Tale16:地獄が迫る、あの日々を語りましょう

 けっきょく、リリア“ママ”疑惑は、本人が『さあ、なんのことだか……』とか『どうでしょうねー』と可愛かったのではぐらかされてしまった。

 そう呼ばれるのが恥ずかしいからか、それともプレイヤーに伝えられない情報なのかはわからない。

 ただ、はっきり違うと言わないことから考えるとさもありなんである。


 まあ、素直に“ママ”となると血縁的なドラゴンのママであるのだろうが、女神だって世界の創造主であったり母なる神であったりしてもおかしくない。

 それに、五十年前に女神としてのリリアが犠牲になって悪魔を封じたという話もある。


「オージちゃん、こんにちは」

「こんにちはーっ」


「おお、お前たちか。オージちゃんと呼ぶな」


 そんなわけで、私とスラリアはその話を聞かせてくれたオージちゃんのところにやって来た。

 いつも通り、オージちゃんと呼ばれることは不服だというおためごかしの言葉が付け足される。

 挨拶のときしか指摘してこないものだから、それこそ挨拶の一部みたいになっているのだ。


「ねえ、オージちゃんって、ドラゴンのこと知ってる?」


 さっそく本題に入る。

 いくらオージちゃんの窓口には誰も並んでいないとはいえ、あまり長くお仕事の邪魔をしてはいけないからね。


「なんだ、どこかで会ったのか?」


 おっ、シャニィちゃんは「ドラゴンなんて子供だましのおとぎ話の存在ですぅ」と言っていたが、やはり亀の甲より年の功ということだろうか。

 少し驚いたような表情で、オージちゃんは聞き返してくる。


「うん、ここからはけっこう遠くなんだけどね」


 特に隠すこともないと思うから、正直に答える。

 すると、オージちゃんは――やっぱりちょっと恐いけれど――顔をほころばせた。


「そうか、生きているものもいるのか……」


 懐かしそうにつぶやきながら、何度か頷くオージちゃん。

 これは昔語りを始める前のお爺ちゃんムーブだな。


「もしよかったら、詳しく教えてくれない?」


「ああ、お前たちには、地獄から悪魔が襲ってきた話はしていたな?」


 思った通り、私が促すとオージちゃんは話しはじめてくれた。

 スラリアと並んで、貴重なお話を拝聴する。


 オージちゃんいわく。

 リリアが犠牲となって悪魔を封印する、その結末に至るまでには、悪魔との戦争が幾度も存在していた。

 悪魔たちの戦力は強大で、人間たちは劣勢を強いられる。


 それを見かねたリリアが、人間の加勢になればと遣わしたのがドラゴンだった。

 ドラゴンたちは少数ではあったが、圧倒的な個の力によって悪魔の軍勢を押し返していく。


「でも、負けちゃったの?」


 戦ったからわかるというわけではないが、あのドラゴンが敗北する姿は想像がつかない。

 しかも一体ではなかったという話だし、なおさらだ。


「ああ、彼らは実直すぎたのだと思う。正面からは勝てないと悟った悪魔たちは、次々に卑劣な手段を用いてきた」


 なるほど、確かにホワイトドラゴンからは、気高いとか高潔だとかの印象を受けた。

 もちろん、生意気とは別でね。


「悪魔たちの手練手管によってドラゴンは数を減らされていき、最終的には……」


「女神様が、その場を収めざるを得なくなった」


 言いづらそうにしていたから、言葉の続きを引き継ぐ。

 オージちゃんは顔をゆがめたまま、そういうことだと頷いた。


「あの戦いの終盤、俺たち人間にはドラゴンたちがどうなったのかを気にする余裕はなかった。ただ、おそらく女神様の命とはいえ、助けてくれた彼らへの感謝を忘れたことはない」


 大きく息をついて、オージちゃんが空を仰ぐ。

 どうやら、昔物語はここまでのようだ。


「今度ドラゴンに会ったときに、オージちゃんがそう言ってたって伝えておくね」


「ああ、みんな同じ気持ちだったはずだから、そうしてもらえると嬉しい」


 顔をくしゃっとさせて笑うオージちゃん。

 “みんな”の中には、奥さんのことも含まれているのだろう。

 その笑みはそんなに恐くなくて、優しささえ感じた。


「……そうだ、もうひとつ聞きたいことがあったんだった。スラリア、お願い」


 そう声をかけると、意図を察したスラリアが指輪からローゼン・ソードを発生させて掲げる。


 ホワイトドラゴンは、この剣を見てから態度が変わった。

 だから、きっとなにかしらの因縁があるのだろう、オージちゃんは知っているかしらん。

 そんな風に、軽い気持ちで考えていたのだけれど。


 突然、鈍い破裂音が冒険者ギルドに響く。

 粉砕せんばかりに、オージちゃんが窓口の台を拳で叩いていた。

 そして、続く怒号。


「――お前たちっ! どうしてそれを持っている!?」


 私たちに詰めるオージちゃんを、初めて恐いと思う。

 小さな子どものように、私は息を呑んでしまってなにも言えなくなってしまうのだった。

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