第60話 6級冒険者と7級冒険者の決着

「頑丈だとそんな事も出来るんだな。普通は身体が真っ二つになるから参考になる」


 斧を振り回すのを止めて、笑みを浮かべたタイタスが言ってきた。

 この十メートルの距離だと風魔法の攻撃は届かないようだ。

 

(よく考えたら無理して倒さなくてもいいんだよね?)


 倒すのが無理なら時間稼ぎでいい。時間稼ぎも無理なら逃げてもいいと思う。

 それに停止していた肉の塊が激しく動いて、中から何かが出ようとしている。

 タイタスは別に気にしてないようだけど、アイツも飛び出して来た魔物に襲われるんじゃないのか?


「逃げなくてもいいのか? 魔物が生まれたら襲われるぞ」

「ああ、その心配はない。マイクはキチンと命令に従うように調教されているからな」

「なるほどね。だったら、お前に命令させれば大人しくなる訳か」


 両手の爪を引っ込めると、アイテムポーチに右腕を突っ込んで、黒い骨剣を取り出した。

 両刃の骨剣は刀身七十センチと爪より長いし、両手で持って振れば、一カ所にかかる威力は爪より上だ。

 この骨剣で飛んで来る風の刃を叩き折り、跳ね返し、奴の身体に刀身を叩き込む。


「だが、俺を殺せば誰の言う事も聞かない魔物になる。これは困ったな? 俺を殺せなくなってしまった」

「最初から半殺し予定だ。殺すつもりはないよ!」


 突撃再開だ。骨剣の剣先を上に向けて、右手に持って走り出した。

 肉塊はタイタスの左斜め前の位置にある。

 出来れば肉塊からマイクが飛び出す前に終わらせる。


「馬鹿の一つ覚えだな! 〝旋風烈斬〟」


 突撃して来る俺に向かって、タイタスは大斧を右下から左上に向かって振り上げた。

 こっちは接近しないと攻撃できないから突撃するに決まっている。


 不可視の刃が飛んで来る速さは、だいたい分かった。

 あとは風の刃の軌道上に、タイミングよく渾身の剣撃を叩き込むだけだ。

 三十回ぐらいなら失敗しても耐え切ってやる。攻撃は最大の防御だ。


(三……二……一……)


 走りながら両手で骨剣を握ると、浮かんでいた右足が地面に着いた瞬間に踏ん張った。

 そして、骨剣と一緒に身体を右に捻って、見えない風の刃に向かって、骨剣を全力で右から左に振り抜いた。


「お前もなぁ! ハァッ!」


 剣先から二十センチ下、骨剣の刃が見えない何かに打つかった。

 それは表面が弾力のある風に包まれ、中心は硬い金属のような手応えだった。

 まあ、そんな事はどうでもいい。骨剣は容赦なく風の刃を破壊して、左に振り抜かれた。


「もうお前の攻撃は通用しない!」

「それがどうした? 腕から剣に変わっただけで同じ事だ。〝旋風烈斬・嵐〟」

「くっ、またか……」


 タイタスが大斧を高速で振り回して、次々に風の刃を飛ばしてきた。

 このまま正面から突撃しても、数撃破壊しただけで、また風の刃の乱撃に捕まって終わる。


 マイクの肉塊を盾に進めば、タイタスが攻撃をやめるかもしれない。

 でも、予想が外れて躊躇なく攻撃されてしまったら、マイクの乱切り完成だ。


 それに結局、マイクを犠牲に出来ないと勝てないなんて、負けているのと一緒だ。

 レーガンとの、仲間との約束を簡単に破る訳にはいかない。


(回避、接近、攻撃を同時にやるしかない!)


 正面からの突撃を変更して、左に大きく飛んで、向かって来る風の刃の嵐を緊急回避した。


「チッ! ハァ、ハァ、ハァッ……」


 そのまま着地と同時に弧を描くように走り続ける。

 樹木の間を駆け抜けて、風の刃を躱して、何とか近づこうとする。

 けれども、俺が駆け抜けた場所に立っていた樹木が、次々に風の刃によって倒されていく。

 倒れた樹木がマイクに当たりそうで怖いけど、やって来るチャンスの瞬間を待つしかない。


「どうした? 逃げ回って時間稼ぎか? それとも、木の倒れる音に仲間が駆け付けてくれると信じているのか? 無駄な事を」

「はっはは、確かに……」


 もうお父さんの到着は信じてない。

 俺が狙っているのは、肉塊からマイクが飛び出す瞬間だ。

 その時、確実に意識が俺からマイクに向かうはずだ。

 狙うなら、そこしかないと思う。


(マイク。出来れだけ派手に飛び出してくれよ)


 タイタスと肉塊の二つを視界に入れたまま、祈るように右に左に走り回る。


「来た! 今だ!」


 肉塊を突き破って、苔色の翼のような腕が飛び出してきた。

 コウモリの腕にも見えるし、鳥の翼にも見える。

 でも、全身が見えるまで待つつもりはない。


「やっと生まれたか」


 タイタスが後ろを振り返って、肉塊から飛び出ている苔色の腕を見た瞬間——


「ハァッ! シァッッ!」


 地面に倒れている木を飛び越えて、一気にタイタスに向かって突っ走った。


「突っ込むだけならイノシシと一緒だな。〝旋風烈斬・嵐〟」


 距離七メートル。タイタスの風の刃の乱撃が向かってきた。

 タイタスは俺が接近すれば、攻撃しながら距離を取る。

 後ろに後ろに後退りしながら連続攻撃を止めようとしない。


「セィッ、ロゥ、ハァッ、ヤァッ!」

「くっ! ハァッ、オラッ!」


 飛んで来る風の刃を躱し、骨剣で破壊し、時には身体で受けて突き進む。


「ハァ、ハァ、くそ……」


 タイタスは既に七十発以上の風の刃を飛ばしている。

 オジサンの体力がよく続くと感心するけど、四十代の体力が凄い事は身近なお父さんで知っている。

 体力切れというか魔力切れは期待できない。


「これでも、喰らえや!」


 渾身の力で真っ直ぐに、骨剣をタイタスとその後ろの苔色の魔物に投げ飛ばした。

 風の乱撃の隙間を通すように投げつけた骨剣は、矢のように真っ直ぐに飛んで行く。


「クゥルルルル」


 肉塊の中から頭に二本の角を生やした頭が飛び出して、鳥のような産声を上げた。

 犬にしては凶悪な顔だ。狼や小顔の牛と言った感じがする。


「フン。諦めて殺すか。だが、無駄だ」


 少し予想外の反応だった。

 タイタスは骨剣を避けずに大斧の刃を盾のように構えて、骨剣の剣先を受け止めた。

 弾かれた骨剣が地面に落ちていく。


(くっ、マイクを守りやがった⁉︎)


 マイクが大事にされているなら、盾に使えば、楽に接近する事が出来た。

 むしろ、逆に人質に使って、大斧を捨てさせる事も出来たかもしれない。


 まぁ、いまさら気づいても遅すぎる。距離五メートル。

 空いた両手に短剣のような白い爪を伸ばして、力を絞り込めて、両脇の横で構えた。


「これで終わりだ。フンッ!」


 骨剣を防ぐと、すぐにタイタスは大斧を右から左に水平に振り回した。

 大斧の刃が届くには一メートル程距離が足りない。

 だとしたら、旋風烈斬だ。


「セィッヤァッ!」


 胸の高さに振られた大斧の軌道上に力を込めて、両腕を突き出した。

 そして、飛んで来た風の刃を両手で力強く掴んだ。


「ぐっ、ウオオオラッ! 邪魔だ!」


 両足を力を入れて、飛ばされないように受け止めると、そのまま走った勢いを殺さない。

 強引に右足を前に出して、身体を左に捻って、進路上から風の刃を左に退かした。


「フン。死にたいようだ。〝爆裂粉砕斧〟」


 風の刃を退かして向かって来る俺に、タイタスは上段に構えていた大斧の刃を振り落としてきた。

 右肩を狙った一撃には、明らかに殺意が込められている。

 生け捕りを忘れているのか、俺なら大丈夫だと思っているのか知らないけど……。


「巫山戯るな!」


 右腕を上に向かって突き出して、振り下ろされてきた大斧の刃を手の平で受け止めた。


「ラァッ! ぐぅがああ!」


 爪牙、プロテス、シェルの三重に守られた、強固な手の平を激しい爆発の衝撃が襲った。

 右腕に爆発と大斧本来の圧力が加わって、無理矢理に下に下げられる。

 筋肉が千切れる音が次々に聞こえてくる。

 だが、それがどうした。


「……ハァァァッ」


 痛みと熱をため息と一緒に吐き出した。

 大斧の刃は右肩に軽く食い込んだ所で止まっている。

 大斧を持って逃げられないように、右手の指に力を入れて、大斧の刃を掴むと、左腕を振り上げた。


「ぐっ……⁉︎」


 そして、大斧の柄を握っているタイタスの二本の前腕に爪を振り落とした。


「終わりだ。ドリャァ‼︎」

「ぐ、ぐがぁ、うがぁあああ~~!」


 左手の鋭い五本の爪が、タイタスの二本の前腕をバラバラに切断した。

 前腕の輪切りが地面に落ちていき、肘から下を失ったタイタスが、血飛沫を撒き散らしながら叫んでいる。

 

「うるせい!」

「ぐぅごおっ!」


 右手に掴んでいた大斧を投げ捨てると、タイタスの腹を右足で蹴り飛ばした。

 三メートル程蹴り飛ばされたタイタスは、肉塊に打つかると地面にズルズルと倒れ込んでいく。


「さっさとマイクに大人しくしろと命令しろ。出来なければ、今度は両足だ」

「うぐっ、ぐぅ、ハァ、ハァ、ぐぅっ……」


 いきなり首を切断せずに、一回だけ両足チャンスをあげるなんて、自分でも優しいと思ってしまった。

 でも、優しくしては駄目な相手もいる事を知らなかった。

 

「馬鹿が! 誰がお前の言う事を聞くか! マイク! アイツを殺せ!」


 タイタスは地面に座り込んだまま右腕を真っ直ぐに俺に向けて、後ろのマイクに殺せと命令した。


「あのクソ野郎! テメェーの斧で頭から薪割りしてやる!」


 急いで地面に捨てた大斧を拾うと、後ろに向かって数回飛び退いて、マイクから急いで距離を取った。

 とりあえず、まずは回復薬だ。飲まなきゃ戦えない。


 ♢


「クゥルルル、フシュー」


 肉塊から完全に姿を現した苔色の魔物は、身体の上半分が狼、下半分がトカゲのようだ。

 凶悪な狼の顔に付いている、黒い目玉の中に冷たい青色の光が見える。

 その両目の上に、前方に真っ直ぐに伸びる、長さ六十センチ程の太い黄色い二本角が生えている。

 前足には魚のヒレのような、硬そうな翼が付いている。

 三メートル以上ある長い鞭のような尻尾の先には無数の棘が生えている。


(思ったよりは小さいけど、武器多過ぎないか?)


 頭までの高さは約三メートルぐらい。

 尻尾を含めた全長は約八メートルぐらいはありそうだ。

 とりあえず大きさは問題ない。

 問題は角、牙、前足の刃のような翼、棘付き尻尾と明らかに攻撃手段が多彩だ。

 どれを警戒していいのか分からない。


 ♢

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