第9話 ギルドへの報告とエイミーの家
「すみません。スライム洞窟にスライム以外の魔物が出たんです。まだ何匹か居るかもしれません。調査してほしいんですけど」
エイミーはカウンターまで行くと、すぐに用件を言った。
床からはカウンターの人は見えないけど、良い匂いで女性なのは分かる。
この匂いはヨーグルトかな?
「スライム以外の魔物ですか……それはどんな魔物でしたか? まずはお話を聞かせてください。調査するにも情報が必要です」
「えっーと、大きな怖い猫みたいな魔物でした。これが倒した魔物が落とした物です」
「失礼します……本当にスライムではないようですね」
ちょっと疑われている感じもするけど、証拠の金色の瞳があるから問題なさそうだ。
椅子に座ったエイミーに、その後も受付女性が質問していく。
身体の大きさや色、鳴き声まで聞いている。
「あと、この子も洞窟に居て、私が襲われているところを助けてくれたんです」
エイミーが俺を持ち上げて、カウンターの上に置いた。
確かに俺も証拠品の一つだった。
出来れば没収されないようにしてほしい。
「犬みたいですね? 洞窟のどこかに抜け道でもあるのか、誰かが洞窟に魔物を入れているのか……イタズラにしても悪質過ぎますね」
この受付女性は俺が会った人と違っていた。
年齢は二十一歳ぐらいで、灰色の少し長い髪を頭の後ろで赤いリボンで縛っている。
服装は半袖の白いフリルシャツに、黒の胸開きドレスというシンプルなものだ。
ジッーと青色の瞳で俺の事を観察している。
恋人の浮気は絶対に見逃さない、そんな鋭く疑り深い性格に見える。
「それと、この子がこんな物を持っていました。服の切れ端みたいです」
「失礼します……ズボンのお尻の部分みたいですね?」
受付女性がエイミーから受け取ったズボンの切れ端を見ている。
茶色い布にはベルトを通す穴やお尻の縫い目がある。
「冒険者にしては小柄な体型……あっ、そういえば、昨日の昼前に子供が登録に来たと言ってました。もしかすると、その子供かもしれません。ちょっと待っててください……」
そして、何かに気づいたようだ。
ズボンの切れ端を持って、カウンター横の扉から出て、二階に上がって行った。
多分、その子供とは俺の事だと思う。
それにしても、昨日の昼という事は、洞窟の中で一日も気絶していた事になる。
化け猫のように三分で犬になった訳じゃなかったんだな。
「お待たせしました。昨日、登録に来た子供が似たような服を着て、スライム洞窟に行ったそうです。おそらく、その子供の服で間違いないと思います」
しばらくすると、受付女性が戻ってきた。
カウンターには入らずに、そのままエイミーの前に立って話していく。
時間にして、三分程だったけど確認は取れたようだ。
「じゃあ、その子はもう……」
エイミーは椅子から立ち上がると、悲しそうな顔をしている。
あっ、その子供なら生きてます。涙を流すのは勿体ないですよ。
「その可能性はまだ分かりません。服を脱ぎ捨てただけかもしれません。原因が分かるまでは洞窟は封鎖して、調査する事になると思います」
「そうですか……あっ、コレなんですけど、ズボンのポケットに入っていました。きっと、その子がスライムを倒して集めた物だと思います。お返しします」
エイミーはエプロンの裏ポケットからスライムの核を取り出して、受付女性に渡していく。
返す相手が違うと思うけど、この建物では静かにしないといけない。黙って見届けた。
「ありがとうございます。緊急連絡先が書いてあったので、万が一の場合は、そちらに送られると思います。ご連絡ありがとうございました。洞窟の調査後、ギルドから報酬が支払われると思います」
「いえいえ、私よりもその連絡先の人に送ってください。その方がその子も喜ぶと思いますから」
いやいや、その子供は絶対に喜ばない。俺が言うんだから、間違いない。
報酬は遠慮なく貰った方がいい。
「分かりました。ですが、生きている可能性も十分にあります。その時は遠慮なく受け取ってください」
「はい、見つかるといいですね」
「そうですね。では、失礼します」
生きているけど、見つかる事はないと思う。
受付女性はカウンター横の扉から中に入ると、他の受付女性達と話している。
どうやら、カウンターに並んでいる冒険者達に洞窟調査を頼んだようだ。
「報酬なんてどうでもいい。さっさと助けに行くぞ」
「俺も行く。金よりも命が大切だ」
「手の空いている奴は付いて来い。子供がスライム洞窟で迷子になっているらしい」
「何だって! 大変じゃないか!」
建物から飛び出すように三人、四人、五人、六人と冒険者達が次々に出ていく。
流石は誓約書に冒険者同士仲良くしましょう、と書いてあるぐらいだ。
ちょっと多過ぎると思うけど、頑張ってください。
「あぁー……チャロ、今日は忙しいみたいだから、クエストは明日にしようね。お家に帰ろう」
エイミーはそう言って、カウンターから俺を床に下ろした。
俺も疲れているからちょうどいい。
今日はお風呂に入って、ご飯を食べて、もう寝たい。
♢
「ここが私の家だよ」
冒険者ギルドを出て、しばらく南に進んだ所にエイミーの家はあった。
湖に面した橙色の二階建ての四角い建物で、大きな庭がある。
建物は俺の家の四倍、庭も入れると十二倍ぐらいはある。
なかなか良い家に住んでいるみたいだ。
(もしかして、あれがエイミーのお父さんか? デカイし、全身毛むくじゃらだな)
湖の側に座って、そこから釣り竿を湖に浮かべている大きな何かがいた。
頭に麦わら帽子を被っていて、全身をゴワゴワした濃い茶色い毛が覆っている。
「チャロ、気になるの? あれはベアーズだよ。お父さんが契約している魔物だよ。ちょうどいいから挨拶に行こっか」
「ワン」
へぇー、そうだったんだ。
釣りをする巨大な何かをジィーと見ていたら、エイミーが教えてくれた。
道理で全身が茶色い毛でボーボーのはずだよ。
「ベアーズぅ~、新しいお友達を連れて来たよ。チャロって言うから仲良くしてね」
「クマ?」
「嘘……」
エイミーに付いて行って、ベアーズに挨拶に行ったけど、ちょっと怖過ぎる。
釣り竿を置いて立ち上がったベアーズは、大きな濃い茶の熊だった。
身長は二百四十センチを軽く超えていると思う。
「クマ、クママ。クマァー?」
「チャロです。よろしくお願いします」
何を言っているのか全然分からなかった。
ベアーズは釣り竿を拾い上げると、右、左、右と軽やかに釣り竿を振っている。
多分、相手も俺が何を言っているのか分からないだろう。
ベアーズの前で硬い首を少し曲げてお辞儀をした後に、更に地面にひれ伏した。
「クマ、クマァ。クマァー」
「んっ?」
「あっははは、チャロには出来ないよ。じゃあ、お父さんに紹介してくるね」
「クママ」
二人が何を言っているのか全然分からない。
俺が地面にひれ伏すと、二本足で立っていたベアーズも四つん這いになって、鼻息を荒くし始めた。
一体何が起こるのかと待っていたら、エイミーが慌てて、俺とベアーズの間に入って来た。
そして、俺はエイミーに抱き上げられて、無理矢理に家に連れて行かれている。
「もぉー、チャロ。いきなり喧嘩したら駄目だよ。仲良くしないと」
「俺が悪いの⁉︎」
何が悪かったのか、まったく分からない。
近所の人に挨拶したら、ジャガイモを投げつけられるぐらいに訳が分からない。
魚が釣れないから、機嫌が悪かっただけだと思いたい。
「いい、チャロ? 私のお父さんもお母さんも優しいけど、悪い事したら怒られるからね。良い子にしないと駄目だよ」
「クゥーン」
「よしよし、反省しているみたいだね。じゃあ、家に入ろうね」
玄関の前で俺を地面に下ろすと、エイミーは注意する。
悲しい声で鳴くと、頭を撫でて許してくれた。
甘いのか、厳しいのか、いまいち分からないけど、ずっと良い子にしている。
「ここが私の家で、二階に私の部屋があるけど、まずはお母さんに挨拶しようっか。付いて来て」
一階の建物中央にある濃い緑色の扉を開けて、家の中に入った。
すぐ右側に階段があり、正面と左と右奥に扉がある。
そして、エイミーは正面の濃い茶色の扉を開けて、部屋の中に入って行く。
俺も付いて行くけど、部屋には入らずに顔だけ出して、中を覗いてみた。
「お母さん、紹介したい子がいるんだけど、いいかな?」
「えっ? もしかして、彼氏でも連れて来たの? お父さんに殺されちゃうわよ」
「そんなんじゃないから……」
エイミーは料理中の薄紫色の髪の女性と話している。部屋の中は台所だった。
色々な匂いがしているけど、部屋には濃いスープの匂いが充満している。
「あれ? もしかして、あの子が紹介したい子?」
「ワン」
部屋に入らずに扉から覗いていたら、お母さんに見つかってしまった。
とりあえず軽く鳴いて部屋の中に入ると、お母さんが微笑みながら近寄って来た。
「可愛いワンちゃんね。見た目はワンちゃんだけど、しっかりと魔力も感じるわね。どこで拾って来たの?」
「ク、クゥ~~~ン……」
エイミーと違って、お母さんは巨乳だった。
長袖の白いフリルシャツを着ているけど、シャツが胸を隠し切れていない。
胸開きの黒いドレスを着ていて、スカートの裾が赤色で縁取りされている。
腰回りには薄い赤色のエプロンをしている。
その巨乳のお母さんに抱き締められて、胸の谷間に顔が埋まっていく。
こんなの太ももに挟まれて、窒息させられているのと一緒だ。
「スライム洞窟だよ。お母さん、チャロが苦しがっているから、もう離してよ」
「はいはい。チャロってお名前ね。私はエイミーのお母さんでフェリシアよ。よろしくね、チャロちゃん」
「クゥ、クゥーン」
「チャロは男の子だよ」
エイミーに注意されて、お母さんのフェリシアは抱き締めるのをやめて、俺を床に下ろしてくれた。
そして、右前足を両手で持ち上げると、少し強引な握手をする。
優しそうだけど、エイミーと同じで凄く天然な感じがするよ。
♢
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