Tale3:リリア様にその言葉は禁句でした

 トラック級に大きな狼ちゃんと遭遇する、数時間ほど前。

 私とスラリアは、セッチさんのお店の手伝いをしていた。


 丈の短いメイド服にも慣れてきた私は、お尻をチラリさせずに移動する術を獲得。

 一等賞を取ることもなくなり、常連のお客さんをやきもきさせている。

 まあ、元気いっぱいのスラリアはそんなこと気にもしないので、お尻を見たくて来店する変態の需要もちゃんと満たしているからいいだろう。


「うふふ、今日もお疲れ様ね」


 ランチタイムの営業を終えてホールで休憩していた私たちのところに、セッチさんがお茶を持ってきてくれる。

 いつもの、不思議な味わいだけど舌に馴染む、回復作用もあるお茶だ。


「やっぱり美味しいね、このお茶」


「はいっ、なんだか元気が出てくるような味がしますっ」


 ごくごくと、本当に味わっているのかと思うほど勢いよく飲み干すスラリア。

 可愛いから許そう、可愛いは正義だ。


「しばらく飲めなくなるかもしれないから、よく味わってね」


 微笑ましそうに私たちを眺めていたセッチさんが、気になることを言った。

 お茶に時期でもあるのだろうか、それにしても“飲めなくなる”という表現に違和感を覚える。


「どうしてですか?」


 私が聞くと、セッチさんは困ったように頬に手を添えて、それから教えてくれた。


「えっとね、このお茶の産地の森に、とっても強い魔物が棲みついちゃったらしくて――」


 チュートリアルで出会ったこともある男の人、彼がお茶の収穫を担っている。

 しかし、最近になってどこからか現れた強力な魔物が森に棲みついてしまった。

 お茶自体に被害はないのだが、警戒しながら収穫するか、もしくは冒険者を護衛として雇うかなどの対策が必要となる。

 どちらにしても危険が伴うし、もちろん金銭的な問題も生じてくる。


「――そんなわけで、しばらく森に入ることは止めて様子を見ることになったの。いちおう“中央”に救援の要請はしているみたいだけど、なかなか地方にまでは手が回らないみたいなのよね」 


 セッチさんの言う“中央”とは、この世界に存在する政府機関のことだ。

 冒険者ギルドとは異なる、治安維持のための軍事組織を所有しているという話だった気がする。


「じゃあ、私たちが行きますよ」


 お茶を堪能して元気が回復したので、食後の運動がてら魔物退治に向かうことにしよう。


「うん? いってらっしゃい……?」


 おそらくよくわかっていないのだろうが、ばいばいと手を振ってくるセッチさん。

 さすが、せっかちなお姉さんだ。


「あっ、リリアちゃんたちが退治しに行くってこと? でも、依頼としては上級の中でも難しい部類に入るらしいし、危ないんじゃないかしら」


「まあ、様子を見て、難しそうだったら逃げることにします」


 そう言うと、セッチさんは完全に納得してなさそうだったが頷いてくれる。

 おそらく心配してくれているのだろう。


「それに、私たち、このお茶が好きなので」


「飲めなくなったら寂しいですからっ」


 シンクロするように、私とスラリアは言う。

 同じことを思っているなら、やっぱり行くという選択肢しかないのだ。


「そういうことなら、お願いしてみようかな」


 スラリアの頭をぷにゅぷにゅ撫でながら、微笑むセッチさん。

 こうして、私たちは『お茶のため、巨大銀狼の討伐をお願いします』の依頼を受けたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 そして、現在。


 私の目の前には、お茶が収穫できなくなった原因の魔物が鎮座していた。

 銀色の毛並みは綺麗に揃い、広場に差し込む陽光を吸収するように輝いていて。

 その顔つきは、道ばたで遭遇したら撫でてほころばせてやりたいと思うほどに凜々しいものだ。


 ただ、いかんせん巨体すぎる。

 トラックはトラックでも、大型トラックぐらいの大きさはあるだろう。

 

 これ、ダガーの刀身の長さでは、致命傷を与えるのは難しそう。

 というか、ローゼン・ソードでも変わらないと思う。

 剣の達人とかならともかく、そもそもが立つかどうかも怪しい。


「人間は――」


 ふいに、狼ちゃんが口を開く。

 聞こえてくる声は、意外にも女の人のもののようだ。


「――どうして、食べても大きくならないの?」


 先ほどの、食いしんぼうかという問いに対する答えか。

 ちゃんと意思疎通が図れるのであれば、話し合いで問題を解決できるかもしれない。


「食べたら大きくなるなんて単細胞なつくりをしてたら、私は苦労してないんだよっ!」


 いけないいけない、自らがちんちくりんであることへの憤りが噴出してしまった。

 狼ちゃんも、なぜか急に怒鳴られて怯んでいるように見える。


「いいか、よく聞け? 食べることによって得たエネルギーは頭を使うことにも利用される。私が小さいのは、お前らみたいなやつが頭空っぽにしているときに頑張って頭を働かせていたからだ!」


 実際に、胸の大きさと頭の良さに因果関係があるなんて根拠のない話は信じていない。

 しかし、そうだと思わなければやってられない瞬間が、ちんちくりんにはあるのだ。


「ええ……? どうして、ぼくが怒られてるの?」


 呆れたように、狼ちゃんはため息を吐く。

 理不尽な怒りをぶつけられて、可愛そうだとは思うけれど。


「うるさいうるさいっ! でっかいお前に私の気持ちはわからないでしょうねっ」


 再びお茶を収穫できるようにするという依頼の達成以上に。

 私は、大きいやつにだけは、負けるわけにはいかないのだ。


「なんにしてもお前は諸悪の根源だ、やっつけてやる!」


 狼ちゃんに向けてリリアリア・ダガーを掲げて、力の限りに叫ぶ。


「もう、話が通じなくて怖すぎる――じゃあね、ちっちゃい人間」


 ちっちゃいって言ったな!?

 そう思う間もなく、私が立っていた空間を、狼ちゃんの巨大な手が横になぎ払った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る