第59話 風魔法と爆裂魔法と補助魔法

 出来るだけタイタスから目の離さないようにして、マイクを見た。


「うがぁああ、あああっ、があああぁつっ‼︎」


 マイクは地面に倒れたまま、両手で首を掻き毟って、のたうち回り、悲痛な叫び声を上げている。

 首から頭に紫色の太い血管が浮かび上がり、腹の肉が膨れ上がり、それが全身に広がっていく。

 今は肉の塊として、どんどん大きく成長している。

 自分以外の人間に薬を使われたのは初めて見たけど、あまり見たくない光景だ。


(人間に戻れる方法はある。殺さずに生け捕りにすれば、騎士団に保管されている薬で元に戻せるかもしれない)


 特別薬とか言っていたから、俺が飲まされた薬とは違うかもしれないけど可能性はゼロじゃない。

 まずはタイタスを倒して、次にマイクを半殺しにして拘束する。


「な、な、何なんですか、あれは⁉︎ 一体、マイクに何をしたんですか⁉︎」

「ん?」


 腰を抜かして地面に座り込んでいる眼鏡が、巨大な肉の塊に変化するマイクを見て驚いている。

 流石は下っ端だ。本当に何が起こっているのか分からないらしい。

 きっと魔物の素材を売っているだけで、奴らが魔物にする薬を作っている事は知らないんだ。


(まったく面倒くさいな)


 このままだと、魔物化したマイクに殺されてしまう。

 タイタスと肉の塊から一旦距離を取ると、レーガンと眼鏡の近くに行って警告した。


「死にたくないなら、二人とも急いで騎士団に逃げろ。すぐにマイクが魔物になって襲って来るぞ」


 樹木の間隔は三メートル以上あり、草が茂った地面は少し柔らかい。

 今まで薬を使われた動物の大きさから考えると、十分に動ける広さはあると思う。

 二人が全力で走っても追い付かれる可能性しかないけど、俺が時間稼ぎすれば問題ない。

 それに二人を守りながら戦うのは絶対に無理だ。


「はぁっ? 本当かよ? ルディ、何でそんなこと知ってんだよ!」

「いいから、さっさと逃げろ! 殺されるぞ!」

「ひぃぃ! 私は無関係ですよ!」

「お、おい、ローワン⁉︎」


 流石は眼鏡だ。レーガンと違って、一目散に逃げ出した。


「レーガンも邪魔だから早く逃げて。ついでにローワンも捕まえて。あいつには色々と聞きたい事があるから」

「……邪魔か。分かったよ。マイクは助かるんだよな?」


 邪魔だと言われて、レーガンは悔しそうに顔を歪めた。

 だけど、実力不足なのは分かっているらしい。

 

「約束は出来ないけど、助かる可能性はあるよ。ほら、早く行って」

「分かってるよ。お前にも聞きたい事があるんだから絶対に死ぬんじゃねぇぞ」

「ああ、約束するよ」


 やっとレーガンも逃げてくれた。とりあえず、まだ死ぬ予定はない。

 それに今日が人生最後の日だとしても、特にやりたい事も思い付かない。

 生きて帰っても、誰とも結婚しないし、告白もしない。

 ただ普通の日常に戻るだけだ。うん、つまらない人生だな。


「随分と余裕だな。俺なら仲間を逃す前に、この肉塊を攻撃する」

「それはこっちの台詞だよ。二人を追いかけなくてもいいの? 始末できなくなるよ」

「それはマイクの仕事だ。それに俺とマイクの二人掛かりで、お前をやるのは卑怯だろう?」


 レーガン達が逃げるのを、黙って待っていたタイタスが話しかけてきた。

 まだ予定通りに、魔物になったマイクに二人を追わせて、俺と一対一で戦うつもりみたいだ。

 残念だけど、さっきの一撃で実力はだいたい分かってしまった。


(はぁ……タイタスを倒して、マイクを拘束しても、手に入るのは安全な日常だけか)


 あまりやる気の起きない報酬だけど、失敗した時の結果を考えれば文句は言えない。

 退屈な日常で人生でも、今日で終わらせるつもりはない。


「悪いけど、殺すつもりでやらないと簡単に終わるよ」

「ほぉ……それは楽しみだ。やれるものならやってみろ」

「〝プロテス物理防御上昇〟〝シェル魔法障壁展開〟」


 タイタスに向かって真っ直ぐに歩きながら、覚えたての白魔法二つを唱えた。

 黄色い光と青色の光が身体を包み込んでいく。

 プロテスは身体をより頑丈にして、シェルは身体を魔法の鎧で包み込んで守ってくれる。

 二つの魔法を重ね掛けした時の俺の頑丈さは、さっきの『四倍』だ


 そりゃーあれだけ、毎日、殴られ刺されたら、攻撃魔法よりも防御魔法を覚えたくなる。

 お陰でだいぶん殴られて刺されても、平気な身体になってしまった。


「その光は補助魔法か。臆病者は攻撃魔法よりも補助魔法を覚えるそうだ。本当は怖くて逃げ出したいんじゃないのか? 足が震えているぞ」

「老眼なんじゃない?」


 大斧を両手で構えて話してくるタイタスには適当に返事をして、マイクを見た。

 肉の塊は高さ百七十センチ、長さ六メートル程で成長が止まっている。

 現れる魔物の身体の大きさはだいたい予想できるけど、どんな魔物なのかは予想できない。

 薬を飲んでから魔物化するまでの時間が三分ぐらいなので、残り一分もせずに出て来るかもしれない。


 だったら、やる事は決まっている。

 タイタスを出来るだけ早く戦闘不能にするだけだ。


「最後のチャンスだ。怪我したくないなら、武器を捨てろ。そしたら、優しく気絶させてやる」


 タイタスから五メートル程離れた所で立ち止まると、両手の爪を最大まで伸ばしていく。

 そして、大斧を水平に構えたタイタスに向かって、最後の警告をした。

 対人戦の殺し合いは二メートル超えの大熊やトカゲ人間と馬鹿みたいにやってきた。

 ハッキリ言えば、殺さないように手加減できない。


「ハッ! この臆病者が! 〝爆裂粉砕斧ばくれつふんさいふ〟」


 残念ながら、警告するだけ無駄だった。

 タイタスは大斧の先端を右側水平に構えていた。

 その大斧を振りかぶりながら接近すると、俺の左足を狙って、右から左斜め下に振り落としてきた。


「チッ!」


 素早く後ろに大きく飛んで、大斧の一撃を回避する。

 大斧の刃が俺が立っていた地面に突き刺さると、爆発を起こして大量の土砂が左に飛んでいく。

 爆発する範囲は斧の刃を中心に、左右に四十五度ずつしかなさそうだ。

 地面の左側と下側は抉れているのに、右側は地面は無傷だ。


 それに抉れている地面の深さは五十センチ程度しかない。

 あの程度の威力なら、直撃でも三撃ぐらいは耐え切れそうだ。


「俺はお前と違って優しい人間じゃない。悪いが両足と片手ぐらいは潰させてもらう」


 縦七十センチ、横五十センチはある、肉厚の大斧を右手だけで軽々と振り回して言ってきた。

 見かけ通りの力自慢で、ついでにそこそこ素早いみたいだ。

 流石に6級冒険者だから、俺よりも実戦経験は豊富なようだ。

 負けないという絶対の自信があるようだ。


 まぁ、それは俺も同じだ。

 猫がどんなに頑張って強くなっても、虎にはなれない。

 絶対的な身体能力の差があれば、経験の差はある程度無視できる。

 

「こっちはキールと戦うつもりで準備したんだ。あんたじゃ物足りないね!」


 時間もないので、さっさと終わらせる。

 タイタスに向かって真っ直ぐに突撃した。


「馬鹿が。お前程度が相手になるか。ハァッ、オラッ‼︎」


 大斧の柄をしっかりと両手で握り締めて、タイタスは右から左に、左上から右下に連続で振り回した。

 大斧の刃が届く距離じゃない。でも、回転する風の刃は届く距離だ。


(どっちだ⁉︎)


 ただ斧を振るっただけの可能性もあるけど、考えるよりも身体を動かすしかない。

 結局、受け止めるか、避けるしか方法はない。

 

「ウオオォォォ!」


 選んだのは両腕と両爪で風の刃を受け止めて、突撃続行だった。

 その選択の結果、両爪に風の刃が水平に襲い掛かってきた。

 両手を前に押し出して、風の刃を力尽くで押し返そうとする。


「ぐっぐぐぐ、ぐぅっ⁉︎」


 何とか押し返せると思ったけど、急に風の刃に衝撃が加わって、更に重くなった。

 さっきよりも二倍ぐらい重くなったけど、このぐらいなら、まだ押し返せると思う。


「普通は受け止めずに回避を選ぶ。素人が調子に乗るからそうなる。〝旋風烈斬・嵐〟」


 強引に力で向かってくる俺を馬鹿にするようにタイタスは言った。

 そして、六メートル程の距離から大斧をデタラメに振り回し始めた。


「オラッオラッオラッオラッ!」

「ぐっぐぐぐぐ……!」


 全然風の刃が消えない。それどころか、どんどん重くなっていく。

 その場に拘束されて、一歩も動けない。

 おそらく旋風烈斬に旋風烈斬が次々に重ねられている。


「ぐがぁっ! ぐぅああああ!」


 何とか両腕で上半身への攻撃を押さえているけど、隙を突かれて、足を狙って風の刃が放たれる。

 両足の太腿や脛が風の刃に切り刻まれていき、熱さと痛みが広がっていく。


(お、お父さん、お前なら大丈夫じゃなかったんですか? とても大丈夫には思えません)

 

 とりあえず、お父さんには早く助けに来いとか、自信を持たせる為の優しい嘘は要らないとか言いたい。

 でも、プロテスとシェルを使っていなかったら、とっくに両足は切断していると思う。


「くぅぅぅ、地味に痛いんだよ!」


 左足だけで何とか踏ん張って、右足を持ち上げると、脛を襲う不可視の風の刃に右足を叩き付けた。


「この野朗がぁー‼︎」


 足の裏に空気の板を踏み付け、へし折り、破壊した感触が伝わる。

 見えないけど、確かにそこに存在する何かがある。

 だけど、終わりじゃない。次から次に飛んで来て、前に進めない。

 このままだと身体中を少しずつ切り刻まれるだけだ。


(受け止められないなら、避けるか壊すしかない!)


 両足の力を抜いて、その場で軽く飛んで、前進する風の刃に身体を任せた。


「ふぅ、ぐっぐぐ~~、くっ!」


 後ろに向かって、風の刃に乗って飛ばされて行く。

 タイタスから十メートル、約四メートル程飛ばされて、地面に着地した。

 一旦距離を置かないと、どうする事も出来ない。


「痛っ……流石に少しは切れるか」


 両爪は無傷だけど、二の腕や肘、両足の太腿や脛は傷だらけになっている。

 どれも一センチ程度の深い傷じゃないけど、痛いのは痛い。


 ♢

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