第74話 美しい拷問官の取り調べ
「この部屋だ。手を出したり、抵抗したり、馬鹿な真似をするんじゃないぞ」
クラトスを先頭に、二人が並んで歩ける広さの廊下を進んでいく。
二階は左右に個室が四部屋ずつ、計八つの部屋がある。
その中で左側の一番奥の部屋の前に案内された。
「敵の内通者じゃないんだからしませんよ」
「そういう意味じゃない。お前達で最後だから、さっさと終わらせろ」
「はい」
抵抗するなと言われたけど、約束は出来ない。
俺からは手を出さないけど、流石に指をいきなり噛み千切ろうとしたら、数発殴ってから、二階の窓から宿屋の外に放り投げる。
イカれた拷問官は世界にも俺にも必要ない。
ついでに採用の話も無かった事になるので、俺の身の安全は更に保証される。
紹介してくれたクラトスには悪いけど、これが俺の正直な気持ちだ。
「失礼します……入ります」
ナチェンが緊張しながら、木扉を軽く右拳で二回叩いた。中からは返事は聞こえない。
クラトスの顔色を窺いながら、ナチェンは恐る恐る内開きの扉を開けていく。
礼儀作法なんていいから、さっさと中に入ればいい。
拷問官が襲って来たら、俺が窓から放り出してやるから、怪我一つしない。
「失礼します……あっ」
ナチェンに続いて、俺も部屋の中に入った。
すると、クラトスが部屋に入らずに、扉を閉めてしまった。
なるほど。内通者は生きて部屋の外には出さないという事か。
「二人共、椅子に座ってください」
「えっ……?」
若い女性のような声が聞こえた。
部屋の中は一人用のベッドが二つ、部屋の中央に椅子が三つ置かれている。
そして、ベッドとベッドの隙間に、長い銀色の髪の女性が立っていた。
(ヤ、ヤバイ! 凄い美人のお姉さんだ。これは確かに抵抗はしないけど、違う意味で手は出したくなる)
身長百七十センチ前後、スラッとした手足の長い体型で、年齢二十四歳ぐらい。
魅惑的な白い肌に青色の瞳、サラサラの銀色の長い髪は腰に届きそうだ。
袖無しの茶色い上着は騎士団の制服に似ているけど、前後の裾が三角に尖っていて、膝上までとスカートのように長い。
両足には茶色いブーツと、触り心地の良さそうな足全体を覆い隠す、薄い生地の白い靴下を履いている。
拷問官というよりも、聖職者のような心の綺麗な人にしか見えない。
こんな人と同じ仕事場で働けるなら、死亡率四割でもちょっと考えてしまう。
「初めまして。調査部のシルビアです。ナチェンさんですね?」
「は、はい!」
「正直に教えてください。敵の内通者ですか?」
「い、いえ、違います!」
三つ並んだ椅子の一番奥の椅子に俺が座り、一つ空けて、扉側に近い椅子にナチェンが座った。
シルビアと名乗った女性は、椅子に座っているナチェンの瞳を正面から真っ直ぐに見て聞いている。
まさかとは思うけど、美人の聖職者に優しく聞かれたら、罪の意識を感じて、素直に話すとか考えてないよね?
「ご協力ありがとうございます。もう結構ですよ。部屋を出て、ゆっくりとお過ごしください」
「あっ、はい……失礼します」
取り調べ時間、約二十秒。
予想通りの展開と最悪な取り調べだ。これなら俺の方がまだ上手く出来る。
たったこれだけで無実が証明されるなら、兵士の中に敵の内通者がいても、見つける事は出来ない。
「あれで終わりですか?」
ナチェンが部屋から出て行ったので、シルビアに聞いてみた。
こんな適当な取り調べで内通者が分かるはずがない。
もう一度、兵士全員を別の拷問官と別の方法で調べた方がいい。
「はい、終わりです。それに……あなたと早く二人っきりになりたかったから」
「え、えっ?」
そう答えた後に、シルビアは俺の隣の椅子に座った。
そして、顔を赤くして恥ずかしそうに俺を見つめている。
なるほど。そういう事情なら仕方ないかもしれない。
「大変だったんでしょう? 疲れてませんか? もし、よろしかったらベッドに横になってください。こう見えても、マッサージ得意なんですよ」
「へぇっ?」
そう言って、シルビアは右手で扉から遠い方のベッドを指している。
どんなマッサージをするつもりか知らないけど、ここで断るのは大変失礼だ。
お言葉に甘えさせてもらって、隅々まで全身マッサージを受けるしかない。
「それじゃあ、ちょっとだけお願いします」
ゴクリと生唾を飲み込んで、椅子から立ち上がった。
辛く苦しい事が続いた後は、必ず良い事があるそうだ。今日がその日みたいだ。
服は着たままでいいのか分からないけど、大人の女性に身を任せれば、問題なく終わるはずだ。
なるほど。抵抗しない、手を出さないというのは、こういう事か。
つまりは触られるのはいいけど、触ったら駄目だという事だ。
「はぁ、はぁ、今日は暑いですね」
「そうですね。とっても暑いですね」
ベッドの隣に椅子を持って来て、シルビアは座っている。
俺は仰向けにベッドの上に寝転んで、マッサージが始まるのを期待して待つ。
それにしても、心臓が馬鹿みたいにドキドキして、息苦しいし、身体が熱い。
それなりの美人は受付女性を見ているから、慣れているはずなんだけど……。
「ねぇ、ルディさん? 私の事、異性としてどう思いますか?」
「えっ、それは……」
上から顔を覗き込みながら、いきなり変な事をシルビアは聞いてきた。
柔らかく良い匂いがする銀色の髪が俺の両肩に乗っている。
ボッーとした頭の中で考えようとしたけど、普通に声に出して喋ってしまった。
「綺麗だとは思うけど、彼女にしたら気を使い過ぎて疲れると思う。それに美人過ぎて俺が釣り合わないだろし、隣を歩くだけで惨めな気分になりそうだ。身体だけの関係なら最高だろうな」
「フッフッ。私もそう思います」
「はい?」
至近距離で俺の顔を覗き込んでいたシルビアが、軽く微笑んだと思ったら、青色の瞳が赤く光った。
「〝チャーム〟」
「うぐっ!」
その赤色の瞳を見た瞬間、身体がビクッと脈打ち、動かせなくなった。
目と口は動かせそうだけど、頭がまだボッーとしている。
「これは……一体?」
「喋らずに静かにしてください」
シルビアは顔を覗き込むのやめると、椅子にキチンと座って、口元に人差し指を当てた。
何を言っているのか分からないけど、それだけでそうしなければならない、と思ってしまう。
まるで自分で何かを考えて、動きたいと思う気持ちが無くなってしまったみたいだ。
「フッフフ。言いましたよね? 早く二人っきりになりたいって。あなたが知っている事を全て話してもらいますよ」
「はい、何でも聞いてください」
「それじゃあ……あなたと事件の関係を話してもらいましょうか。嘘なく、隠したい事も洗いざらい」
「はい、分かりました……」
俺の意思に関係なく、口が勝手に動いているようだ。
パロ村から冒険者になる為に出発して、犬にされて、人間の姿に戻った事まで話してしまう。
話さない方がいいのは分かっているのに、何も考えずに自然に言葉が出てしまう。
「なるほど。興味深い話ですね。チャームをかけていなければ、信じられない話です」
「本当の話です」
結局、人間に戻る方法まで全部話し終わってしまった。
話を聞き終わった後のシルビアからは、俺の話を疑っている感じは伝わってこない。
「ええ、それは分かっています。今のあなたは私の操り人形ですから。私が死ねと命令したら、死んでしまうぐらいです」
操り人形の意味は分からないけど、何かされたのは分かる。
問題は何故、そんな事をしたのかだ。でも、それを聞きたいのに声が出ない。
「チャームは、使った相手に強制的に私への好意を高める精神魔法です。今のあなたは私が好きで好きで、どうしようもない状態なんですよ」
「うぅぅぅ~~」
「まあ、魔法耐性が高い人や好意が低い人には効きにくいんですけどね。あなたは兵士よりは頑張っていましたよ」
シルビアは無抵抗の俺の身体を、顔から胸に向かって指先でなぞって楽しんでいる。
それだけで全身を心地良い感情が溢れていく。
もしかすると、この感情も魔法の効果なのかもしれない。
「それにしても、騎士団も馬鹿ですね。敵の内通者を調べるのに、敵の内通者を使ったら意味がないです。そう思いませんか?」
「まさか、あなたが内通者なんですか?」
シルビアがまた顔を覗き込んで聞いてきた。
本当に敵の内通者ならば、捕まえないといけない。
何とか、声を上げるか、身体を動かして取り押さえないといけない。
むしろ、抵抗する彼女をめちゃくちゃに取り押さえたい。
でも、身体がピクリとも動いてくれない。
「さあ、どうでしょう。あなたは目が覚めたら、私と話した事は何も覚えていない。分かりましたか?」
「はい」
動け、動け、動け。くっ、やっぱり駄目だ。
身体を動かす事が出来れば、エッチな取り調べが出来るかもしれないのに動かせない。
いや、エッチな事がしたいんじゃない。敵の仲間を捕まえたいだけだ。
それなのに、この役立たずの意気地なしめ。
「〝スリープ〟」
「うっ! くぅぅ……」
シルビアの青色の瞳がまた赤く光った。
今度は目蓋が恐ろしく重たくなり、何日間も寝てないような急激な眠気が襲ってくる。
馬車の中でたっぷりと寝たから全然眠りたくない。
それなのに抵抗できない力で強制的な眠りに落とされていく。
「あなたを調査部に歓迎するわ。近くでじっくりと観察させてもらうわね」
「うぅぅ……くっ……すぅー、すぅー」
そして、シルビアに髪を優しく撫でられながら、ゆっくりと深い眠りに落とされてしまった。
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