ぷにゅぷにゅのスライムと出会います

 さっきまで私の姿を映していた大きな鏡は、いつの間にか消えていた。

 しかし、目の前のリリアを見ていると、まるで鏡を見ているみたいだ。

 まあ、私はいまのリリアのように顔を赤らめて俯いたりしないけど。

 こういうところが、可愛げがないと言われる所以だろうか。


『えと……では、次にジョブを決めていただきます』


「なんか、たくさんの種類があるんだっけ?」


 ゲーマーの弟が興奮気味に話していたことを思い出す。

 なんだったかな、百種類以上のジョブツリーがどうのこうの、みたいな。


『はい。ですが、最初に選ぶことができるのは十種類程度です』


「なるほど……?」


『リリア様は、運動はお得意ですか?』


「……ん? ああ、私のことか。ううん、身体を動かすのはあんまり」


 この空間には二人しかいないのだから、自分への問いかけでしかありえない。

 いや、リリアが首を傾げる挙動が可愛すぎて、反応が遅れてしまった。


『生産職――武器や防具、アクセサリーを製作するジョブに興味はありますか?』


「うーん、そっちもあんまり……」


『では、テイマーはいかがでしょうか』


「テイマー?」


『魔物を操ることで戦う、中距離戦闘が主体になるジョブです。もちろん、自分で戦うこともできますが……』


「うん、それでいいよ」


 運動神経に自信がないから、ちょうどいいかもしれない。

 特に迷うこともないのは、リリアが薦めてくれたからだ。


『最初の武器、いえ、テイマーなので魔物ですね。それは、こちらを引いて決めてもらいます』


 リリアが指した空間に、ぽんっとガチャガチャが現れた。

 昔はデパートの屋上とかにあったらしいけど、最近は見なくなったレトロなやつだ。


「おー、なんか楽しくなってきたかも」


『ふふっ、そう言っていただけると嬉しいですね。この初期ガチャは、一度しか引けません。しかし、使用する魔物の交換はゲームを進めるうちにできるようになるので、どうぞ気楽に』


「うん、わかった。さっそく――えいっ」


 ぐりぐりとレバーを回すと、がちゃっと音がしてころころと丸い玉が転がり出てきた。


「これに魔物が入ってる……?」


 私が触れようと手を伸ばすと、それは目の前でポンッと弾ける。


「ぅわっ……なにこれ――」


 もわもわとした煙が晴れると、そこには綺麗な青いぷにぷにとした物体がいた。

 ゲーム初心者の私でも、さすがに知っている――スライムだ。


「――かっわいい! すごい!」


『あっ、そういう反応なのですね』


「えっ? どうして?」


『いえ、スライムなんて見慣れているプレイヤーの方が多いので……』


 そうなのか、まあなんでもいいや。

 とにかく、いま重要なのは、このぷにぷにつるつるなフォルムだ。

 触っていいのかな? よし、触ろう。

 うわぁ、クッション? 枕?

 なんだろう、現実にはない、不思議な感触だ。


 この子には顔がないから、私に触られてどう思っているのかわからない。

 けれど、逃げたりしないし、嫌がってはなさそう。


「この子がもらえるの?」


 スライムを両手でがしっと抱えて、リリアに聞いてみる。

 ちょうど両腕を回して一周ぐらいの大きさのようだ。


『ええ、もしよろしければ、仲良くしてあげてください』


 リリアは片手で口元を隠して、くすくすと笑いながら言った。

 ちょっと、はしゃぎすぎていたのかも。恥ずかしい。

 この子は絶対に離さないけどね。


「こほん、えっと、あと決めるのは……ステータスと、スキル?」


 私が咳払いをすると、リリアは察して笑うのを止めてくれる。


『はい。ステータスは、50ポイントを物理攻撃、物理防御、魔力、敏捷、幸運の五項目に分配していただきます』


「うーん……」


 なんとなく項目の意味はわかるんだけど、どう割り振ればいいかの見当はつかない。


『毎回のレベルアップ時に10ポイントの追加が行われるので、そこまで悩む必要はありませんよ。ただ、慣れるまでは敏捷を上げすぎないことをおすすめします』


「どうして?」


『ステータスの値は、その能力の最大値だと考えてください。例えば、今すぐ全力を出せば音速で動ける身体にしてあげると言われたら、リリア様はどう思います?』


「なるほど、そういうこと……きっと困るかな、ちょっと身体を動かすのも怖いもの」


 ゴキブリなんか見つけた日には、一瞬で見知らぬ地まで吹っ飛んでいってしまうだろう。


『そうです、身体を速く動かすことができても、脳の認識が追いつかないと制御ができないのです。ただ走るという単純な動作でも、敏捷のステータス以上に技術によって差が生まれます』


「ふむ、よくできているのね……じゃあ、こんな感じにしようかな」


『あっ、良いですね! テイマーらしいステータスです。リリア様には、ゲームの才能があるのかもしれませんね』


 お世辞だと思うけれど、なんだか少し照れくさい。

 リリアが美少女すぎるのも要因の一つだろう。


『次はスキルですね。最初に与えられるスキルは使用武器の強化、リリア様の場合はスライム強化です』


 そう言いながら、リリアは黒い画面から手を下ろした。

 私の目の前に、画面が移ってくる。


『これが、リリア様のステータスです』


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【名前】リリア

【レベル】1

【ジョブ】テイマー

【使用武器】スライム:習熟度1


【ステータス】

物理攻撃:5 物理防御:20 

魔力:15 敏捷:5 幸運:5

【スキル】スライム強化

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 おー、なんだか、ゲームっぽい。

 というか、忘れがちになっちゃうけど、ゲームなのか。

 リリアの人間らしさとか、抱いているスライムの感触とかで現実と間違えそうになる。

 いや、スライムはファンタジーな抱き心地なんだけどね。


『とりあえず――』


 ステータスの黒い画面からリリアに視線を移そうとしたとき、ふいにふわっと浮遊感が生じて。


『――ようこそ、テイルズ・オンラインの世界へ』


 気付いたら、森の中――それも整備されていないような、木々が鬱蒼と茂っている森林――に私たちは立っていた。


『といっても、まだチュートリアルなのですけどね』


 お茶目に首を傾げるリリアは、白い空間にいたときよりも、なんだか生き生きとして見えて可愛かった。

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