第38話 無かった手掛かりと見つかった可能性

「お待たせしました。髪を切ったんですね」


 待合室の椅子に座って待っていると、サッパリした短い緑髪の兵士が扉を開けて入ってきた。

 右側一番下の扉の受付で話を聞いてもらっていたら、詳しい人を呼んで来ると言ってくれた。

 どうせ呼んで来てもらうならと、顔見知りで事情を知っている兵士を呼んで来てもらった。


 この緑髪の兵士には、エイミーの家で訊問された程の非常に親しい間柄だ。

 名前はさっき受付で初めて知ったばかりだけど、オースティンだ。


「はい、忠告に従ってみました。それよりもお仕事中にすみません。急に呼び出してしまって」

「構いません。ネイマール邸の事件と関係ある話ならば、聞く必要がありますから。それでどのような話ですか?」


 椅子から立ち上がって、とりあえず呼び出してしまった事を謝った。

 オースティンはそこは気にならないようだ。

 テーブル越しに対面の椅子に座って、早速用件を聞いてきた。


 全部話しても大丈夫だとは思うけど、出来れば、用心の為に不必要な話はしたくない。

 これ以上、狙われる可能性のある人間を増やしたくない。

 誘拐事件と屋敷の事件を結びつけるだけでいい。


「俺の友達のマイクという冒険者が誘拐されたんです。どうも俺と間違われて誘拐されたみたいなんです」

「間違われた? ……ああ、そういう事ですか。確かにあの時だけですが、あなたもマイクと名乗っていましたからね」


 オースティンは俺とマイクが間違えられた理由が分からなくて、少し考えている。

 そして、俺が屋敷でマイクという偽名を使ったのを思い出して納得してくれた。


「ええ、それで友達を誘拐した男が、フレデリックと会っていたのを思い出したんです。アイツに聞けば、男の居場所が分かるかと思ったんです」


 納得してくれたので、続きを話した。

 もちろん、どこで二人を見たのか聞かれたら少し困るけど、森の中と答えるつもりだ。


「なるほど。そういう事ですか。男の見た目は覚えていますか?」

「あっ、はい。もちろんです」


 報告書みたいな本を開いてオースティンが聞いてきた。

 白い肌、黒髪、煙草、花の匂いの香水、覚えているかぎりの薬の男の見た目や服装を教えていく。


「……なるほど。フレデリックの証言と一致していますね。そいつはトールと名乗ったそうです」

「トールですか? どこに住んでいるとか分かりますか?」


 それだけで、薬の男が何者なのか分かったようだ。

 オースティンは薬の男の名前を教えてくれた。

 とりあえず一歩前進した気がする。


「残念ながら、そこまでは分かっていません。現在、調査中です」

「そうですか……連絡を取る方法はないんですか?」

「残念ながら、そちらも調査中です」


 でも、これ以上は何も分からないそうだ。


 フレデリックの話では、狩猟が好きだった前の屋敷の主人に、怪しい男が会いに来たそうだ。

 その男は動物を魔物に変える薬を売りに来たけど、主人は断ったそうだ。

 その男は気が変わったらと言って、連絡先を書いた名刺を置いていったそうだ。

 フレデリックはその連絡先と手紙を何度もやり取りして、薬を受け取ったらしい。


 まあ、フレデリックが言っているだけで本当かどうかは分からない。

 その連絡先の住所を騎士団が調べた結果、存在しない町の住所だと分かったぐらいだ。

 フレデリックの嘘か、手紙の配達員に奴らの仲間がいるのか、それを調べているところらしい。


「一応、その薬はフレデリックの鞄から二個だけ見つかっています。一個はこの騎士団に保管して、もう一個は研究機関で調べてもらっている。研究員の話では結果が分かるのは、かなり先になるそうです」

「そうですか……」


 手掛かりを求めてやって来たけど、ここには無いという事しか分からなかった。


「力になれなくて申し訳ない」

「いえいえ! 色々分かって助かりました!」


 少し落ち込んでしまった所為で、オースティンが頭を下げて謝ってきた。

 元々は俺の所為だ。謝らないでほしい。

 そりゃー、街中で誘拐されるなよ、と文句は言いたいけど。

 誘拐される原因を作ったのは俺だ。流石に文句は言えない。


「それと余計なお節介かもしれないが、しばらくは気をつけた方がいいかもしれない。誘拐されたマイクが偽者だと分かっているなら。今度こそ、ルディ。君を狙いに来る」

「俺を⁉︎ で、でも、俺が探しているマイクだとは知らないみたいですよ」


 頭を上げて、オースティンが真剣な表情と声で言ってきた。

 

「それは誘拐されたマイク次第だ。誘拐されたマイクはネイマール邸にいた。そして、本物のマイクを見て知っている。その人物に似ている人物の名前を教えたら……」

「まさか、俺の名前をマイクが話すと言うんですか?」


 オースティンが何を言いたいのか、すぐに分かった。

 拷問されたマイクが、ルディが本物のマイクだと話すと言っている。

 その可能性は確かにある。

 むしろ、それが目的で連れ去った可能性もあるかもしれない。


「可能性の話だ。しばらくは単独行動は控えた方がいい。信用できて、ある程度の実力がある人と一緒にいる事だ」

「分かりました。そうします」


 その条件で心当たりがあるとしたら、エイミーのお父さんぐらいしかいない。

 でも、相手も俺を探しているのなら、これはチャンスかもしれない。


(俺が奴らを誘き寄せる餌になればいいんだ)


 手掛かりは見つからなかったけど、可能性は見つかった。

 オースティンにお礼を言うと、街に帰った。

 仲間達と急いで話をする必要がある。


 ♢


「俺が本物のマイクだという噂を流すんだよ。そしたら、誘拐犯が俺の所にやって来る!」

「なるほど。確かに有効な手ですね」


 酒場の椅子に座っている眼鏡がニヤリと笑って言った。

 どうやら、俺の作戦に協力してくれるみたいだ。


 街に戻ると、まずは路地裏に戻って、レーガンの匂いを探した。

 微妙な時は人に聞きながら探していく。

 そして、レーガンの匂いがする家を見つけて、昼寝していたレーガンを叩き起こした。

 今は酒場に集まって、三人でマイクの救出作戦を話している。


「おいおい、そんな危険な事はやめようぜ。そういう事は騎士団にやってもらえよ」

「何を言っているんですか! 仲間が連れ去られたんですよ! このまま黙っていられませんよ!」

「おい、落ち着けよ⁉︎ ローワン、俺も助けたい気持ちは同じだよ。助けたいけど、俺達じゃ無理だろ? 返り討ちに遭うだけだ」


 眼鏡とは対照的に赤髪は眠そうな目を擦って、面倒くさそうに言ってきた。

 その態度に眼鏡は熱くなってしまった。

 テーブルを叩いて立ち上がって、今にも赤髪に掴み掛かりそうな勢いだ。


「くっ、そうかもしれないですが……何もしないよりはマシですよ!」

「はぁ……ちょっとは冷静になろうぜ。勝手な事して、騎士団の調査を妨害してたらどうすんだよ。逆に助けるチャンスが無くなるかもしれないんだぜ」

「ですが、ルディの話では騎士団も手掛かりはなさそうです。やはり私達も何かした方がいいです」

「それが囮作戦か? やって来た誘拐犯にマイクを返してくださいとお願いするのか? そんなの無理だって分かっているだろう。俺達も誘拐されるだけだ」


 まるでいつもと正反対だ。興奮している眼鏡を赤髪が冷静に説得している。

 それに赤髪が言っているように、三対一で戦っても、結果は前回と同じだと思う。

 運が良ければ、マイクのいる場所に連れて行かれるけど、そこで終わりだ。


「それなら、俺が朝稽古を増やして、クエストを頑張るから大丈夫だよ」

「朝稽古って……おい、ルディ。お前は本物のマイクじゃないんだよな?」


 呆れたように頭を押さえて、レーガンが聞いてきた。

 馬鹿な二人を説得するのに、普段は使わない頭をフル回転させているみたいだ。


「うん、そうだけど。それがどうかしたの?」

「だったら、お前が頑張る必要ないだろう。俺達だって、マイクと一緒に行動したのは一ヶ月ちょっとなんだぜ。言いたくねぇけど、命を懸ける程の深い関係じゃねぇよ」

「うっ……」


 喜んで協力してくれると思っていたけど、そう思っていたのは俺だけみたいだ。

 レーガンにとって、マイクは絶対に助けたいと思うような仲間じゃなかった。


「フン! 別に臆病者の腰抜けを頼るつもりはないです! ルディ、私達だけでやりましょう。私も朝稽古とクエストを一緒にやります。それなら、多少は戦力アップします」

「ありがとう。レーガン……無理を言って、ゴメン。この話は忘れていいから」

「あっ、あぁ……」


 眼鏡はこれ以上、赤髪の姿を見たくないようだ。

 俺の腕を掴んで、酒場の外に行こうとする。

 俺はレーガンに頭を下げて謝ると、眼鏡と二人で酒場の外に出ていった。


 ♢


(レーガンには悪い事をしてしまったな)


 レーガンは両手で頭を押さえて、苦しそうに悩んでいた。

 命を懸けて手伝ってくれなんて、やっぱり無理なお願いだった。


「ハァ、ハァ、ハァッ……おい! ちょっと待てよ!」

「レーガン……どうしたの?」

「まだ説得するつもりですか? 無駄ですよ」


 酒場を出て、エイミーの家に向かって歩いていると、背後から走って来た赤髪に呼び止められた。

 立ち止まって振り返ると、二人で赤髪に聞いた。


「ハァ、ハァ、違う! クエストだけだ! クエストだけ手伝ってやるよ!」

「はい?」


 何を言っているのか分からなかった。

 

「囮作戦なんて知らねぇよ! ただクエストに付き合うだけだ。俺が出来るのはそこまでだからな!」

「ううん、それでもいいよ。ありがとう」

「フッ。やれやれ、素直じゃないですね」

「うるせい」


 ほとんど手伝ってくれているようなものだけど、本人はクエストだけだと割り切ったようだ。

 でも、これで頼もしい仲間が二人になった。

 あとは強くなって、やって来た薬の男トールを捕まえるだけだ。


 ♢

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