ベッドの余白は倦怠期の証でしょうか?

 PvP闘技大会において、私とスラリアは第七回戦まで勝ち上がった。

 1,024名で構成されるトーナメントだったので、ベスト16ということになる。


 これ、あらためて考えてみると、けっこうすごくない?


 トーナメント自体は五十個ぐらいできていたらしいので、参加プレイヤーの合計はおよそ五万人。

 単純に計算しても、私とスラリアは五万人のうちの上位数%に入るだろう。


 つまり、なにが言いたいかというと、闘技大会の賞金のリラというかファイトマネー?

 それをたくさんもらえたということだ。

 『テイルズ・オンライン』では、デスするとその瞬間にアイテムポーチに所持しているアイテムやリラは全て失う。

 だから、大金を持ち歩くのはちょっと躊躇してしまうのだ。

 ファイトマネーの合計は、そうしてもおかしくないぐらいの額だった。


 いろいろ使い道を考えた結果、いつものカラフルな煉瓦造りの街で家を買うことにした。

 アイテムとかリラをお店に預ける必要がなくなるから、長期的に考えるとお得になるはずだ。


 それに、私みたいに進路の決まっている高校三年生は、三学期はほとんど学校に行かなくていい。

 勉強とバイト以外の時間がけっこう空くので、おのずとテイルズ・オンラインの世界にいる時間が多くなる。

 そのため、ちょっとした休憩に使えるプライベートな空間があると嬉しいのだった。


 さて、私が買った家は、街の中心にある冒険者ギルドと北の城門を繋ぐ大通りから、少しだけ路地に入ったところにある。

 位置的には、冒険者ギルドとセッチさんのお店の中間ぐらいだ。

 ギルドは言わずもがな、なんだかんだセッチさんを手伝いに行くことも多いので、私にとってすごくちょうどいい立地だった。


 まあ、お家自体はこぢんまりとした二階建てだけどね。

 部屋数もそんなに多くなく、一階と二階を合わせて三部屋しかないし。


「えへへ、お姉様と同じお家で暮らせるなんて夢みたいですっ」


 別に暮らしているわけではないのだけれど、スラリアはずっと嬉しそうにしていた。


「夢って、大げさね……」


 こんなつれない言い方をしているが、実は私も内心ではわくわくしている。

 一人暮らしをはじめる大学生は、きっといまの私のような思いを抱いているのだろう。


「よーし、まだ家の中になんにもないから」


 買い物しなきゃね、と私は声をかける。

 そして、お買い物行きましょう、と飛びついてくる可愛いスラリア。


 新生活で必要なもの……うーん、なにがいるのかな。

 まあ、買い物しながら考えればいいか。

 私はスラリアといっしょに、街に繰り出すのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 さすがは、ファンタジーの世界だ。

 引っ越しトラックが必要になるぐらいの量。

 具体的には、大きなベッド、二人がけのソファがふたつ、テーブル、冷蔵庫の役割の魔力ボックス、普通の食器棚、その他こまごまとした家具や備品。

 それらを全て、ひとつのアイテムポーチに収納して搬入することができたのだ。

 ただ、この大容量のアイテムポーチは私が持っていたものではなくて借りたやつだ。

 あとで家具屋さんに返さなければいけない。


「これが現実にあれば便利なのに……」


 一通り家具を配置し終えた私は、そのポーチを片手に独りごちた。

 ちなみに、プレイヤーのアイテムポーチには制限が設けられていて、それを越えるとなにも入れられなくなる。


「お姉様っ、キッチンの片付け、終わりましたっ!」


 部屋の扉を元気よく開けて、スラリアが飛び込んでくる。

 一階はダイニングとキッチン、二階は寝室。

 食器をしまうのとか、キッチンの片付けをスラリアに任せていたのだ。


「ふふっ、じゃあ、借りたポーチを返しに――行く前に……」


 私がにやりと笑うのを、スラリアは不思議そうに見ている。

 家具屋さんで、私とスラリアは、さんざん試しふかふかを行っていた。

 だが、この家での初ふかふかは、家主である私のものだ!


「えいっ……!」


 かけ声とともに、さっき置いたばかりのベッドにダイブする。

 うわぁ……やっぱり、ふっかふかだぁ。

 なんか特別な羊の毛が使われているみたいな説明をされた覚えがある。


「あーっ!? お姉様だけずるいですっ」


 ぼすん、とスラリアも隣にダイブしてきた。

 二人分の重さで――といってもスラリアは軽いけど――ふかふかのベッドが沈み込む。

 自然と、私とスラリアはベッドの中央でくっつく形になった。


「……ねえ、スラリア? せっかく大きいベッドを買ったんだから、こんなに近づかなくてもいいんじゃない?」


「えー? いやでーすっ! 私、家具屋さんで言ったじゃないですか、小さいベッドでいいって」


「そういえば、そんなこと……なんか遠慮でもしてるんじゃないかって思ってたけど、こういうことだったのね」


 いたずらっ子のようにくすくすと笑うスラリア。

 その微かな振動が、私にも心地よく伝わってくる。

 確かに、けっきょくくっつくのだったら大きいベッドでなくてもいい。

 というか、家具屋さんで理由まで話してくれれば、わざわざ高い買い物をしなくて済んだのに。


「いや、それはそれで恥ずかしいか……」


 思わず私はつぶやく。

 お姉様と抱き合って寝るので小さいベッドでいいです、なんて。

 いくら店員さんのNPCだとしても聞かれるのは恥ずかしい。


 いつの間にか、私にすり寄るようにしていたスラリアが、すぅすぅと寝息を立てはじめた。


「ちょっと、スラリア、寝るの早くない?」


 まあ、このベッドには、それだけの魔力が秘められているのかもしれない。

 スラリアの顔にかかる前髪をどかしてあげたりしていたら、私もだんだんと眠くなってきた。


 これだけ近くで見ると、スラリアは綺麗な青空みたいだなぁ。

 そんなことを思いながら、私は仮想の世界で夢うつつに溶け込んでいく。


 大きなベッドの両端に大きな余白を残したまま、私たちは昼下がりの微睡みを楽しむのだった。

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