二次創作を始めた女子高生の話
「それでね、最初の探偵さんのセリフは絶対に例のシーンの伏線だと思うんだよね」
「なるほどー、志保の考察はいつもながら冴えてるねぇ」
定期テストが終わった日の午後。わたしはお友達の香夏子ちゃんと二人で、某チェーン店のドーナツを食べに来ていた。
連日の猛勉強で疲れていた脳に、じんわりと染み渡る甘さ。二人で糖分を補給すれば、テスト勉強からの解放感もあいまって、次第に話が弾んでいく。
話題は、わたしの大好きなフリーゲーム。『グローヴァー探偵事務所』、略してグロ探の考察である。
「アタシは探偵さんや相棒のビジュアルや関係性が沼だけど、志保はストーリーを凄く深く見てるよね」
「うん! あのセリフはどういう意味だったのかなとか、このキャラはこういう過去があったからこう考えるようになったのかとか、そういうのを考えるだけで楽しい!」
もちろん、香夏子ちゃんみたいにキャラの格好良さや可愛さにどっぷり浸かることもあるけれど。やっぱり私は、背景やストーリーが好きだ。
そうやってストーリーの感想や考察などを書き留めたノートが、実は十冊以上ある。グロ探だけでも二冊目に突入している。
「ねえ、志保。前から言おうと思ってたんだけどさ、志保の考察をアタシにだけ話しているのってもったいないと思う」
「え、もったいない?」
「そう。だって、志保の考察を聞いたからこそ気が付いたゲームの面白さってたくさんあるんだもの。だからそれを纏めて、SNSに載せてみようよ。きっと共感したり、初めて気がついてくれる人が出てくると思うよ」
「むりむり! 恥ずかしいよ、そんなの」
途端に熱くなる顔を隠しながら、テーブルに突っ伏す。授業で先生に指名されるのすら恥ずかしいのに、SNSなんてもってのほかだ。
それなのに、香夏子ちゃんはじゃあこうしよう! と明るい声を上げた。
「志保の妄想を小説にしちゃおう! 二次創作なら、これはイフのお話だって言い張ればいいから、正解でも間違いでも恥ずかしくないよね」
「余計恥ずかしいよ! そ、それにわたし……二次創作って苦手で」
おずおずと顔を上げながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。全く見たことがないわけではないのだが、わたしはどうも二次創作という代物が苦手だ。
作者がゼロから作り上げたものを借りて、好き勝手に創作していくなんて。しかも、それを同人誌やグッズにして売るなんて、なんだか泥棒みたいに感じてしまう。
「確かに、志保の考えは正しいよ。でも、グロ探は大丈夫! 所長の
「そ、そうなの?」
「二次創作が盛り上がってるのは、ジャンルが盛り上がっている証拠でもあるしね。ていうか、アタシもやってるし」
「そうなの!?」
「あんまり上手くないけどね。志保はたくさん本を読んでるんだから、絶対小説も書けるよ。もうすぐ冬休みだし、ちょっとやってみなって。アタシ、志保の小説読んでみたい!」
結局、香夏子ちゃんに押し切られるまま、創作コミュニケーションサイトに登録させられてしまった。
夜、お風呂上がりに自分のベッドでごろごろしながら、スマホでサイトを眺める。溢れるほどの二次創作に、目がチカチカした。
「うー……どうしよう」
香夏子ちゃんは昔から仲良くしてくれる大切な友達だ。そんな彼女に見たいと言われれば、無視するわけにはいかない。
そして何より、自分でもびっくりしているんだけど、わたし自身が書いてみたいと思ってしまっている。
あのキャラのその後の話を、途中で息絶えてしまったキャラの過去の妄想を形にしたい!
「で、でもなぁ……そうだ。夢乃咲製作所のホームページ見てみよう」
ベッドから降りて机に向かい、ノートパソコンを立ち上げる。そこからいつも通り、夢乃咲製作所のホームページを開いた。
夢乃咲製作所はフリーゲームをホームページで配布している。昔は雨楽さん一人でデザインや音楽を全て作っていたけれど、最近ではメンバーが増えていき、クオリティがどんどん上がっている。
あ、今度は男性ヴォーカルを募集している。次回作ではボイスや歌が入るのではとファンの間で噂になっているのだけれど、本当かもしれない。
……って、違う違う。わたしは頭を振って次回作へのワクワクを振り払うと、製作所からのお知らせページを開いた。その一番上に固定された『二次創作に関して』という文字アイコンを恐る恐るクリックした。
香夏子ちゃんの言う通り、雨楽さんは二次創作を許可していた。ただし原作の自作発言や無断コピー配布は禁止、トラブルになっても対処はしないとも書いてある。
「そ、それなら」
自分にも書けるのかもしれない。そんな思いが、躊躇していたわたしの背中を押した。
それからあっという間に年が明けて、年度末のテストも終わり。明日から春休みを迎えるわたしは、すっかり日課となった香夏子ちゃんとの音声チャットをお供にキーボードを叩いていた。
『いやー、先生凄いですねぇ! 今回の新作も大人気じゃん!』
「や、やめてよ先生なんて」
『でもさぁ、マジで凄いよ。志保のフォロワー、どんどん増えていってるじゃん』
凄い凄いと喜んでくれる香夏子ちゃん。わたしは一旦手を止めて、自分のアカウントページを表示する。
冬休み前に二次創作を始めてから、大体三か月。最初は小説の書き方すらわからなかったけれど、色々調べて、たくさん練習して。短い小説を書き上げて、勇気を振り絞って公開した。
それからは、あっという間だった。グロ探が人気のジャンルだったということもあり、大勢の人に読んでもらえた。
SNSで拡散してくれる人も居て、フォロワーもどんどん増えて。今では毎日のように感想コメントが届き、イベントにも誘われたりしている。お友達もたくさん増えて、凄く楽しい!
でも、同時に心のどこかで、もやもやしたものが引っかかっているのも感じていた。本当にこれでいいのかな、このままでいいのかな。
空白に、違うピースを無理矢理押し込んで満足しているような。時々、そんな奇妙な感覚に囚われてしまう。
「……あ」
『どうしたの?』
「ううん、ちょうどDMが来て」
『それって、フォロワーから? 絶対ファンレターでしょそれ! いいなぁ、いいなぁ!』
最近では作品へのコメントだけでなく、SNSで気軽に匿名でメッセージを送れるサービスが主流になっている。
だからこそ、DMが送られてることはかなり稀であり、長文で熱く語ってくれるファンである可能性が高い。
『ねーねーせんせー? どんなことが書いてあるのー? 教えてくださーい』
「せ、先生はやめてってば」
『いいじゃん! ね、ね。ちょこっとだけでいいから、内容教えてー』
せがまれるままに、わたしはDMを開いた。少し前、それこそ二次創作を始める前の私だったら、知らない人からのDMなんて読もうとすら考えなかっただろう。
二次創作でたくさんの人にちやほやされて、わたしが書いたお話が面白いって言ってもらえて。浮かれていたのだ、有頂天だったのだ。
でも、送信者のアカウントを見た時、頭から血の気がさあっと引いた。
『志保ー? どうしたのー、もしかしてアンチだったりしたの? 気にしちゃ駄目だよ、そういうのは暇人が暇潰しに送ってるだけなんだから無視すれば――』
「ごめん、香夏子ちゃん。今日はもう寝るね」
『ちょ、志保? どうしたの、ねえ!』
無理矢理通話を切って、そのままスマホとパソコンの電源も落とした。そういえば、さっきまで書いていた文章を保存し忘れた。
でも、もうだめだ。逃げるようにベッドの中に潜り込んで、布団を頭まで被って、ぎゅっと目を閉じる。全身が凍ってしまったかのように冷たくて、震えが止まらなかった。
アンチだったら、まだマシだった。知らない人からひどい言葉を投げつけられるのは怖いけど、わたしが傷つくだけで済んだのに。
送信者の名前は、雨楽。
わたしが大好きなゲームの作者であり、この世で一番尊敬している人だった。
一週間が過ぎた。短い春休みは後半に差し掛かり、そろそろ新学期の準備をしなければいけない。
それなのに、わたしはあれから何も出来ていなかった。勉強も、二次創作も。寒気が止まらなくて、ベッドから出られない。ご飯も喉を通らない。
お母さんに付き添われて病院に行ったら、疲れが出たのだろうなどと検討違いのことを言われた。
疲れなんかじゃない。
これは、後悔だ。
「志保、大丈夫? プリン持ってきたんだけど、一緒に食べない? お高い瓶のプリンだよー」
寝込むばかりのわたしを心配してくれた香夏子ちゃんが、お見舞いに来てくれた。優しい彼女に目から涙がこぼれて、彼女に抱き着いてわんわん泣いた。
「な、なるほど。雨楽さんから……それ、偽アカウントじゃないよね?」
「間違いなく本人。きっと、わたしの二次創作が許せなかったんだよ」
しばらくして落ち着いてから、わたしは一週間ため込んだ胸の内を少しずつ吐き出すことにした。
雨楽さんはフォロワーと気軽に交流する人じゃない。そんな人が、個別にDMを送ってくるなんて。
「絶対に苦情だよぉ……わたしの小説が、雨楽さんにとって目障りで迷惑なんだよ」
「う、うーん……そんなこと、ないと思うけど……ていうか志保、そのDMってまだ読んでないの?」
「読んでない……読む勇気ないもん」
びしょびしょになったタオルで、ひりひりする目元を拭う。そして困り顔の香夏子ちゃんに、わたしは決心した。
「もうわたし、二次創作辞める。今まで書いてきたやつ、全部消す」
「わー!! 待って待って、早まらないで! ブックマークしていた小説が消されたら、どれだけにオタクが息絶えるか!」
とりあえず。机の前に座ったわたしの肩を落ち着かせるように撫でながら、香夏子ちゃんがゆっくり話し始める。
「まず、雨楽さんのDMをちゃんと読もう。謝罪が必要な内容だったら、アタシも一緒に謝る。アタシも二次創作辞める。アタシが志保を誘ったんだから、アタシも一緒に責任とる」
「香夏子ちゃん……」
香夏子ちゃんに説得されて、わたしはようやく雨楽さんからのDMを読む勇気が出てきた。隣で画面をのぞき込む彼女と一緒に、震える指にいっぱいの力を込めて、DMを開いた。
表示された文章に目がくらくらする。でも受け入れると決めた以上、逃げ出すわけにはいかない。
わたしは恐る恐る、読んだ。
そして、驚いた。
『拝啓シホ様。初めまして、夢乃咲製作所の雨楽と申します。私たちのゲームをご愛顧いただき、とても嬉しく思います。さて、今回このようなDMを送らせて頂いたのは、貴方の小説を読み、どうしてもお伝えしたいことがあったからです。結論から申しますと、貴方に二次創作という世界は狭すぎるのでは、と感じたのです』
シホというのは、わたしのペンネームだ。丁寧な書き出しで始まったDMは、苦情でも𠮟責でもなかった。
わたしはまばたきもしないで、一文字一文字をこぼさないよう追っていく。
『私が自作の二次創作を許可しているのは、自作の世界がファンの方たちによって広がっていくことが面白く、私では思いつけなかった展開を見ることが出来るからです。しかしシホ様は、既製品で物語を作るよりも、一から生み出す方が合っているのではと思ったのです』
ここまで読んで、何かがわたしの心の中でストンと落ちた。それは、今までずっと引っかかっていた、もやもやだった。
一から物語を生み出す。
その一文を、何度も読み返す。
繰り返し、繰り返し読み返して刻み込む。
「……志保、もう大丈夫みたいだね。アタシ、今日は帰る。プリンは復活祝いってことで、全部食べていいよ」
そう言って帰る香夏子ちゃんに、わたしはなんとか手を振って。そのまま机の中を漁り、未使用のノートを取り出してペンを持つ。
雨楽さんが何を思って、DMを送ってくれたのかはわからない。本心からの言葉かすらも。でも、そんなことは関係ない。
わたしの背中を押してくれたことに、代わりないのだから。
「物語を生み出す……借り物じゃない、わたしの物語を!」
そうだ、そうなのだ! わたしは物足りなかったのだ。わたしは書きたかったのだ、誰のものでもない、わたしの物語を!
一度走り始めたら、ペンは止まらない。日が暮れて、手元が見えなくなるまで、わたしは書くことを止められなかった。
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