第20話 境島署のいちばん長い日18
「あ、やばい。目が合っちゃった」
隣の犬飼の情けない呟きがユリウスの耳に届く。
俯いていた顔を上げると、怒りに眼を赤く光らせ、空から猛然と追ってくる飛竜の姿がはっきりと見えて思わず息を飲んだ。
唸り声をあげ、引きちぎられたパトカーの屋根部分を飛竜が放り投げた。重たい金属板がまるで段ボールのように宙に舞う。
ユリウスは身を起こし、顔にぶつかる暴風に眼を細めながら辺りを見回した。カーナビは先程の衝撃で壊れてしまったのか、何も映っていない。
屋根部分が剥がされてオープンカーになった車内は夕方の冷たくなった風が渦巻き、身も凍るような寒さだ。抱っこひもで抱いている仔竜がユリウスに引っ付くように身じろいだ。
凄まじい速さで景色が流れてゆく。毒島が必死にハンドルを切り、車体が大きく上下に揺れる。
ばきり。と何かが割れる音がユリウスの耳に聞こえた。
身体を繋ぎ止めていたシートベルトが留め具ごと割れている。背筋に冷たいものが流れると同時に、ユリウスの身体が宙に浮いた。
「うわっ!!」
「ユリウス!!」
犬飼が焦ったような声を上げて手を伸ばす。だが、車外に放り出されようとしているユリウスの身体を捉える事は出来ず、空を切った。
(あ、これ、死んだな)
景色がスローモーションのようにはっきりと見える。車外に放り出された身体、必死に手を伸ばす犬飼。ぼろぼろのパトカー。短かった警察人生での出来事。
ああ、これが走馬灯かぁ。とどこか他人事のようにユリウスは思っていた。
でも痛いのは嫌だなぁ、とぼんやりと考えていた時であった。
「ぐえ!」
がつ!と息が止まる程の凄まじい衝撃がかかり、意識がふわりと遠のいた。
轟々と耳元で風が鳴っている。
顔が氷で切り付けられたように冷たく、痛い。
まだ、生きている。
どれくらいの大怪我をしているのだろうか。
数十秒ほど意識を失っていたユリウスは、ゆるゆると眼を開けた。ぼやけた視界が、段々と鮮明さを増してゆくにつれて、自分に今何が起きているのかがようやく理解した。
見渡す限りの夕焼け空。今にも沈みそうな夕陽が、真っ赤に燃えている。
そんな美しい景色など堪能する余裕などない。
両肩を硬い青銅色の鱗を纏った大きな脚ががっちりと掴んでいる。抱っこひもの分厚いベルトを掛けていなければどうなっていたことだろうか。
ぶらりぶらりと地面を遠く離れた両足が宙を彷徨う。
遥か下に、ミニカーくらいに小さく見えるパトカーが追いかけてきているのが見えた。
「うわああああ!!!」
ようやく、巨大な飛竜に掴まれて空を飛んでいる事を理解したユリウスは、腹の底から悲鳴を上げた。
その頃、下では犬飼と毒島が大慌てでその光景を見ていた。
「おい、おい! やべえ! ユリウス連れてかれちまった!」
犬飼が上空へ攫われ、豆粒のようになってゆくユリウスを見上げながら怒鳴った。
「くそ! 犬飼、無線入れろ!」
「さっき落としちまったよ! 車載無線は!?」
「とっくにぶっ壊れちまった! しかたねえ、このまま追うぞ!」
毒島がハンドルを切り、アクセルを全開にする。
不幸中の幸いと言っていいものかは分からないが、飛竜の進路は彼等の目的地と同じだった。
しかし、怒り狂った飛竜の攻撃を受けてボロボロになったパトカーでは飛竜のスピードには追い付けず、どんどん離されてゆく。
もうすぐ、日が暮れる。
前方に、境界線が、目視できた。
後部座席から身を乗り出した犬飼が、前を指して叫んだ。
「先輩! あれ!」
境界線に白い光が横一列に並んでいる。
ヘッドライトだ。
よく見れば、全部同じ二トントラック。整然と並び、一列横隊の騎士の如く進軍している。
その荷台には、巨大な弩弓のようなものが積んでいるのが見えた。
「あれが【秘密兵器】って奴かァ!?」
犬飼が希望と失望が混ざったような、素っ頓狂な声を上げた。
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