Tale9:指先の分だけで、伝わる想い
オーリを玄関まで見送ってから、私たちも外出する準備に戻る。
『テイルズ・オンライン』の世界では万が一デスしてしまった場合、アイテムポーチに所有しているアイテムやリラは全て失う。
しかし、家に置いておけばその限りではない。
この後の行動を想定して、必要なものだけを持っていくことにしよう。
寝室のベッドの縁に座り、私はベッドサイドのアイテムボックスを整理して。
その後ろ、ベッドの上でスラリアは持っていかない装備をきれいに畳んでいた。
この子は初めは上手くできないが、教えるとなんでもすぐにできるようになるのだ。
一家に一台、無限の可能性を秘めたスライムはいかがだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ねえ、スラリアは、オーリのこと好きなの?」
さて、準備の終わりかけ、さっき気になったことを聞いてみる。
この疑問の発端なのだが、スラリアは初対面のオーリにいきなりぎゅっと抱きついたのだ。
オーリは、今でこそ抱きつかれることに慣れてきて平然としているが、最初の慌てようはちょっと面白いぐらいであった。
「はい、好きですよ?」
どうしてそんな当たり前のことを聞くのですか、と言わんばかりの表情を返してくるスラリア。
ふむ、聞いたのはこちらだけど、それだけまっすぐ断言されるとなんだか恥ずかしいな。
「最初っから、
早めに撤退しないと、この話題で火傷をするのはこちらかもしれないな。
とりあえず、オーリがいなくなってから聞いてよかった。
「うーん、上手く言えないのですが、オーリはお姉様と似てる……ううん、同じ? そんな感じなのです」
なんだろう、このゲームは顔と虹彩に加えてDNAによる認証も行っているから、それも理由のひとつなのかな?
でも、いくら姉弟とはいえ、全く同じDNAにはならないはずだけどね。
「じゃあ、私とオーリだったら、どっちが好き?」
なんとなく思い立って、さらに聞いてみる。
もし“同じ”と言われたら、現実で
「えっと……それはお姉様ですっ」
ちょっと悩まれたから、明日のお弁当にはしそふりかけだな。
可愛そうだが、こればかりは作る立場の人間に絶対の権限が存在しているのだ。
さらに、私は聞くのが危険な領域に踏み込んでいく。
「私とリリアだったら?」
「えっ、女神様ですか? えー……お姉様と、女神様……?」
目をぱちくりさせながら、スラリアはうわごとのように私たちを繰り返しつぶやいた。
即答されなくて嬉しいと思う反面、いじわるなことを聞いてしまった申し訳なさがつのる。
「ふふっ、選べないのね、ごめんなさい」
そう謝って、私はスラリアの腕を引き、こちらに抱き寄せた。
ぷにゅっと柔らかい感触と、青く透き通った瞳が近づく。
「スライムの私には、難しい質問でした……」
儚げに揺れる、スラリアの瞳。
しかし、そこに現れる青空は、ひたすらに美しい。
「あのね、スラリア、“好き”っていうのはいっぱい持ってる方が幸せなのよ?」
どういうことですか、と不思議そうに首を傾げるスラリア。
「もしスラリアがアイスクリーム
「うーん、クレープを好きじゃないと考えるのが難しいですが……はい、もしそうであるなら、私は“どうせだったら好きなアイスクリームを食べたかったな”って思う気がします」
私の問いかけに、スラリアはよく考えてから答えてくれて。
そして、褒めるために頭をぷにぷにと撫でると、嬉しそうに目を細める。
「“好き”がひとつしかなかったら、そんな悲しい瞬間がたびたび訪れるの。だったら、一番好きなのがどれなのかわからないぐらいに“好き”が溢れている方が、絶対に幸せでしょ?」
力強く、何度も頷くスラリア。
その反動でベッドが軋み、私たちはゆらゆら揺れる。
「それは、対象が人でも同じことかな。まあ、人の場合は相手には相手の“好き”があるから、ちょっとややこしいんだけど」
肩を寄せ合って揺れている構図がおかしくて、苦笑しつつ言う。
すると、青い瞳が私を覗き込み、不意打ち。
「……お姉様は、私のこと好きですか?」
期待の中に少しの不安が隠されたその表情は、人間よりも人間らしく。
ここがゲームの世界であるという事実を、いまこの瞬間は信じることができない。
確かに、それを聞くことによって話は単純になるね。
さすが私のパートナーは天才だ。
私は、そんな風に返答するつもりだったのだ。
照れ隠しでごまかす、ズルい返答を。
しかし、なぜか私の口は勝手に動いていて。
「ええ、好きよ」
そして、そうするのが自然なことのように。
スラリアの、小さな唇に口づけするのだった。
触れ合う面積は、指先の分だけ。
それなのに、私の想いとスラリアの想い、ふたつがぴったりと重なったように感じる。
やがて、ゆっくりと二人の顔が離れて、本当に嬉しそうに笑うスラリアの表情が目に映った。
「えへへっ、幸せと幸せが足し算されて、もっと幸せになりますねっ」
恥ずかしすぎるせいで、前後不覚に陥っている脳内の私。
そいつを無理やり押し込めて、私もスラリアのように微笑む。
だって、ここでキスに動揺なんてしたら、お姉様としてのプライドに関わるもの。
それに、“あなたが愛おしすぎて気づいたらキスをしていました”などという恥辱、スラリアに悟られてはいけない。
「ふふっ、足し算じゃなくて掛け算すれば、最強に幸せになりそうね」
そう言って、私はスラリアの身体を包み込むようにぎゅっと抱きしめる。
スラリアも負けじと私の背中に手を回し、喜んでいるのか苦しんでいるのかわからないようなうめき声をあげていた。
それからしばらくの間、具体的には私の耳とかが恥ずかしさによって赤くなっていたのが治まるまで。
私とスラリアは、ずっと、抱きつき合戦を繰り広げていたのだった。
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