Tale34:この物語を紡ぐのは
闘技大会の直前。
毒、火傷、麻痺、睡眠、混乱の状態異常、それらに対する治療薬を全て、街で買ってきた。
そして、スラリアと同調してから五本の治療薬を一気に飲む。
これが、ファイトーって気合を入れないと飲みきれない、けっこうな量だった。
お腹にたまるという感覚ではなく、なにかが胸の辺りにつっかえているなぁという感覚でキツかったのだ。
しかし、あの準備をしていたから、いま、動くことができる。
『シキミ様のナイフがっ、リリア様の喉を貫きましたっ! これは勝負がついて――ぁえっ!?』
私の顔の前、至近距離。
シキミさんのナイフの切っ先が見える。
これは、私との同調を解いたスラリアの首の後ろから出ている切っ先だ。
罠によって捕らえた私の首に、シキミさんがナイフを突き刺す直前。
私はスラリアとの同調スキルを解除して、後方に離脱していたのだ。
事前に飲んでいた回復アイテムの効果によって、すでに麻痺も毒も消え去っている。
身体は動く、思い通りに。
「お姉様の勝ちです」
「ぁっ!?」
そう宣言して、すっぽんぽんだったスラリアは、にゅるんとスライムの状態に戻る。
約束していたからね、裸になるならぷにぷにスライムに戻れって。
しかし、一瞬のことで、かつスラリアの空色ボディだったとはいえ、大勢の観客の前で私の裸が晒されたことは由々しき事態だ。
その怒りも、この一撃に込めた。
「ぅぐっ、ぁっ、がはっ……!」
シキミさんの首に、私のダガーが突き刺さっている。
深々と、偽りにできる光景ではないほどに。
無意識かどうか、シキミさんはよろめくように後ろに下がる。
乾いた音を立てて、手からナイフが地面に落ちた。
「ぉえが、あれら、ろら……?」
ダガーが刺さったままだったから、なにを言っているのか、わからない。
しかし、おそらく負けたことが信じられないのだろう。
驚愕か絶望か、その表情から窺えるのはそんなところか。
愛しのスラリアが、ぷにょんと私の胸に飛びついてくる。
そのまま抱き上げて、一緒にシキミさんに向き合う。
「テイマーと、スライムの勝ちね」
そう告げて、私はシキミさんの喉からダガーを抜き去った。
当たり前だが、血は出ない。
ほとんど現実と変わらなくても、ここはゲームの世界だから。
シキミさんは淡い光になって、闘技場の空に拡散していく。
『シキミ様っ、死亡です! 勝者はっ……リリア様ですっ!』
光と入れ替わりに、天使ちゃんが地面に降りてきた。
静まっていた観客席から、ワッと張り裂けるように声が溢れて耳をつんざく。
『リリア様、本当にっ、本当に素晴らしい試合でした!』
天使ちゃんの声の方がマイクを使っている分、歓声よりもはるかにうるさい。
「……」
でも、いま一番うるさいのは、私の心臓だ。
『あの、リリア様……?』
「……ぁっ、ごめん、なんて?」
天使ちゃんの呼びかけが遠いように聞こえて、反応が遅れる。
腕の中のスラリアが心臓の鼓動に合わせて、ぷよんぷよんとするのだけが確かな感覚だったのだ。
『素晴らしかったですっ! ずばり、勝利の要因はなんでしたかっ?』
「勝利の、要因……?」
そう聞き返すと、天使ちゃんは力強く頷いたようだった。
どうして、初心者である私がシキミさんに勝てたか?
スラリアがパートナーだったから。
リリアが戦闘訓練してくれたから。
オージちゃんがダガーを託してくれたから。
ミリナちゃんに勉強を教えたから。
セッチさんのお店を手伝ったから。
言いたいことはいろいろあった、ありすぎた。
テイルズ・オンラインの世界を訪れて、私の世界は一気に広がったから。
「私は――」
恐ろしい魔王として君臨することも。
囚われのお姫様として勇者に救われることも。
凄腕の冒険者として名を馳せることも。
ただ真の強さを求めて修練に励むことも。
のんびりと悠々自適な生活を送ることも。
「ぷにゅっぷにゅ」
嬉しそうに、スラリアが揺れ動く。
綺麗な空の頭を――どこが頭かわかんないけどね――ぷにぷにと撫でると、おとなしくなった。
たぶん、気持ちよかったのだと思う。
こうして、ぷにぷにすることも。
「――私の物語を、紡いだだけです」
全ては、私が紡ぐ物語だ。
現実の世界も、ゲームの世界も関係ない。
持っている素質や境遇がどのようなものであれ、そこからどう考えて、どう行動するのか。
それが、物語を紡ぐということ。
テイマーでスライムをパートナーにしても勝つことができたように、初めから負けることが決まっている物語など、存在していない。
大切なのは、諦めずに紡ぎ続ける、その固い意志だ。
ぷにゅんぷにゅっにゅ。
ん、どうした? うんうん。
なるほど、確かにそうね。
どんな物語にするのか自由ならば、ぷにぷにな柔軟性も大切ね。
ぷにっ、ぷにぷにゅ!
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