Tale15:こんなに大きな子を産んだ覚えはないのですが

 白い空間に降り立つと、ぷぎゅっとスラリアが抱きついてきた。

 なんだこいつ、可愛いやつだな。


「お姉様っ、ぶじでよかったですっ」


「いやぁ、びっくりしたね。スラリアは平気だった?」


 頭をぷにゅぷにゅしながら、スラリアの透き通る青空ボディに傷などないか確かめる。

 うん、胸もぺったんこのままだし、変わりないようでなによりだ。


 私の問いに頷くスラリアだが、その表情は晴れない。

 深い海のような青い瞳を、少し揺らがせつつ言う。


「でも、悔しいです……私に魔法耐性があれば、あんな一瞬で負けることもなかったかもしれないのに……」


「うーん、どうなんだろうね。まあ、あんまり関係なかったと思うよ?」


 同調のスキルを使用すると、私はスライムの性質を宿すようになる。

 そして、スラリアの言うとおり、その性質の中には魔法に対する弱体化が確かに存在する。

 ただ、だからといって綿菓子みたいにぽわぽわになるわけではない。


『そうですね、もしリリア様が同調を使用していなかったとしても、結果はそう変わりないでしょう』


 ほら、運営側のリリアもこう言っているでしょ?

 というか、『テイルズ・オンライン』世界のプレイヤーの身体は、現実よりもはるかに頑丈である。

 それをああも簡単に消し飛ばしてしまうのだから、あらためて考えても、あいつの攻撃が常軌を逸していることがわかる。


「ただいま、リリア」


『おかえりなさい、リリア様』


 スラリアをぎゅっとしたまま、声をかけてきたリリアに向き直る。

 気のせいかもしれないが、いつもより神妙な顔つきに見えた。


『リリア様に、いくつかのインフォメーションがございます』


「うん、お願い」


 私が返事をすると、リリアは中空を見つめながら朗々と説明していく。

 おそらく、私には見えない画面がそこに出ているのだろう。


『今回は通常の戦闘によるデスのため、ペナルティとしてアイテムポーチの中身は紛失したということになります』


 仕方がないことだ。

 それに、事前にアイテムポーチを整理しておいたからそこまで痛手ではない。

 ただ、ひとつだけ失いたくないアイテムがあった。


「リリアリア・ダガーがどうなったか、わかる?」


 テイマーである私の、使用武器の設定枠はスラリアで埋まってしまう。

 そのスラリアにさらに武器を設定できるが、そこにはローゼン・ソードを設定していた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【名前】リリア

【レベル】28

【ジョブ】テイマー

【使用武器】スライム:習熟度8

 【名前】スラリア

 【使用武器】ローゼン・ソード:習熟度5

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 だから、リリアリア・ダガーは手持ちのアイテムとして所持していることになっているのだ。

 装備としての設定もできないので、私がデスしてしまったら消えてしまうはずであった。


 あのとき、ドラゴンの攻撃を受ける瞬間。

 私は、とっさにダガーをホルスターから引き抜いて、適当な方向に放り投げていた。

 強化された腕力でそれを行ったため、攻撃範囲を外れてくれればと願ったのだが。


『はい、デスの間際にリリア様が手放したという判定になったため、あのダガーは消失せずに済みました』


「そう、良かった……」


 もちろん道具であるため、壊してしまったり無くしてしまったりということはあり得るだろう。

 しかし、オージちゃんがどう思っているかはわからないが、私としてはあのダガーを預かっているという認識だ。

 そのため、できる限り失わないように持ち続けていたいと思うのだ。


「じゃあ、拾いに行かないと」


 人間でなくとも、あの森の魔物とか野生動物とかが持ち去ったりしてしまうかもしれないからね。


『そのことなのですが――リリア様は、もう一度あの子に挑むつもりでしょうか?』


 以前みたいに心配しているというより、ほんの確認という雰囲気で尋ねてくるリリア。

 傾げた小首が可愛らしすぎてどうしようもない。


「うん、挑戦するよ」


 躊躇いがなかったわけではないが、莉央りおに励まされたこともあり、私はすぐに返事ができた。

 それを聞いたリリアは、さらに続ける。


『あの子は、強い者との戦いを求めて世界中を彷徨っています。その中でシルバニア・ジャイアントウルフの故郷を奪うことになったのでしょう。しかし、そうであるために、ほうっておいても近いうちにあの森からは出ていきます』


「あっ、そうなんだ。じゃあ私たちが勝てなくても、狼ちゃんは故郷に帰れるんだね」


 ただ、あのドラゴンが居場所を移してしまったら、挑戦することができなくなるかもしれない。

 リベンジの機会は限られていそうだ。


『はい。それがわかっても、気持ちに変わりはありませんか?』


 そうだね、狼ちゃんのことはきっかけだし、ドラゴンと戦う理由のひとつだ。

 でも、それだけではなく、スラリアや莉央、それにシャニィちゃんにも関わることだから気が変わることはない。


 しかし、リリアがこれだけ聞いてくるということに違和感を覚える。

 少しだけ、探ってみることにしよう。


「うーん、やっぱり無謀かな……リリアは、どう思う?」


 私が弱音を言ったことが意外だったのか、きょとんとした表情を浮かべるリリア。

 すぐにとりなすが、やはり私に諦めさせようとしているわけではないことがわかった。


『確かに、いまの段階でリリア様があの子と戦うことは、私たちが想定していなかったことではあります。ステータスの差も歴然で、奇跡でも起こらない限り、リリア様の勝利はあり得ないでしょう』


 リリアが言うことだ、それは絶対的な事実なのだろう。

 そんなことやってみなければわからないじゃない、などと駄々をこねる気にもならない。


『しかし、なぜだか私は、奇跡が起こることを心待ちにしてしまっています。あの子に挑めば、またリリア様が傷つくことは明白であるのに、もう一度……もう一度、あの子と戦ってほしい、打ち倒してわからせてあげてほしい――そう思ってしまうのです』


「リリア……?」


 悲しみや喜びの入り交じった、感情ののった言葉が送られてきて戸惑う。

 さっきから、リリアの“あの子”というドラゴンへの呼称が気になってはいた。


 もしかして、リリアはあのドラゴンのことを知っているのだろうか。

 しかも、運営のNPCであるからという関わり以上のものを。


『しつこく確認して、ごめんなさい。あのダガーですが、樹に刺さっていたのをあの子が見つけて、いまは大事に持っています。ただ、私の加護の与えられたものをあの子が手放すことはないので、取り返したければ戦うしかないと思います』


 なんとなくだが、リリアは自らの願いの通りに私が動くことが良いのか不安になったのではないかと思う。

 だから、何度も繰り返し私に聞いてきたのだ。


 ふいに、ホワイトドラゴンが言っていたことが思い出される。

 そして、以前にオージちゃんに聞いた、女神リリアが犠牲となって悪魔を封じた物語のことを。


「……あいつが言っていた“ママ”って、リリアのこと?」


 そう聞くと、リリアは。

 肯定なのか否定なのかわからない、嬉しいのか困っているのかわからない。

 そんな曖昧な微笑みを浮かべるばかりなのであった。

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