激闘!異世界警察24時最前線スペシャルリターンズ!【第二部】

片栗粉

第1話『トラック、警官、田園、犬』1

「で、これは一体どう言う状況なわけだ?」


 署員達とは少し違う幹部用デスクの前で、緊張で直立不動のまま硬直しているユリウスをぎろりと睨みあげるのは、パンチパーマの剃り込みが更に凶相に拍車をかける副署長の川嶋である。


「あ、その、ええと……」


 言い淀むユリウス。三白眼の眼光がより鋭くなり、じわりと冷や汗が額に滲む。

 ユリウスに差し出されていたのは、スマートフォン。その画面にはSNSの画像が映し出されていて、数万リツイートという数字を見ればかなりのバズり具合であった。


「で、これに写ってんのは、但馬と毒島と犬飼と……」

「わ、私です……」


 画像には『グ●グルアース見てたら、情報量多すぎな画像出てきたw』というコメントと共に、顔はぼかされているが確かに制服姿の警察官、ユリウス他三名が写っていた。


「えーと、実は……」


 ユリウスは冷や汗を流しながらぽつぽつとその時の事を語り始めた。


 その日、通常警らで管内を小型自動二輪(ビジバイ)で回っていたユリウスは農道の端で脱輪してしまったトラックを見つけた。


「あっ! 大丈夫ですか!?」


 左側のタイヤが脱輪して斜めになったトラックの後ろでしゃがみ込んでいる所有者らしき男性に声を掛けると、男性がこちらを向いた。


「おー。お巡りさん! いやー、さっきでっかい犬が飛び出してきてさあ~。慌てて避けたら脱輪しちまったよ!」


 ははは、と暢気に笑う高齢男性に怪我が無いか尋ねると、幸い怪我も無く、トラックも脱輪のみで破損個所は無かった。


「見事にはまっちゃいましたね……」


 脱輪したトラックにはエンジン式の耕運機が載せられており、その重量も相まって、緩んでいた泥にタイヤが沈んでいた。

 とても二人では持ち上がりそうにない。


「あ、ちょっと! 兄ちゃん! あれ!」


 どうするか悩んでいた所に、男性が田圃を見つめながら、慌てたように声を上げた。どうしました?と彼が指を差す方へ向かえば、田んぼの水路に黒い何かが蠢いている。よく見れば、泥だらけで藻掻いているゴールデンレトリバーだ。

 先程男性が言っていた飛び出した犬というのはあの犬の事だろう。


「こっちはいいから! 行ってやって!」

「え!」

「早く!」

「あ、はい」


 何故かユリウス自身が行くことになってしまったような展開に些か疑問を覚えたが、男性の強引さに思わず頷いて、靴と靴下を脱ぎ、制服ズボンを捲り上げ、水路に入ってゆく。猛暑と雨でヘドロと化した水路は、足を入れた途端、一気に足首まで沈み込んだ。


「げ、結構深い」

「お巡りさん! あっち行ったよ! !」


 泥に四苦八苦しながら犬の元へ向かうが、犬はパニックになっているのか泥をまき散らしながらユリウスを通り過ぎて向こうへ走って行ってしまった。泥と苔の生えたコンクリートに足が滑って思うように方向転換が出来ない。


「待ってぇ~! 怖くないよ~! !」


 よく見れば、泥浴びにテンションが上がっているのか 嬉しそうにはしゃいでいる。どうにかしてはしゃいでいる犬の元へ向かおうと、右足を上げて一歩踏み出したその時。


「ぎゃ!」


 ずぼ、と右足がふくらはぎ辺りまで沈み込んだ。水を溜める為に少し深くなっている所にはまり込んでしまったようだ。

 慌てて抜こうとするが、抜けない。むしろずぶずぶと沈んでゆく。


「おまわりさーん! 犬、そっち行ったー!」


 男性の声が青空の下の田園に響き渡る。

 むしろユリウスの方が助けてもらいたいくらいだ。


「これはまずいぞ。でも助けを呼ぶのもちょっとどうか……」


 羞恥心と現状の打開の板挟みに煩悶していると、そこに一台のパトカーが通りすぎ、ゆっくりバックで戻って来た。


「あれー? ユリちゃーん! なに遊んでんのォ~!?」


 中から顔を出したのは自動車警ら班の但馬警部補だった。助手席にいるリザード族の巡査部長、毒島も笑いを堪えながらこちらを見ている。


「あ! 但馬はんちょーう! 助けて下さーい!」


 突然現れた救世主にユリウスは全身で助けを求める。既に右足は膝まで沈んでいる。斜面の雑草を掴んでどうにかこうにか体勢を保っている有様だった。

 パトカーを降りた但馬と毒島が水路の泥にはまっているユリウスを見て「なにこれ~!? どういう状況!?」と笑った。


「ワンちゃんを助けに行こうとしたらこうなりました」

「マジか。ワンちゃん向こうでめっちゃ喜んで泥浴びしてるわ」


 但馬が向こうで泥まみれになりながらはしゃいでいるレトリバーを見ながら言った。


「僕はもうダメです……最後に言い残したことが……この間、冷凍庫にあった但馬班長のピノを食べたのは犬飼部長です……」

「おいマジか。毒島部長、後で犬飼調べ室に呼び出せ」

「了解」


 その頃、本署にいた犬飼が盛大なくしゃみをしていたが、三人は知らない。


「よーし。結構深いなぁ。ユリちゃん待ってて。警杖持ってくるわ。毒島部長、脱輪したトラックお願い」

「すいません但馬班長~」

「了解」


 毒島は頑強なレンガ色の鱗に覆われたリザード族であり、膂力は人間よりも遥かに強く、軽トラックくらいなら一人で軽々と持ち上げられる。ワーウルフ族の犬飼と並んで高い身体能力を持っていた。

 毒島が脱輪したトラックの方へ向かい、但馬が警杖と呼ばれる長い木の棒を持って戻って来た。本来は武器又は捕具として使用されるが、行方不明者や遺留品捜索の際に藪や火災現場の灰を掻き分けたり、担架の芯棒としても使える。ちなみにこのように泥にはまった人を助ける為にも使える。

 但馬が畔の上にしゃがんで、警杖をユリウスに向けて降ろした。


「ユリちゃん! 掴んで!」

「はい!」


 その時、向こうにいた筈のレトリバーが猛然と駆けて来て、警杖に噛み付いた。まさに一瞬の出来事だった。


「あっ」

「あ」


 恐らく、彼にとっては棒状のもの全てが自分の遊び道具だと思っていたのかもしれない。泥遊びにいい加減飽きてしまった頃に差し出されたそれは、彼の好奇心と遊び心に火を点けるには十分だった。


 大型犬の引っ張る力は侮れない。中腰の不安定な体勢だった但馬はひとたまりも無く、そのまま水路に吸い込まれていった。

 但馬を受け止めようとユリウスは手を出すが、深くはまり込んだ右足が災いして、ぐらりと背中から倒れ込んだ。

 べしゃ、と背中全体と後頭部に感じる冷たい泥をどこか遠くで感じていた。

 隣を見ると、顔面から泥に突っ込んだ但馬の姿があった。


「ぎゃあ! 但馬班長! 大丈夫ですか!?」

「ぶは! やられた! 警杖取られた!」

「え!」


 顔面を泥まみれにした但馬が叫ぶ。見ればいつの間にか水路から脱出したゴールデンレトリバーが、警杖を咥えて走り去っていく。

 二人は思わぬ非常事態に火事場の馬鹿力を発揮したか、死に物狂いで水路から這い上がり、走り出した。

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