Tale4:大きいわんちゃんはよく躾けましょう

 大きいということは、それだけということだ。

 横薙ぎされた狼ちゃんの手は、私の周囲の空間をその絶対的な広範囲で蹂躙する。


「っ!」


 回避する方向は、真後ろしか存在しなかった。

 スキル――スライム強化。


 攻撃を受けるぎりぎりで、強化された脚力によって後ろに跳ぶ。

 ほんの鼻先数センチを、轟音とともに狼ちゃんの手が通り過ぎた。

 しかし、高質量の物体による風圧に押され、手は当たっていなかったのに吹き飛ばされる。


「ぅぐっ……!」


 広場から外れ、森の木々に衝突することによって身体が止まった。

 風圧の衝撃だけで、この威力だ。

 直感で身体強化のスキルを使ったが、“受けたら死ぬ”と思ったのは間違いではなかったのか。

 ただ、スライム強化の効果は数分間しか保たないので、早く勝負を決めなくてはいけなくなった。

 いや、焦るのはよくない、思考が濁る。

 落ち着いて、ちゃんと頭を働かせるのだ。


「へえ、いまのを避けたか。さすがちっちゃい人間、すばしっこいね」


 感心するかのように、狼ちゃんはもふもふの手をふりふりしつつ言う。


 こいつ、また“ちっちゃい”って言いやがって。

 小さいから素早いというのは短絡的なのではないか?

 だって、けっきょく大きい方が幅があるんだから速いに決まってるでしょ。


 まあ、いま討論している暇はないから、倒した後でじっくりと教えてやる。


「次は避けられるかな――咆ッ!」


 大きく口を開いた狼ちゃんが、こちらに向かってした。


 わからない。

 そう思った瞬間、視界の端で、宙に舞っていた落ち葉が粉砕するのを捉える。

 衝撃波、不可視の攻撃だ。


 回避、もしくは迎撃。

 範囲が不明、迎撃――!


 咄嗟に、目の前のなにもない空間にリリアリア・ダガーを振り下ろす。

 タイミングを違えば死ぬが、なにもしなければ同じことだ。


 ダガーに手応えを感じ、そして。

 金属と金属がぶつかり合うような破裂音が、森に響いた。


「おっ、耐えたか、やるね」


 狼ちゃんの称賛の声が、遠くに聞こえる。


 いまの衝撃で、肩の辺りまで私の腕は消し飛んでいた。

 しかし、これはスライムの性質によってすぐに新しい腕に修復される。

 身体強化スキルの制限時間が減ってしまったが、ほかにどうしようもなかった。


「ええ……? ちっちゃい人間だと腕が生えるの?」


 小さいのは関係ないだろうが!

 怒りたくなるのを我慢して、地面に落ちていたダガーを拾い腰のホルスターに戻す。

 そして、左手にはめられた指輪からローゼン・ソードを発生させた。

 魔力の温存を考えていては負けてしまう、そう考えたのだ。


 短期決戦、やってやる!


 剣を下段に構えたまま、狼ちゃんに向かって駆ける。

 あと数歩で、剣が届く間合い。


「えいっ」


 それは、狼ちゃんにとっても同じ。

 無雑作に振り下ろされる、無慈悲なお手々。

 当たっていたら、やはりひとたまりもなかっただろう。

 なんとなく肩の動きから攻撃を察知できたから、即座に横に跳んで躱す。


「いてっ――!」


 躱しながら、私はローゼン・ソードを狼ちゃんの腕に叩きつけていた。

 “斬りつける”ではなく“叩きつける”なのは、私の腕が未熟で刃が通らなかったためだ。

 ただ、痛がってはいるから、どうやら効かないことはなさそう。

 でも、太刀筋がよくないと斬れないんだろうな。


「もう、痛いなぁ、まったく!」


「っ――!」


 ぐるっと身体を横に回転させる狼ちゃん。

 その巨大な体躯も相まって、信じられないほどの暴虐を巻き起こす。


 近くから襲ってきた前腕、回避。

 続けて、回ってきた後ろ足に当たらない範囲外まで、退避。


「つぅっ!」


 しかし、その後に迫ってきた尻尾が予想外だった。

 もふもふのくせにかなり重い一撃を食らってしまい、跳ね飛ばされる。


「哮ッ!」


 宙に投げ出された私に向かって、振り返った狼ちゃんは先ほどの衝撃波を放つ。


「魔力解放――ローズ・シールド!」


 避けるのは不可能と判断し、薔薇の障壁を前方に展開した。

 大量の薔薇が重なることによって、一輪の大きな薔薇を形成する。


「っ!」


 高威力の衝撃波と相殺し、ばらばらに砕け散る薔薇。

 抜けてきた衝撃の一部が身体を打ちつけて、より上空に私は飛ばされていった。


「ちっちゃい人間は、いろいろやるもんだなぁ」


 腹立たしいことを言う狼ちゃんが、はるか下方に。


 魔法剣の魔力解放、さらに身体の修復も重ねている。

 スライム強化の効果切れ時間が、着実に迫っていた。


「ちっちゃいちっちゃいうるさいのよ、ただの大きいわんころが」


 このままではジリ貧だ。

 ここで、一気に使い切るしかない。


「ちっちゃいやつに“ちっちゃい”って言って、なにが悪いのさっ」


 そう叫んだ狼ちゃんの巨体が、こちらに飛びかかってくる。

 衝撃波よりも確実に大きなエネルギーは、受けることなど叶わない。


 もう、守ることはしない。

 狼ちゃんに向かって、掲げたローゼン・ソード。

 そこに、ありったけの魔力を注ぎ込む。


「ひれ伏しなさい、魔力解放――ローズネット・クイーン」


 狼ちゃんを覆い尽くすように、薔薇の奔流が襲いかかった。

 その勢いに押されて、狼ちゃんは私に届くことなく地表に戻っていく。


「っとぉ、なんだぁ? こんな薔薇、うっとうしいだけで痛くもかゆくもないんだけど」


 言うとおり、いくら薔薇の蔓が丈夫で棘が鋭くても、狼ちゃんにたいしたダメージを与えることはできないだろう。

 実際、狼ちゃんに巻き付いた薔薇たちは、ぶちぶちと簡単に千切られていく。


 そんなことはわかってる。

 そっちの薔薇は、すべて囮だ。


 さっき薔薇を生み出したとき、狼ちゃんにぶつけたのとは別に。

 森の広場、そしてその上空のあらゆる方向を縦横無尽に。

 それが足場になるように、薔薇を張り巡らせていたのだ。


「あれ、ちっちゃい人間どこいった? 逃げたか?」


 きょろきょろと首を振って、私の姿を探す狼ちゃん。

 その、はるか上空。


 私は、幾本も重ねた薔薇の蔓を弓の弦のように用いて、真下に向かって自分を射出しようとしていた。

 ぎりぎりと、引き絞られた蔓が軋み。

 足に食い込む棘のダメージが、都度修復されていく。


 これ以上は蔓も足も保たない。

 その瞬間、直下の狼ちゃんに対して踏み出ていった。


「大きいからって偉いわけじゃないのよ!」


「っ!?」


 こちらに気づく、狼ちゃん。

 その大きな頭をもたげようとする。

 しかし、もう遅い。


「おすわりっ!」


 薔薇の蔓によるカタパルト、さらに縦に一回転を加えて威力を増した――踵落としを。


「ぐぎゅぅううっ!?」


 大きなわんころの脳天に、ぶち当てる。

 その衝撃で、私の脚は跡形もなく消え去り。

 そして、狼ちゃんは広場の地面にめり込み、私よりも頭を低くするのであった。

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