第41話 新しい従魔と古い従魔

「念の為に服と靴は脱いでいた方がいいかも」


 エイミーの姿が見えなくなったので、服と靴を脱いで、アイテムポーチに仕舞った。

 愛用の水玉トランクスだけで凄い開放感だ。


「これでいつでも飛び込める」


 水中戦は得意分野だ。お魚咥えた猫が襲い掛かって来ても問題ない。

 水掻き猫は水中呼吸できないので、呼吸する為に水面に顔を出さないといけない。

 長期戦でバテバテになったところを捕獲して、エイミーにプレゼントしよう。


 お腹が一杯になった猫は日向ぼっこして寝ているそうだ。

 樹木で日陰になっている森の中には居ないと思う。

 まずは島の外周を回って探して見る事にした。


(そういえば、赤髪も盾を使うんだった。盾役二人もいるかな?)


 島を歩きながら、8級クエストを四人でやる時の役割分担を考えてみた。

 俺と赤髪が先頭で戦って、エイミーが弓を持った眼鏡を守る、そんな感じかな。


「いや、それだとエイミーと眼鏡が仲良くなるかも。それは絶対に阻止しないと」


 俺の女に手を出すな! とまでは言わないけど、知っている女性冒険者はエイミーぐらいしかいない。

 一人しかいない女の子の知り合いが取られたら、楽しみがなくなってしまう。


「女の子の知り合いを早く作らないと」


 結論は出たけど、その方法が分からない。

 近場や顔見知りを思い出しても、理髪店のお姉さんと助けた屋敷の少女ぐらいだ。

 名前を知っている二人の受付女性からは、目の敵にされているから、相手にもされない。


「うん、やっぱりチャンスがあるのはエイミーだけだ」


 つまりはそういう事だ。

 俺が今のところ付き合えるチャンスがある女の子は一人しかいなかった。

 まずは近場の女の子で頑張って、女の子の扱い方の練習だな。


 やる気が出たところで、念入りに匂いと黒猫の姿を探していく。

 お昼は過ぎたから、多分、この時間は人間で考えると昼寝の時間だ。


(あっ、あれかも……)


 湖沿いの森の涼しそうな日陰の中に、三匹の黒猫が気持ち良さそうに寝転んでいる。

 微笑ましい光景だけど、ウサギの家族で慣れている。

 容赦なく倒す事が出来る。


(くっふふふ。猫だけにネコろんでいる)

 

 エイミーが隣にいたら笑わせてあげられたのに残念だ。

 とりあえず一匹だけ捕獲して、他は倒そう。

 

「フゥッ!」


 右腕の爪だけを伸ばすして、寝転んでいる三匹に真っ直ぐに走っていく。

 爪で二匹を瞬殺して、残り一匹は左手で優しく捕獲する。

 お父さんと契約した事で、前よりも格段に動きが速くなっている。

 湖に飛び込む時間も与えずに、圧倒な力の差で終わらさせそうだ。


「シャッ!」

「ニャ? ニャン⁉︎」


 気配に気づいて黒猫がクビを回した時には、もう爪を地面スレスレに振り上げていた。

 黒猫の身体を軽々と輪切りにした。黒猫は何が起こったのか分からずに倒された。

 そのまま走る勢いを落とさずに、近くの一匹を蹴り飛ばす。


「セィッ!」

「ニャグゥゥ!」


 強靭な左足で蹴り飛ばされた黒猫は、細い樹木に直撃して、バラバラになった。

 最後の一匹は生け捕りだ。逃げ出そうと走り出した瞬間には背中を右足で踏ん付けた。


「ニャーニャーニャー‼︎」

「お前は生け捕りだ」


 予定とは違う倒し方と捕まえ方だったけど、結果は同じだ。

 足で踏んでいる黒猫が暴れているけど、首根っこを掴んで持ち上げた。

 相手は9級の魔物なので、このぐらいは余裕で出来る。


 それにお父さんと従魔契約できたという事は、人間に戻れていないという証拠だ。

 人間を魔物にする薬を飲まされて、動物を魔物にする薬を飲まされた。

 人間から魔物に、魔物から更に魔物に近づいてしまった。

 

「もう一回飲めば完全に魔物になれるかも」


 ま、強さと引き換えに魔物になるつもりはない。

 倒した黒猫が落とした、碧色に輝く巻き貝を二個拾ってアイテムポーチに入れた。


「さてと、早く合流するぞ」


 契約された後だと、右手の黒猫を生け捕りにしたのが無意味になってしまう。

 森の中を突っ切るよりも、このまま外周を回って行こう。

 黒猫を見つけて倒していけば、クエストの貝殻集めは達成できる。

 どっちにしても確実に褒められるという訳だ。


「ハァッ!」

「ニャーニャー⁉︎」


 腰に袋詰めにした黒猫を結び付けて、日向ぼっこ中の仲間の黒猫達を切り倒していく。

 十匹倒したらクエスト達成なので、あとは見逃すつもりだ。

 猫だけにネコそぎ倒すつもりはない。


「くっふふふ。面白い。エイミーと二人で回れば良かったよ」


 今日は色々と絶好調みたいだ。爪も笑いも切れ味が違う。

 あっという間に十匹倒してしまった。

 あとはこのまま島を一周するつもりで走っていく。

 これならエイミーが途中で森の中に入っても、匂いを辿って見つける事が出来る。


「あっ、エイミーだ……」


 どうやら、その必要はなかったみたいだ。

 こっちに向かって歩いて来ている。


「くっ、手遅れだったみたいだ」


 そして、右手に持っている鉄籠(てつかご)の中に黒猫が見えてしまった。

 これで生け捕りにしていた黒猫は必要なくなってしまった。


「チャロ。ほらほら、クッキーあげたら、捕まえられたよ」

「そうなんだ。こっちも貝殻十個集めて、一匹生け捕りにしたよ」


 満面の笑みでエイミーが報告してきたので、俺の方も報告した。

 すると、エイミーの顔が曇ってしまった。


「へぇー、チャロはあんなに速いのを十匹も倒したんだ。私は待ち伏せしてやっと捕まえられたのに」

「違う違う⁉︎ あっち側には沢山いただけだよ! 五十匹ぐらいいて、しかも昼寝してたから倒し放題だったよ!」


 必死に黒猫を追いかけ回しているエイミーの姿が一瞬で浮かんでしまった。

 可愛い猫に逃げられる少女の姿は、あまりにも可哀想すぎる。

 本当は二十匹ぐらいしか見えなかったけど、ここは本当の事を言わないのが優しさだ。


「なんだぁ~、そうだったんだね。だったら、私があっち側に行けば良かったよ」

「そうそう。今日はたまたま運が悪かっただけだよ」

「じゃあ今日のクエストは終了だね。チャロ、全速前進で街に戻ってね」

「うん、任せておいて」


 ほっ。落ち込みやすい飼い主だと慰めるのも大変だよ。

 機嫌が直ったエイミーが回れ右して、船を置いている砂浜に戻っていく。


 あとは街に戻って、明日は一角兎とトゲトゲ拾いだ。

 また大量にトゲトゲを集めれば、8級に早く昇級できるかもしれない。


 ♢


「おめでとうございます。8級昇級です」

「本当ですか?」

「はい、本当ですよ」

「良かったね、エイミー。家に帰ってお祝いしないと」

「うん! チャロのお陰だよ!」


 冒険者ギルドのクエスト達成カウンターの受付女性が、8級と書かれた冒険者カードを手渡してきた。

 予定通りに一角兎を従魔にして、トゲトゲを大量に集めてきた。


 しかも、星の見える山頂のダンジョンで一泊してきた。

 何もなかったけど、女の子と朝まで一緒に過ごしたのは事実だ。

 これで村に帰った時に自慢する事が出来る。


「あっ、すみません。そちらのチャロさんとは、ちょっとあちらの部屋でお話をしないといけません。時間がかかると思いますので、飼い主のエイミーさんは先に帰っていいですよ」


 ま、分かっていた事だ。

 帰ろうとしたら、長い金髪を馬の尻尾にした受付女性に俺だけ呼び止められた。

 そして、笑顔でカウンター右奥の説教部屋を親指を立てて指し示している。


(何でだよ? 肉は紙に包んだ。トゲトゲは百個ごとに袋詰めしたよ)


 確か名前はミシェルだ。もう一人の受付女性リディアが言っていた。

 俺の従魔カードも渡したのに、まだ返してもらっていないから間違いない。

 理由は分からないけど、エイミーと一緒に帰るのは無理そうだ。


 あと、ついでに鉄籠の一角兎とも……。


「あっ、だったら、私も残ります。チャロは従魔で私がいないと街を歩かせられないので」

「それなら問題ないですよ。腕利きの冒険者達で取り囲んで、お家まで連れて行きますから」

「そ、そうですか。よろしくお願いします。チャロ、元気でね……」

「えっ? ちょっと⁉︎」


 エイミーは諦めるのが早すぎるし、手を振って元気でね、はペットを捨てる飼い主の台詞だ。

 新しい従魔が三匹になったからって、可愛くない古いのを簡単に捨てないでほしい。


「さあ、チャロちゃん。早く終われば、早く帰れるわよ」

「あっ、はい……」


 カウンター横の扉を開けて、ミシェルが冷たい笑み浮かべて手招きしている。

 呼び出される原因には心当たりがないけど、日頃の不満を打つけたいだけかもしれない。

 悪い事はしてないから、反抗せずに大人しく従っておこう。


 前のようにカウンター横の扉から中に入り、説教部屋に入って、椅子に座るように言われた。

 大人しく座ると、渡した従魔カード9級の角で頭を叩かれ始めた。


「あんた人間でしょうが! 人間辞めて、ペットになったの! それとも男は皆んな、女の前では野獣になるとか言わないでしょうね!」

「あぅ、あぅ、あぅ、嘘じゃないですよ! 鑑定水晶で調べてください。従魔契約してますから!」


 怒っているミシェルが何を言っているのか分からない。

 でも、今回は何も注意される事はしていない。

 我慢して文句を言われるつもりはない。


 ♢

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る