できなくなってしまう。この作戦は無駄になってしまうだろう。

 ユリウスはおもちゃのようにぶらぶらと揺さぶられながら必死で考え、ポケットの中をまさぐった。


「これだ!」


 ズボンの左ポケットから手のひら大のマグライトを取り出し、一縷の望みをかけてスイッチを押した。


 ————


「肥後ちゃん!! これ、本当に動くんだろうなァ!?」


 小柄なハーフリングの身体に似合わぬ風格を漂わせ、トラックの荷台に仁王立ちになっていた足柄が、身を縮めて運転するオーク、肥後魔獣管理センター長怒鳴った。


「大丈夫ですよ! 300年前に使用した際はエルフの狩人が使ったみたいですが、問題なく使えたらしいです!」

「そんな昔の話なんざ信用できねえだろ!」


 八台の二トントラックの荷台に乗せられた大きな弩弓を見て足柄が言った。

 魔獣管理センターの備品台帳にあった、対ドラゴン用捕獲器。

 正式名称は【スコルピオ】。ドワーフ族の名工が鍛えた金属と、エルフ族の職人が編んだ縄で出来たこの捕獲機は、見た目は巨大な弩弓であるが、矢には呪力が込められた縄が付いていて、対象を追尾し、絡めとって無力化させるという代物である。

 しかし、使用するにあたっての説明書が殆ど古いエルフ語やドワーフ語で、しかも手書きだった。

 管理センターにもエルフ族の職員は何人かいるのだが、生憎皆ハーフエルフや歳若いエルフで、古代語はさっぱり読めなかった。

 そこで、足柄は会計課長の緒方に頼み、休暇中であるハイエルフの江田島に連絡を取ってもらう事にした。

 十数回目の電話に最高に不機嫌そうに電話に出た江田島だったが、緒方の必死の懇願、いや、上司命令により、ビデオ通話を駆使しての同時翻訳という運びとなった。


 数十分前。


『成程。かなり癖のあるドワーフ語と北方エルフ語ですが読めなくはありません。名称はスコルピオ。攻城兵器の大型弩砲(バリスタ)のように対象に発射して使用するものですね。発射後は操者によって矢弾を動かし、縄を絡めて動きを封じるという使い方のようで、あまり複雑な作りではないようですが操者は魔力と狩猟能力の高いエルフ族が望ましいと思います』


 スマホの中で、赤ちょうちんをバックに無表情でそう続ける江田島に、倉庫から運び出された大きな弩弓、スコルピオの説明書きを自分のスマホに映しながら、足柄がそうかい。と頷いた。


「ありがとよ。江田島ちゃん。休暇なのにすまねえなあ」

『いえ。大丈夫です。今日はこの店で最後なので。それと、気になる点が』

「おう、なんだい?」

『元々それは大型の馬車などで運んでいたようです。単体では持ち運びは困難ですからね。今ならトラックなどになら載せられるのではないですか?』

「その手があったか! 何から何までありがとうよ! 江田島ちゃん!」

『どういたしまして。緒方課長には明日まで電話出ませんからとお伝えください』


 そう言って容赦なく通話を切った江田島に苦笑すると、足柄は倉庫内を忙しなく動く生安課員や管理センターの職員に声を掛けた。


「ようし! 今からこいつらを載せられるくらいのトラックを借りて来てくれ! 公用車でもどっかの土建屋でも何でもいい! 頭下げてでもかき集めてこい! 責任は全部俺が持つ!」


 足柄の号令で、人員が一斉に動く。すぐに付近の建設会社や農家から借り受けたトラック六台、管理センターで使用されているトラック二台の計八台が集まった。

 トラックにスコルピオを載せ、操者に選ばれたエルフ族の職員達が緊張した面持ちで荷台に上がる。西の空は真っ赤に染まり、反対側の空には群青色の空が広がりつつあった。


「これ以上時間はかけられねえ! 誘導班と本署からの連絡では約十分で此処に来るはずだ!」

「足柄さん! あれ見てください!」


 運転席の肥後が、声を上げて前方を指した。

 眼を向ければ、屋根とボンネットが剥がれたパトカーが猛スピードでこちらに向かっている。

 よくよく見れば、運転席にはリザード族の毒島、黒い獣毛に包まれた長い両腕を振っているのはワーウルフの犬飼だった。

 犬飼が焦ったように手を振り、しきりに上を指差している。

 訝し気に上を見ると、大きく翼を広げ、雄大に羽ばたくドラゴンのシルエットがこちらへ向かってくる。

 そのすぐ下、ドラゴンの足元辺りに、何かがチカチカと光っている。


「何だァ……?」


 その光がふらふらと揺れている。いや、一定のリズムで振られているのだ。

 もっと目を凝らして見る。何かが、ドラゴンに掴まれて、運ばれている。


「おい嘘だろ!!??」


 足柄は驚愕に眼を見開いて叫んだ。ドラゴンの脚に掴まれたまま空を飛ぶ、ユリウスの姿を見つめたまま。


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