第22話 熊とトカゲの不審者撃退方法

「この場合はどうなるんだろうか?」


 カトリーナとナタリアの二人を護衛冒険者に任せて、フレデリックの所に戻った。

 そして、気絶しているフレデリックをお姫様抱っこして運んでいく。

 女性ならお姫様抱っこでいいと思うけど、小父さんは違うと思う。


「無難に王子様抱っこにしよう」


 どうでもいい事だけど、何事も気分は大切だ。気になってしまうと集中できない。

 フレデリックをしっかりと王子様抱っこして、街を目指して走っていく。

 街の兵士に渡す前に、フレデリックには色々と聞きたい事がある。

 その為に、まずはエイミーの家に帰る事にした。

 聞き出すには時間がかかるかもしれない。


 湖を右手に見ながら進んで行くと、湖が直角を描くように右に曲がっていく。

 ここまで来れば、街に入ったのと同じだ。

 樹木の代わりに、建物が立ち並び始めた。


「ゔうっ、ゔうっ⁉︎ ごふっ……!」


 口と手足を縛ったフレデリックが、また意識を取り戻した。

 なので、地面に立たせて、腹パンチで黙らせた。

 次は意識を取り戻しても、気絶した振りをしてくれるはずだ。

 人間の賢さを俺は信じている。


 ♢


(良かった。まだ寝てないようだ)


 エイミーの家が見えて来た。橙色の家の灯りが点いている。

 これなら寝ているところを叩き起こさなくていい。

 玄関扉の前に立つと、フレデリックを地面に下ろして、扉を軽く叩いた。


「すみません」


 しばらくすると、二階から人が下りてくる音が聞こえてきた。

 そして、扉越しにエイミーの声が聞こえた。


「はい、どちら様ですか?」

「チャロだ。開けてくれ」

「チャロ? ちょっと待ってください……」


 ちょっと待ったけど、扉はなかなか開かない。

 それどころか、扉から離れている気がする。

 なるほど。お父さんを呼んで来るのかな。


「グオオオ!」

「えっ?」


 突然の雄叫びに玄関ではなく、庭の左側を振り向いた。

 そこに居たのは、お父さんじゃなくて、巨大熊のベアーズだった。

 しかも、明らかに攻撃する勢いで向かって来た。


「グオオオ!」

「ちょっと待て! 俺——」


 急いで半裸の不審者じゃないと言おうとした。

 でも、言っている間に、振り払われた左手の鉤爪に肉が抉られる。

 全力で後方に飛んで、左腕を回避した。


「ガアッ!」

「くっ……!」


 ベアーズが振るった豪快な左腕の一撃が、目の前の空を切った。

 直撃したら、八メートルから十二メートルは殴り飛ばされていた。


「はぁ、はぁ、殺すつもりか⁉︎」


 半裸の不審者だから殺すのか、俺の中にチャロの気配が残っていて、ムカつくから殺すのか。

 とりあえず理由は分からないけど、殺意は伝わりました。


「グマグマ、グゥーマ!」


 ベアーズは首を回して、右腕を回している。

 その仕草はまるで、戦闘前の準備運動だ。


「これだと、お隣さんは迂闊に採れたて野菜も渡せないよ」

「ガアアアアッッ‼︎ ガアッ!」


 雄叫びを上げてからの四足歩行による突進。

 デカイ図体が飛び跳ねるように向かって来る。

 パワー比べは自信がない。

 正面から打つかり合ったら、弾き飛ばされて負けると思う。

 この危機的状況を回避する方法は一つだ。


「よし、家の中に逃げよう」


 ベアーズと反対方向に走り出した。

 巨大熊が玄関を守っているから、まずは家を一周する。

 そしたら、安全に玄関に戻れるし、ベアーズが追って来なければ、窓を破壊して入れる。

 完璧な方法だ。


 ♢


「あっ……」


 玄関の反対側に回ったけど、完璧ではなかったみたいだ。

 目の前に三つ叉の槍を右手に持って、地面に立てているトカゲ人間のリックが見える。

 左手で煙草を持って、口に咥えている。


「フゥシュッッッ……」

「グマグマ」

「くっ! 街に逃げて、朝に来ればよかった!」


 トカゲ人間が口から煙を吐き出して、煙草を芝生の上に投げ捨た。

 追いかけて来たベアーズが二本足で立って、後ろへの逃げ道を塞いでいる。

 湖側にトカゲ人間、街側に巨大熊が立っている。

 

(横に走って逃げて、お隣さんの家に行こうかな?)

 

 左手側はエイミーの家があるから逃げられないけど、右手側にはお隣さんが見える。

 屋根が青色の家で周囲を樹木の壁で囲んでいる。

 あっちの家の方が絶対に安全だと思う。


 でも、まずは三つ叉の槍を躱す方が先だ。

 リックが槍の穂先を横にして、胸を狙って突き出してきた。


「シュアッ!」

「っ……!」


 右腕から突き出された高速の槍を横に飛んで回避する。

 避けなければ、心臓も肺も突き刺されていた。

 だけど、まだ安心できない。

 リックが追撃の槍を連続で突き出してきた。


「グゥル、ガァル!」

「くっ、うっ!」


 リックは二連続で胸に向かって、素早く槍を突き出す。

 それを後ろに低く素早く飛んで回避する。

 すると、今度は超接近して来て、槍を水平に振り回してきた。


「グゥル!」

「うわぁっ!」


 左脇を強打する槍柄の攻撃を、地面に急いでしゃがみ込みで緊急回避する。


(避けるだけじゃ駄目だ!)


 目の前にリックのガラ空きの胴体が見えた瞬間、右拳は動いていた。


「ハァッ‼︎」


 吸い込まれるように腹のど真ん中に拳は向かっていく。

 そして、右拳の前に現れた硬い金属の槍柄によって、受け止められた。


「ぐっ!」

「フッ」


 リックは右腕だけで槍を突き出し、振り回していた。

 でも、今は両手で槍柄をしっかりと握っている。

 俺の渾身の一撃を止めて、リックは軽く笑ったように見えた。

 だけど、それがどうした。


「まだだ!」

「ガァル?」


 握り締めていた右拳を開いて、槍柄を掴むと、更に左手で掴んだ。

 槍を奪って、湖に投げ捨ててやる。


「オリャー!」


 槍を引っ張って、力尽くで奪おうとした瞬間、リックが声を上げて突進してきた。


「グフッ。ゴォルル、ラアアー!」

「うわぁ、わぁ、わぁ!」


 足が滑って、後ろに倒れそうになるけど、後ろ歩きでなんとか持ち堪える。

 でも、その努力も無駄だったかもしれない。


「ゴォルラァー‼︎」

「ふわぁ⁉︎」


 リックは槍柄をしっかりと握ったまま、俺の頭を勢いよく飛び越えた。

 リックの姿が見えなくなると、俺の身体が一回転する。

 視界が空から地面にぐるりと急速に変わっていく。


「ぐぅはぁっ!」


 槍を奪おうとして、何故だか、地面に腹と顔面を叩き付けられた。

 理由は分からないけど、槍を奪うのに失敗したのは分かる。


「グマグマ!」

「がはぁっ‼︎」


 まだ立ち直っても、起き上がってもいないのに、背中に強い衝撃が走った。

 背中の上にフサフサする温かい感触が乗っている。

 首は回せないけど、誰に何をされているのか分かる。

 ベアーズが背中に座って、前足で俺の両手を押さえている。


(ヤバイ! ビクともしない!)


 なんとか退かそうとしたけど、ベアーズの身体はまったく動かない。

 仕方ない。力で動かせないなら、言葉で動かすしかない。


「ベアーズ! 俺だよ、チャロだよ。チャロなんだよ!」

「グマ!」

「あぐっ!」


 挑戦したけど、駄目だった。

 黙れといった感じに頭を叩かれた。


「ガァルルル」

「うっぐぐぐっ……」


 頭の上に足を乗せられて、グリグリと地面に顔を擦り付けられている。

 ベアーズは背中に乗っているから、犯人はリックだ。

 二匹に痛めつけられた後、どうなるのか分からない。

 変質者として、街の兵士に突き出してくれれば助かるけど、食い殺されるかもしれない。


「ガァル」「グマ」「ガァル」「グマ」

「あぐっ、うぐっ」


 二匹が交互に頭を足と手で軽く叩いてくる。

 そこまで痛くないけど、完全に遊ばれているのは分かる。


 ♢


「ベアーズ、リック、もう叩いたら駄目だよ」


 庭草を無理矢理に食べさせられていると、エイミーの声が聞こえてきた。

 ちょっと遅すぎる登場だと思う。


「あなたは誰ですか? 玄関の小父さんとは、どんな関係なんですか?」

「チャロだよ。人間に戻った、チャロだよ!」


 ほとんど地面に向かって喋っているようなものだけど、それでも言ってみた。


「チャロは犬です。人間じゃないです」

「これが俺の真の姿なんだよ! いいから、二人を退かしてよ!」


 未だに仰向けに倒されて、身体に乗られた状態だ。

 話をしたいなら、まずは普通の状態で落ち着いて話がしたい。


「それは無理です。お父さんに不審者が来たら、取り押さえるように言われてます」

「そうだよ! 森の中でお父さんに話して来てって言ったよね? いまどこにいるの?」

「何で知っているんですか? チャロが全然戻って来ないのは、お兄さんが何かしたからですか?」

「だから、俺がルディで、チャロだよ……」


 駄目だ。明らかにエイミーは信じてない。

 そのチャロは人間になって、家に帰って来た。

 そして、ボコられて拘束されている。

 何かチャロだという証拠を見せないと絶対に信じてくれないぞ。

 

 ♢

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