第40話 岩齧り栗鼠と水掻き猫
「うん、終わりと」
エイミーの倒し方は意外と容赦がない。
クッキーに寄って来た岩リスを素早く捕まえて、壁に投げ付けて、盾で押し潰した。
盾を持ち上げて、煙になって消えた岩リスの素材(丸い石ころ)を喜んで拾い上げている。
「ご苦労様。十個集まったね」
「キューキュー!」
「うん、これで終わりだから街に帰ろう」
白い袋の中で暴れている従魔の岩リスは無視する。
無理矢理に強制契約すると、懐くのに最低二、三ヶ月は必要だと言っていた。
懐いていない従魔の放し飼いは危険で、ほとんど逃げ出すそうだ。
危険な従魔に街中に逃げられたら、大変な迷惑をかけてしまう。
だからこそ、その間の世話を俺がするように言われた。
その辺の石ころを食べさせればいいと言われたけど、それぐらいなら、熊とトカゲでも出来る。
ネズミは嫌いだし、面倒だから、二匹に任せよう。
これから忙しくなるので、ネズミの世話をする時間はない。
5級冒険者のお父さんの従魔になった事で、5級クエストも出来るようになった。
薬の男トールは強いので、お父さんと一緒に5級クエストで鍛えた方が効果的だ。
赤髪と眼鏡には悪いけど、8級クエストはしばらく待ってもらわないといけない。
10級、8級、5級と三階級を動き回るのは非常に疲れる。
8級クエストは、エイミーを8級に昇級させた後の方が都合が良い。
「ねぇ、チャロ。何でクエスト五つしか達成してないのに8級になれたの? 絶対におかしいよ。屋敷のお金持ちに頼んで、裏で昇級させているんじゃないの?」
「えっ?」
前を歩くエイミーが突然、振り返って聞いてきた。
エイミーの達成クエストの数は十回を超えている。
人間不信になっているみたいだけど、そんな不正行為は頼んでない。
もしかしたら、誰かが勝手にやっている可能性もあるかもしれないけど。
「多分だけど、大量に買取り素材を持って行くのが迷惑だったのかも。この間も大量に皮を取り過ぎて、罰金を払わされちゃったし」
「ふーん、そうなんだ。確かに岩リスの丸石も十個でクエスト達成だもんね。そういえば、最初に会った時も、スライムの核を必要以上に持ってたね」
「うん、そうそう! 俺って、ついつい取り過ぎちゃうんだよ。あっはははは!」
別に悪い事はしてないけど、このまま、お馬鹿な困ったちゃんとして許してほしい。
「そうかな? 私は別に取り過ぎちゃってもいいと思うよ。頑張っている証拠だと思う。チャロはきっと頑張り過ぎなんだよ。もっと気楽にやってもいいよ」
「エイミー……ううん、俺よりもエイミーの方が頑張っているよ! 俺もエイミーの魔物動物園が完成するように応援するよ! 一緒に頑張ろう!」
優しいエイミーの言葉にちょっとだけ泣きそうになった。
こうなったら、エイミーの夢である魔物動物園を作るお手伝いをしよう。
入園料だけで、毎日お金が入るという夢のような話だけど、今日がその最初の一匹目だ。
「ふぇ? ねぇ、どうしてチャロが私がやりたいと思っている事を知っているの? お母さんにも話してないのに……」
「ああ、それは……ハッ!」
普通に答えようとしてしまった。
でも、答えられない方法で知ってしまったから言える訳がない。
部屋に忍び込んで、日記帳を盗み見たなんて言える訳がない。
(本当の事は言えない。誤魔化さないと!)
嫌われている原因が知りたくて、お風呂に入っている時に部屋に入って、日記帳を調べた。
その時は嫌われている原因は分からなかったけど、好きなお菓子と夢は分かった。
帰りに飴玉を買わないといけない。
「その、言いにくいんだけど、寝言だよ。犬の時に一緒の部屋に寝てたでしょう?」
「うん、一日だけ寝てたね」
「その時にエイミーが『これで魔物動物園が作れる』って言ったんだよ」
「えっ! 私って、寝言とか喋るの⁉︎」
ちょっと苦しいけど、いま考えられる手はこれしかないと思う。
エイミーは両手で口を隠して驚いている。
耳までじわじわと赤くなっていく。
エイミーには悪いけど、このまま寝言を言う恥ずかしい女の子になってもらいたい。
「う、うん。多分、嬉しかったからだと思う。ごめんね、人間になっちゃって」
「あっ、それはいいよ。人間に戻れて良かったね。でも、寝言かぁ~?」
恥ずかしさが少し収まったようだ。
ちょっと冷静になって考えようとしている。
でも、ごめん。俺の為に寝言を言う恥ずかしい女の子になってほしい。
「うん、あと『飴玉食べたいぁ~』とか言ってだけど、エイミーは飴玉好きなの?」
「えっ! そんな事も言ってたの! うぅぅ~~、恥ずかしい!」
「飴玉好きなら、今日のお祝いに飴玉買いに行くよ?」
恥ずかしがっているエイミーが可愛いので、更に恥ずかしいを追加する。
最近は野朗冒険者達と一緒だったから、やっぱり女の子との二人っきりは楽しい。
8級クエストもエイミーと二人っきりでいいかもしれない。
戦力は低下するけど、少なくとも、俺のやる気は凄くアップする。
「いいよぉ~、買わなくて! たくさん持っているから」
「あっ、本当だね」
エイミーが慌てて、エプロンポケットから透明な袋に入った飴玉を取り出した。
赤、青、緑、黄色……と一袋に二十個のカラフルな飴玉が入っている。
「別に凄く飴玉が好きとかじゃないんだよ。移動時間の時に暇潰しに舐めているだけなんだから」
「確かに一人でクエストする時は暇だよね」
言われてみたら、長時間のダンジョン探索でも魔物が見つからない時は暇だ。
流石にダンジョンでは魔物を警戒しているから、飴玉を舐める余裕はないけど。
「うん、そういう事。今日は必要なかったけど」
「そうなんだ。ま、流石に毎日同じだと飽きるもんね。たまには違う物を食べないと。何か他に好きな食べ物はないの?」
「そんなの無いよ。もぉー、チャロはうるさいなぁー」
「えっ、いきなり⁉︎」
好きな食べ物を聞いたら、何故だか不機嫌になってしまった。
体重を聞いた訳じゃないんだから、それぐらい教えてくれてもいいのに。
「えっーと、俺が好きなのは干し芋だよ。甘い芋を蒸して乾燥させた食べ物で——」
「そんなの興味ないし」
「えっーー!」
前を歩くエイミーの背中に話しかけるのに、ほぼ完全無視だ。
もう後ろから匂いを嗅いで楽しんでやる。
♢
「チャロ。水掻き猫と一角兎を従魔にしたら、パパッと昇級しようね」
「うん、一角兎の方は任せてよ! 見つけ方は知っているから」
船を漕ぎながら、可愛らしい笑顔のエイミーに答えた。
昨日に続いて、今日もエイミーとクエストだ。
でも、昨日と違う点がある。エイミーが9級に昇級した。
受付女性は『従魔と契約できたから昇級できた』と言っていたけど、最初の従魔チャロを忘れている。
きっと昇級できたのは、エイミーの日頃の努力だと思う。
もしくは未確認の犬魔物よりも、一般的に知られている岩リスの方が効果が大きかったかだ。
(まさか、ネズミの存在感に負けたのか?)
そうは思いたくはないけど、その可能性もありそうだ。
「あっはは、そうだよね……チャロはもうとっくの昔に倒したよね」
「ハッ!」
ネズミに負けたのかと顔を少し曇らせていると、それ以上にエイミーが遠い目をし始めた。
船酔いした時は、遠くを見た方がいいとお母さんが言っていたけど、多分、絶対に違う。
(ヤバイ! またエイミーが劣等感を感じている! 早く猫をボコらせないと!)
気持ちだけ船を漕ぐ早さを上げた。
目的地は湖をかなり南に進んだ場所にある小島だ。
そこに泳ぎが得意な、体長四十センチ程の水掻きを持った黒猫がいるそうだ。
一角兎は山の山頂にいて遠いので、まずは近場の水掻き猫を従魔にする事になった。
黒猫を従魔にすれば、エイミーの機嫌が良くなると思いたい。
「はぁ、はぁ、はぁっ……着いたぁー!」
二回目の船という事で、ちょっとは速くなったみたいだ。
目的地の小島に到達した。
半円形の平たい部分の真ん中を抉ったような島で『三日月島』と呼ばれている。
「ほら、チャロ。急いで急いで。今日中に帰れないでしょう」
「うぅっ~~」
エイミーは樹木が生い茂る小島の砂浜に元気に上陸した。
そっちは座っていたから平気だけど、こっちは何時間も漕ぎ続けて疲れたよ。
もう泊まりでいいと思う。
浜辺で星でも数えながら、二人で大人になってもいいと思う。
「はぁ……全然小島じゃないし」
船が流されないように、砂浜まで引っ張り上げた。
ロープを結ぶような場所が見つからなかった。
三日月島は縦三キロ、横二キロ程はある。
狭いと言えば狭いけど、樹木が生えているので隠れられる場所は沢山ある。
湖まで含めると意外と見つけるのは難しそうだ。
「湖に逃げられると捕まえるのが難しいから、チャロは見つけたら倒さずに捕まえてね。私は左側を探すから、チャロは右側をお願い」
「うん、分かった。任せておいて!」
テキパキと指示するエイミーに素直に返事する。
俺は従魔だから、主人の言う事を聞かないといけない。
エイミーの作戦では、左右二手に分かれて、島の真ん中に水掻き猫を追い詰めるそうだ。
上手くいくかはやってみないと分からない。
とりあえずエイミーよりも先に捕まえて、役に立つ従魔(男)だと主張したい。
♢
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