第15話 森の中の屋敷と虐げられた男
「ありがとうございます。さあ、エデル。行くぞ」
「ウーッ、ウーッ!」
ぽっちゃり男はエイミーにお礼を言うと、唸り声を上げるエデルを引き摺るように連れて行った。
可愛い女の子から無理矢理に引き離されて、不機嫌になる気持ちは分かる。
「やっぱり大型犬の方が強そうで良いよね」
「ワンワン!」
「あっははは。チャロ、嫉妬しているの?」
全然違う。素早く地面に爪で文字を書いていく。
『洞窟で薬を買っていた男に似ている。追跡した方がいいかも』
「えっ? そうなの⁉︎」
地面の文字を見て、エイミーは驚いている。
自分が話していた男が犯人だとは思っていなかったようだ。
『貧乏そうだけど、声と体型と雰囲気は似ている。調べる価値はあると思う』
「そうなんだ……でも、どうしようか? 下手に追跡すると気づかれちゃうよ」
『俺一人なら、気づかれても問題ないと思う。エイミーは危ないから、家に帰ってお父さんに伝えてきて』
エデルの匂いは覚えたから、離れて追跡できると思う。
ま、相手も犬だから、俺が追跡している事には気づかれそうだ。
「う~ん、チャロ一人だと、ちょっと心配だよ。捕まってしまうかもしれないよ?」
『大丈夫! いざという時は湖に逃げるし、人違いの可能性もあるから』
「う~ん、やっぱり、駄目。チャロが一人でいる方が不自然だよ。私と一緒なら薬草狩りだって誤魔化せるから、そっちの方がいいよ」
エイミーは単独行動に反対のようだ。
でも、言われてみれば、確かにそっちの方が安全そうだ。
俺がルディだという事もバレてないし、エイミーとルディとは無関係だ。
警戒するように追跡する方が不自然かもな。
『分かった。二人で行こう』
「うんうん、それがいいよ。怪しい秘密基地が森の中にあるかもしれないね」
その可能性はまったく考えていなかった。
普通に家に暮らしていると思ってたけど、檻のある洞窟の中で大型犬達と住んでいる可能性もあった。
でも、怖気ついている暇はない。せっかくの手掛かりを見逃すなんて出来ない。
逆に見張りが立っている秘密基地が見つかれば、犯人で間違いない。
♢
エイミーと一緒に森の中を追跡していく。正確にはエデルの獣臭を追跡した。
あのぽっちゃり男なら、そこまでの長距離移動は有り得ない。
目的地にはすぐに到着した。
「やっぱりお金持ちみたいだね。凄い屋敷だよ」
三十分程追跡すると、森の中を切り開いて作られた屋敷に辿り着いた。
湖のすぐ側に作られた屋敷は、エイミーの家の庭まで含めて、二十倍はありそうだ。
『貧乏人の振りをした金持ちだったのかも』
「うん、その可能性もあるね。この後はどうしようか?」
森の中から屋敷を監視している。これ以上は何も出来ない。
家が分かったから、あとは屋敷の主人の名前を調べるだけだ。
でも、それは通常の場合だ。
緊急事態かもしれないのに、ゆっくり調べていられない。
洞窟のぽっちゃり男は皆殺しにしたいと急いでいた。
さっきのぽっちゃり男が洞窟の男と同一人物なら、誰かが殺されてしまう。
『エイミーは家に帰って。犬なら屋敷に入り込んでも怒られるだけだから、ちょっと調べて来るよ』
「そんなの危ないよ。急いでお父さんに調べてもらうから、二人で帰ろう」
安全な場所で見ていても何も分からない。
地面に爪で文字を書いて、エイミーに家に帰るように伝えた。
エイミーは反対するけど、危ないのは分かっている。
だから、エイミーには家に帰ってほしい。
『今日、事件が起こるかもしれない。急いで調べないといけないんだ。調べたらすぐに家に帰るから、エイミーは帰って』
「う~ん、分かった。でも、夜には戻らないと駄目だよ」
『大丈夫。夜ご飯には戻るから』
「じゃあ、気を付けてね」
『うん、任せておいて!』
ようやく納得してくれたようだ。
エイミーは心配しながらも、湖を頼りに街に戻って行った。
これで心配事はなくなった。地面の落書きをパパッと消すと、屋敷の中に忍び込んだ。
♢
広い屋敷の中を獣臭を頼りに進んでいく。
ぽっちゃり男は皆殺しにすると言っていたから、殺すのは一人じゃないと思う。
屋敷の住人を使用人まで含めて、殺すつもりなのだろうか?
(あっ、いたぞ……)
獣臭を辿って行くと、屋敷から外れた大きな小屋の中にいる、ぽっちゃり男を見つけた。
小屋の中には鉄檻が複数あり、その中に大型犬が一匹ずつ入れられている。
「フッフフ。金に卑しい豚共がやって来るぞ。最後の晩餐だとも知らずにな。馬鹿な豚共だ」
「ヘッヘッヘッ」
ぽっちゃり男は笑いながら、檻の中の大型犬に向かって話している。
人間の話し相手がいない訳じゃないと思う。
多分、口の堅い相手に悪口を話したいだけだ。
(このまま夜まで監視しないといけないんだろうか?)
ぽっちゃり男の監視を続けるのは面白くない。すぐに飽きてしまった。
男は犬小屋の掃除を終えると、自室の大部屋で服を着替えて、今度は馬小屋の掃除を始めた。
多分、この屋敷の主人じゃなくて、使用人の一人だと思う。
手慣れた感じで掃除を終えると、馬小屋の前の地面に座って休んでいる。
(最後の晩餐、やって来る……もしかして、今日の晩ご飯の後に、この屋敷で決行するのかな?)
ぽっちゃり男は無口なのか、犬小屋で少し喋った後は何も喋らない。
ここまで危険を冒して屋敷に潜入したのに、ぽっちゃり男の手際の良い仕事振りしか見ていない。
このまま夜まで待って、男が何かするのか見張らないといけないのだろうか?
「おい、フレデリック! こんな所で何をしている!」
「旦那様⁉︎」
退屈な監視を続けていると、怒鳴り声を上げながら、一人の男がやって来た。
座っていたフレデリックが慌てて立ち上がった。
やって来た男は三十代後半、濃い短い金髪で、長身でガッシリした体格をしている。
そして、ぽっちゃり男が洞窟で着ていた高そうな灰色の服を着ている。
「言ったよな! 部屋の中に引っ込んでろと!」
「申し訳ありません。馬小屋の掃除を終えて、少し休んでいました。すぐに部屋に戻ります」
「掃除にいつまで掛かっているんだ、この役立たずが! 親父は情けで雇っていたかもしれないが、俺は違うぞ。役立たずに払う金はない」
あれがこの屋敷の主人みたいだ。ムカつく奴だ。
初対面でよく知らないけど、ぽっちゃり男のフレデリックはキチンと仕事していた。
小屋の掃除から、食事まで一人で完璧にやっていた。絶対に役立たずじゃない。
監視していた俺が言うんだから間違いない。
「今日は大切なお客様が沢山パーティーにやって来るんだ。お前のような品のない男に人目の付く場所に居られる——」
「旦那様! その事で旦那様にお話があります……」
フレデリックは屋敷の主人の話を大声で遮った。
話を遮られて、ビクッと屋敷の主人は少し驚いたけど、すぐに気を取り直した。
「な、何だ? 俺が話している途中だぞ」
「はい、これ以上、旦那様にご迷惑をかけないように、お暇をいただきたいと思っています。今晩にも屋敷を出て行きます」
「はぁっ? はっは、はははははは! ようやく理解したのか? 自分が役立たずだと。今晩だと? そんなこと言わずに今すぐに出て行ってもいいんだぞ」
お暇の意味が分からなかったけど、フレデリックはこの仕事を辞めるようだ。
ま、あんなクソ主人の下で仕事なんてしない方がいい。
もう辞めるんだったら、馬鹿笑いをする主人の顔面に馬糞を擦り付けてやればいい。
「申し訳ありません。少しやり残した事が残っているので、今晩までお願いします」
「はっははははは! まあいい。初めてお前に喜ばせてもらったんだ。夜までは好きにしろ。退職金ぐらいは少しは用意してやるよ」
「ありがとうございます」
「はっははははは! 早くカトリーナとナタリアにも知らせないとな。二人とも喜ぶぞ」
フレデリックは頭を下げ続けて、屋敷の主人にお願いしている。
そんな姿に満足したのか、屋敷の主人は笑いながら屋敷の中に戻っていった。
(俺なら一日で辞めるな)
でも、これで屋敷の主人に頼まれて、フレデリックが薬を用意した線はなくなった。
「フッ、フッフフ。愚かな役立たずの豚はお前だよ、ネストール。今夜のパーティーの主役はお前達じゃない。お前達はパーティーのゲテモノ料理だ。せいぜい汚い悲鳴を上げながら、魔物の餌になるんだな」
屋敷の主人の姿が完全に見えなくなると、フレデリックは頭を上げた。
顔には薄ら笑いを浮かべて、屋敷の主人が消えていた方向に独り言を言っている。
(あっ、間違いない。コイツが犯人だ。今日のパーティーに主席する人達を皆殺しにするつもりなんだ)
フレデリックが洞窟にいた三人の一人で間違いないと思う。
長年の恨みが積み重なって、ついに爆発してしまったようだ。
でも、魔物に変える薬を探して奪えば、計画を阻止できる。
このままフレデリックの監視を続けて、薬を使う瞬間に奪い取ってやる。
♢
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