第75話 朝目覚めたら隠れん坊

「んんっ……? ふわぁ~~、よく寝たぁ」


 目を覚ますとベッドの上に寝ていた。

 確か取り調べを受けていて、その後にベッドの上でマッサージをしてもらっていた。

 気持ち良くて、そのまま眠ってしまったようだ。


 窓を隠す布には明るい光が当たっている。

 朝か昼か知らないけど、お腹が空いているから何か食べたい。


「ん? 何で裸なんだ?」


 身体の上に乗っている薄緑色の毛布を退かして、ベッドから起きようとした。

 でも、ちょっと退かしただけで、何も着ていない事に気づいてしまった。

 シャツやズボンなら分かるけど、流石に下着まで脱いで寝たりしない。


「これだと、部屋の外に出られないよ……ん?」


 服が無いなら毛布を身体に巻くという方法もあるけど、それは最終手段だ。

 まずは近くに服やアイテムポーチが落ちてないか探してみよう。

 そう思って、右隣のベッドの上を見てしまった。

 そこには銀色の髪の女性が寝ていた。


(おい、嘘だろう⁉︎ 同じ部屋で裸でマッサージって、全然記憶が無いけど、どんなマッサージを受けてたんだよ!)


 慌てて周囲の状況から何が起こったのか推理してみた。

 シルビアのベッドに付けられている棚の上には、折り畳まれた茶色い制服と白い靴下が見える。

 そして、薄緑色の毛布からチラッと見えている、シルビアの肩や背中は何も身に付けていない。


 何をやったのか思い出せないけど、裸の男女が同じ部屋で別々のベッドに寝ているのは普通じゃない。

 身も心も何だかスッキリした気分だから、何かをやってしまったのだろう。


(んっ~~~、駄目だ! 全然思い出せない。もう一度、マッサージをしてもらえば思い出せるかもしれないけど)


 とりあえず、そんな時間はない。

 この状況を兵士やクラトス、レーガンに見られるのは非常に気まずい。

 朝か昼か知らないけど、早く何か着ないと駄目だ。

 夜中に人は部屋にやって来ないけど、朝と昼ならやって来る。


「おはようございます」

「ハッ⁉︎」


 ほら、やっぱりやって来た。分かっていたけど、遅かったようだ。

 突然、部屋の扉が二回叩かれて、女性の声が聞こえてきた。


「すみません。この部屋にルディはいますか?」

「エ、エイミー⁉︎」


 扉の向こう側にいるのは、エイミーのようだ。

『何故、ここにいるんだ?』という混乱する頭で考えてみた。

 その結果、おはようございますで、今が朝だという事が分かった。


 多分、昨日の昼から今日の朝まで、この部屋で寝ていたんだ。

 そして、エイミーが宿屋に居るという事は、エイミーのお母さんもいるはずだ。

 一晩中、どんなマッサージをしていたのか思い出したいけど、今はそれどころじゃない。


(ベッドの下に隠れるしかない!)


 毛布から飛び出すと、ベッドを軽々と持ち上げて、その下に潜り込んで隠れた。

 きっと、腕力はこんな時の為に鍛えておくんだと思う。


(まさか、村以外で裸隠れん坊をする事になるとは……)


 ベッドの下の二十センチ程の隙間から、息を殺して部屋の中を見る。

 このままエイミーが扉から立ち去れば、何も問題ない。


 それと俺の服は床には落ちてないようだ。

 シルビアのアイテムポーチの中に入っているんじゃないだろうか?

 マッサージの料金として、身ぐるみ剥がされてしまった可能性がある。


「すみません。おはようございます」

「んんっ~~、はぁ~い。ちょっと待ってて」

「くっ!」


 しつこく扉を叩いて聞いてくるエイミーに、シルビアは起きてしまった。

 返事をした後に、ゴソゴソと物音を立ててから、ベッドから降りて扉に向かっていく。

 靴下は履いてなかったけど、茶色い制服を着ているのが見えた。


 あの服装なら変な事をしていたとは疑われない。

 まあ、別に疑われても問題ないとは思うけど、変な誤解をされるのは困る。 

 シルビアとはマッサージだけの関係だから、恋人や彼女は別に作りたい。

 身近な女の子はとりあえず、候補として確保しておきたい。

 

「あっ、えっーと……ルディはいますか? ここにいるかもしれないと聞いたんですけど……」


 シルビアが扉を開けると、微妙な間が発生したけど、すぐにエイミーは喋り始めた。

 誰に聞いたか知らないけど、正確だ。

 でも、朝っぱらから俺に何の用があるんだろうか?


「ここには居ないわよ。ここは私の部屋だから。あなた、可愛いわね。もしかして、彼女なの?」

「いえいえ、そんな関係じゃないです⁉︎ ルディが騎士団に入ると聞いたので、私も連れて行ってもらおうと思ったんですけど、失礼しました。他を探してみます」


 二人の生足を見ながら、会話を聞き漏らさないように集中する。

 俺の彼女かと聞かれて、エイミーは強く否定している。


 これはヤバイ。女の子同士の会話を盗み聞くのは意外と興奮する。

 ベッドの隙間から見ているから、凄くいけない事をしている気分だ。

 エイミーが俺を探している理由は分かったけど、死亡率四割の仕事なんてしない方がいい。

 安全以外は何もないけど、パロ村でゆっくりのんびりと暮らした方がいい。

 

「ちょっと待って」

「はい?」


 でも、そんな俺の優しい願いはシルビアに阻止された。

 立ち去ろうとしていたエイミーを呼び止めた。

 

「だったら、私に話をした方が早いわよ。調査部にルディを紹介するのは私だから。さあ、中に入って。ゆっくり話しましょう。私はシルビアよ」

「あっ、はい。エイミーと言います。十五歳で冒険者8級です。よろしくお願いします!」

「若いわね。とりあえず、奥の方のベッドに座って」

「はい」


(ひぃぃ‼︎ 嘘だろう⁉︎)


 エイミーが部屋の中に入ってくると、俺が隠れているベッドの上に座った。

 エイミーがいつも履いている、くるぶしまで隠している茶色い靴と生足が至近距離に見える。

 反対側のベッドには靴を履いてないシルビアの足が見える。


 ベッドの下に隠れただけなのに、この状況は非常にマズイ。

 どう見ても裸の変態が、見ず知らずの女性の部屋の中に忍び込んだみたいだ。

 絶対に見つかったらいけない隠れん坊が始まってしまった。


「8級だと基本的に無理ね。6級でもお勧め出来ないわ。だから、非戦闘の雑務作業をしてもらう事になるけど、大丈夫?」

「はい、実力不足なのは分かっています」

「と言っても、あなたの場合は基本的に保護が目的かな。あなた、テイマーなんでしょう? 誘拐される危険性があるなら、調査部は身を隠すには最高の場所よ」


 二人は向かい合って、普通に話している。

 俺もその非戦闘の雑務作業がしたいけど、そもそも仕事内容はまったく聞いてない。

 俺もしっかりと聞くから、ここはエイミーに詳しく聞いてもらいたい。


 特に仕事場所が、街か村かは重要な事だ。

 近くに娯楽が無ければ、ただの牢獄暮らしと変わらない。


「そうなんですね。ありがとうございます。それで外出とかは出来るんでしょうか? 近くに魔物がいるなら、倒して強くなりたいんですけど……」

「う~ん、それは基本的に無理かな。でも、カルナが魔物の素材を集めていたから、ちょうどいいかもね。ルディと一緒にカルナの仕事を手伝ってみる?」

「はい、それでお願いします。ルディは私の言う事なら、何でも聞いてくれるから問題ないと思います」


(おい!)


 聞きたい情報ではなかったけど、エイミーが俺の事をどう思っているのかは分かった。

 まぁ、従魔だから仕方ないとは思うけど、何でも言う事を聞く訳じゃない。


「フッフフ。頼もしい彼氏ね。じゃあ、紹介状は書くけど、無理そうならいつでも言うのよ」

「はい、そうします。それと本当に彼氏じゃないですから」

「そうなの? 優秀そうだから、今のうちに手懐けた方がいいわよ。駄目なら捨てればいいんだから」

「う~ん、一応考えておきます。それじゃあ、よろしくお願いします」

「はぁーい」


 エイミーの中では余程、重要な事なのだろう。しっかりと彼氏じゃないと否定している。

 でも、出世すれば考えるみたいな事を言っているので、優秀になってから逆に捨てるのも有りだ。


(さて、どうしたものか……)


 部屋からエイミーが出ていったけど、シルビアはまだ部屋の中にいる。

 昨日の夜にお互いの裸を見た関係ならば、ベッドの下から現れても問題ないかもしれない。

 でも、悲鳴を上げられたら、エイミーも含めた大量の兵士が駆け付けてくる。

 そしたら、安全は安全でも、安全な牢獄に送られてしまう。


「可愛らしい彼女さんね。見つかったら、大喧嘩になってたわね。はい、服。先に出るけど、早く服を着て出るのよ。すぐに馬車が出発すると思うから」

「……はい、ありがとうございます」


 どうしようかと考えていたら、俺の畳まれた服が目の前の床に置かれた。

 シルビアにはベッドの下に隠れていた俺が見えていたようだ。


「あのぉ……起きたら裸だったんですけど、昨日の夜に俺達、何かしたんですか? ちょっと記憶にないんですけど……」


 俺が隠れているベッドに座って、長い白靴下を履いているシルビアに、気になっていた事を聞いてみた。

 自分でも最低の事を聞いている自覚はあるけど、覚えていないから仕方ない。

 それにもしも、何か取り返しの付かない事をしているなら知っておきたい。


「そう。覚えてないならいいわ。私は楽しかったけど、あなたにとっては、その程度の夜だったのね」


 傷ついたような悲しい声が上から聞こえてきた。

 とりあえず急いで謝って、いい感じに誤魔化すしかない。

 

「ご、ごめんなさい! そういう意味じゃなくて、記憶が飛んでしまうぐらいに、凄かったという意味なんです!」

「ウッフフフ。確かにそうね。記憶が飛びそうになるぐらいに激しかったわね。じゃあ、私は別の場所で仕事があるから。今度会ったら、またお願いね」

「あっ、はい。また今度」


 よく分からないけど、上手く誤魔化せたようだ。

 シルビアは我慢できないといった感じに笑いながら、部屋から出ていった。

 俺もベッドから早く出て、服を着よう。


「それにしても、また今度か……次はしっかりと覚えておかないとな」

 

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