Tale32:これがテイマーの真骨頂です

「このダガー、たぶん俺のナイフよりレアリティは上だな」


 私に睨まれているのを気にもしないで、シキミさんはダガーに視線を移して言う。


 今のうちだと、掴まれている手を引っ張ってもビクともしない。

 速いだけじゃなくて、力も強いなんてズルいんですけど?


「リリアリア・ダガー、大切な友人からの預かり物よ」


 仕方なく言葉を返す。

 そのとき、シキミさんが私の手を離した。


「君はつくづく女神様に縁があるようだ」


 やれやれと、シキミさんは呆れたように両手を上げる。

 隙だらけのようだが、私は動けない。

 今のままでは、どう頑張ってもダガーを当てることはできないだろう。


「しかし、もったいないな。せっかく女神の名を冠した武器なのに、テイマーに使われてしまって」


「……習熟度のこと?」


 テイマーは、使用武器が魔物なので他の武器をそこに登録できない。

 いまの私みたいに普通に使うことはできるが、けっきょくは“普通”止まりだ。

 それでも、それなりに扱えているのではないかと思うけど。


「ああ、わかっているじゃないか」


 シキミさんは、おもむろにナイフを構えた。


 なぜか、嫌な予感がする。

 一歩分の距離を取ればいいところを、数歩、後退る。


「一回戦から使う気はなかったんだが、餞別だ」


 ゆっくりと、本当にゆっくりと、シキミさんは一歩を踏み出す。

 逆に、そのゆっくりな動作を、私は最大限に警戒した。


 ナイフを持った右手を、振りかぶるシキミさん。

 まだ、間合いの外。


「――三影葬」


「ぅっ!?」


 かろうじて、シキミさんの身体の動きは目で追えたが、そこまでだった。

 なにかの衝撃で、私は後方にね飛ばされる。


『シキミ様の攻撃が、リリア様を襲いましたっ! うぅ、見てるこっちが痛いですぅ!』


 倒れた身体を起こすと、確かに、これは痛そうだった。

 左腕は切り落とされていて、胸とお腹と両脚もぱっくりと切れている。

 咄嗟に身体を引かなければ、今ごろ四等分にされていたかもしれない。


「……なるほど、強いのね、スキルって」


 以前と同じように、ゆっくりと歩み寄ってくるシキミさん。

 その既視感を小憎らしいと思いながら、私はつぶやいた。


「ああ、現実では再現できない超常の具現化――それがスキルだ」


 シキミさんのナイフは、三本に分かれるかのように私の身体を切り裂いたのだ。

 どおりで、まったく反応できなかったわけだ。

 そういえば、ここはファンタジーの世界だったと思い出す。


「スキルを使えない、それがテイマーを選ばない理由だ」


 私を見下ろして、シキミさんは冷たく告げた。

 この状況では、そんなの関係ないなんて強がりを言ったところで、虚しいだけだろう。


「あとは、痛くないというのもマイナスだな」


「ぁっ!?」


 そう言って、シキミさんは突然、自分の太ももにナイフを刺した。

 黒のズボンを突き破り、鈍く輝く刃の半分以上がそこに沈み込む。


「現実では、痛みというのは避くべきものだ」


 刺したナイフをぐりぐりと動かしながら、シキミさんは平然と語り続ける。

 上空では天使ちゃんが、痛そうですぅと怯えていた。

 私だって、自分が痛みを感じていなくても、見ていて顔がゆがむ。


「あぁ……そうなんだよ、俺は、その顔が見たいんだ」


 脚から抜いたナイフを、ドM変態サイコパスは私の顔に向けて言う。

 なんとまあ、嬉しそうな顔しちゃって。


 スキルによってめためたに切られた身体は、すでに元に戻っていた。

 しかし、こいつのあまりの気持ち悪さに動くことができない。


「痛みに悶える姿を見てこそ、自分が生きていることを実感できる」


「……ふん、迷惑な性癖ね」


 吐き捨てるように、私はシキミさんを軽蔑する。

 シキミさんは、ことさらに楽しそうに声を上げて笑った。


「ここが仮想世界だからできるんだ。あまり抑えつけないでほしいな」


「別に、PKだってなんだって、勝手にすればいい――」


 私が立ち上がるまで、余裕の表れだろう、シキミさんはただじっと見ているだけだった。


 PKは、悪いことなのか。

 けっきょく答えは出ていない。

 だって、ルールで禁止されていない以上、その善悪の決定は個人個人に委ねられるのだから。


「――でも、私のような思いをする子は、絶対にいない方がいい。あなたが誰かを傷つけているのを見たら、私は全力で、絶対にそれを阻止する」


 右手に持ったダガーを、シキミさんの顔に向ける。

 シキミさんのナイフも、私の顔に突きつけられたままだ。


「じゃあ、君が俺の相手をしてくれればいい。だが、痛みがなくなるスキルは無しだ。つまらないからな」


 ナイフの切っ先が、私の鼻先を軽く突く。

 さっきから、女の子の顔を傷つけやがって。

 いや、傷はつかないんだけど、繊細な女心の問題だ。


「……そうね、このゲームでPKしたくなったら、涎を垂らして私のところに来なさい」


 感心したように、目を見開くシキミさん。

 私が、降参したとでも思ったのだろうか。


 スキルが使えない、そう言っていたね。

 だからテイマーを選ばない、と。


 もしかして、知らないのかな?

 テイマーが持っているスキルのことを。


「ぅぐっ!?」


 私を見下す涼しい顔が、ふいに苦痛にゆがむ。

 シキミさんの身体が、数センチだけ宙に浮く。

 青い光の輝きを増した私の足が、シキミさんの股間を蹴り上げたのだ。


 体勢の崩れたところに、ダガーを突き入れる。

 しかし、それは避けられてしまう。


「くっ……」


 その場から飛びすさり、シキミさんは私と距離をとった。

 股間を押さえてうずくまりながら、精いっぱいの虚勢だろうか、私を睨んでくる。

 なんて情けなくて、可愛らしい姿なのかしら。


「痛いのが好きなんでしょ? いいよ、来なさい。私が遊んであげるから」


 スライム強化。

 一定時間、スライムのステータスを大程度だけ増加させるスキル。


 身体の内側から、温かいなにかが湧いてくるのを感じる。

 スラリアといっしょだから、私は、強くなれるんだ。


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【名前】リリア

【レベル】14

【ジョブ】テイマー

【使用武器】スライム:習熟度5


【ステータス】

物理攻撃:45 物理防御:44 

魔力:40 敏捷:25 幸運:30

【スキル】スライム強化、なつき度強化、勇敢

知恵の泉、魅了、同調、不器用

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