第6話 境島署のいちばん長い日4
「ぴい」と鳴く蒼い小さな竜のようなものに戸惑いの視線をむけるユリウスと犬飼。
「ど、どうしましょう……」
「どうしましょう、てお前あれだ……こういう奴って最初に見たものを母親だと思うんじゃねぇのかコレ」
「刷り込みってドラゴンにもあるんですかね……」
あどけない瞳でこちらを見つめる仔竜に、ユリウスは怖々と手を差し出してみる。
すると、甘えるようにその頭を手のひらに擦り付けてくるでは無いか。
「やべえじゃんお前刷り込まれてんぞオイ」
犬飼が引き攣った表情で言う。
「いやいやいやいやいや。違いますって絶対違います」
しきりに頭を擦り付け、きゅるると甘えるかのように鳴く仔竜に、ユリウスはぶるぶると頭を振って否定する。
「と、とりあえず、地域課長に報告しようぜ……」
「そうですね……はーい、おいでー。大人しくしてねー」
そろそろと抱き上げると、ずっしりとした重さを腕に感じた。流石小さくてもドラゴン(仮)という事だろうか。仔竜は大人しくユリウスの腕に収まり、顔をべろべろと舐め始めた。
あまりにも人懐こいので、犬や猫なのかと思う位だ。
「犬みたいだな。こいつ」
「結構重いねえキミ。ママはどこ行ったのかな?」
取り敢えずユリウスは蒼い竜のようなものを抱っこしたまま、地域課長の元へ戻ることにした。
「これは何ですか」
「わかりません」
ユリウスを見た瞬間、杉本の口から出たのはその言葉だった。英語の教科書に出てくるようなやりとりをする杉本とユリウスに、犬飼と他の署員達が笑いを堪えている。
「放置車両の中から出てきたんですよ」
犬飼が補足すると、銀縁眼鏡を直しながら杉本がじっとユリウスの腕の中にいるそれを見つめた。
「イグアナ……では無いようですね」
ユリウスと全く同じ事を杉本が呟いたので思わず犬飼が噴き出した。
じろりと彼を見た後、杉本が溜息を吐く。
「見る限りここに居てはいけない生き物のようですので、生安の方へ相談してみましょう。課長には伝えておきます」
「すみません」
そうでなくても地域課長の業務量は膨大である。厄介な懸案事項を持ち込んでしまって申し訳なかったなとユリウスは頭を下げる。
「いえ。課長として当然の事ですから。門前払いされたら言ってください。私が直接言いに行きます」
「は、はい」
杉本は業務の事には殊の外厳しいが、地域課員の職務から逸脱する事案にはきっちりと担当課に話しを付けてくれるので大変ありがたい上司である。
「じゃあ犬飼君に詳細を聞きますので、ガーランド君は生安の方へ」
「了解です」
ユリウスはチビドラゴン?を抱っこしたまま生活安全課の部屋へ向かったのだが、扉を開けたら予想外の展開が待ち受けていた。
「えっ!! 誰もいないんですか!」
「そうなの。みんなパチ検で出払ってて、課長はなんか急な課長会議で出掛けてるし」
中には許可事務の女性職員しかおらず、困ったようにユリウスを見た。因みにパチ検とはパチンコ店の新台検査の事で、新台入替えの際に申請書類と齟齬が無いか管轄の警察署の生活安全課員が店頭に並ぶ前に検査をするというものである。
「参ったなあ。刑事課は課長の件でバタバタしてるみたいだし」
「え、何このトカゲみたいなの! 可愛いねえ!」
「放置車両から出て来たんですが、多分、違法外来生物じゃないかと……」
「そっかあ。でももうすぐ課長も帰ってくるかもしれないし、伝えておくよ」
「お願いします」
女性職員に伝言を頼み、ユリウスはじゃれつくチビを抱えて生安の部屋を後にした。
ちびドラゴン(仮)がきゅるるとユリウスの制服の袖を甘噛みし始めて、ユリウスはうわっ、と小さく悲鳴を上げた。
「あっ! やめろよ。お腹減ったの? も~、何食べるんだよお前。ドッグフードとかでいいのかなぁ。会計さんに聞いてみよう」
色んな部署を意図せずにたらい回しにされた一人と一匹は、次の目的地、会計課へと足を向けた。
「やだー! 何この可愛いの! え、これドラゴンじゃない!? うそ、初めて見た! ちょっと写真撮るね! 困ったなあ、江田島さんならよく分かるんだけどさあ。丁度今日有給なんだよねえ」
と、会計課内の長机にちょこんと座ったちびドラゴン(仮)を見て黄色い悲鳴を上げたのは、身長2.3メートルのオーガ族の緒方会計課長であった。窮屈そうなワイシャツに身を包み、爪で傷つけないようにと軍手をはめてから、大きな手でちびドラゴン(仮)を愛でている姿は、戦場で鬼神の如く戦うと伝説があるオーガ族の姿とは日本と南米くらいかけ離れている。
「放置車両から出て来たんですけど、明らかにいちゃいけない生き物なんですよね……」
「だよね~。こっちとしても拾得にもできないし。生安課長は?」
「課長会議でいないんですよね。課員もみんな出払ってて」
「あちゃ~。私も幼体のドラゴンなんか見たことないもんなー。江田島さんなら分からないけど」
「江田島さんなら分かるんですか?」
「多分ね~。あの人300歳だし、何か分かるかもね」
「マジですか……すごい」
「ハイエルフの寿命って未知なんだよね……と言っても今日は都内で一人飲み歩きするから絶対電話するなって言われてるからなぁ…」
「はは……」
ハイエルフの寿命は1000歳を越える。その知識は計り知れない。だが、それよりも職員として有休を楽しむ権利がある。いやどちらかと言うとあまりにくだらない事で電話すると後が怖いのではというのが本音であった。
緒方はぴいぴいと鳴く幼獣を撫でながら、「ドッグフードあげてみようか」とユリウスに言った。
その時、とあるSNSにて境島上空を飛ぶ巨大な影がトレンドになっているのだが、二人は知る由もない。
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