第10話 お父さんとお風呂

「あら、そうなの? 小さいから女の子だと思ったわ」

「確かに六十センチぐらいしかないけど、チャロは強いんだよ。二メートル五十センチぐらいの大きな猫も倒せるんだから」


 思っていたけど、やっぱり身体は小さかった。

 女の子に抱き上げられているから、そうだと思ったよ。

 全長六十センチって、赤ちゃんと同じか、少し大きいぐらいだよ。


「へぇー、そんなに強いんだ。じゃあ、お父さんのベアーズと、どっちが強いか比べてみないとね」

「いいよ! さっきもチャロはベアーズと喧嘩しようとしてたんだから。チャロなら瞬殺なんだから!」

「クゥーン! クゥーン!」


 お母さんとエイミーの話が盛り上がっていたけど、首を横に振って速やかに辞退した。

 そんな事したら、チャロが瞬殺されて、釣り針の餌に使われる。


「うっふふふ。どうやら、あなたよりもチャロの方が実力が分かっているみたいよ」

「クゥーン」

「違うもん。チャロは優しいから、戦わないだけだよ。もぉー、お母さんにはテイマーの才能がないから分からないんだよ」


 お母さんが俺の頭を優しく撫でながら、微笑んでいる。

 どこの家庭も子供はいつもまでも子供扱いだ。

 うちの母さんは心配症だけど、エイミーのお母さんは子供をからかって遊んでいるよ。


「はいはい。じゃあ、早くお父さんに紹介しなさい。もうすぐ晩ご飯よ。チャロの分も用意するわね」

「ワン」


 この家の料理なら楽しみだ。

 きっと毎日普通に美味しい物を食べていそうだ。

 でも、今日だけは分厚いステーキ肉は勘弁してほしい。

 化け猫の生肉でお腹いっぱいです。


「行こう、チャロ。お父さんはリビングにいるんだよね?」

「居るわよ」


 リビングは台所の左側にある扉の先にあるみたいだ。

 頬を膨らませて、エイミーは茶色い扉を開けて入っていく。

 そういう子供っぽい態度が子供扱いされている原因だと思う。

 俺的には可愛いとは思うけど。


(うげぇ! 何だよ、この部屋は⁉︎ 凄く煙草臭い)


 部屋に入ると、凄く煙草臭かった。それもそのはずだ。

 濃い青色の肌をした、身長百八十センチぐらいのトカゲ人間が椅子に座って煙草を吸っている。

 しかも、行儀が悪い事に、リビングに置いてある細長いテーブルの上に両足を乗せている。


「ガゥル、フシュゥゥゥ……」


 トカゲ人間が気持ち良さそうに、吸った煙を空中に十三秒間も吐き続けている。

 空中に白い煙が線となって続いている。


「フゥッ、フゥッ、フゥッ、フゥッ……」


 そして、リビングにはもう一人いる。

 身長百八十センチ、三十六歳ぐらいの灰色の短い髪の怖そうな男だ。

 白い長袖シャツに灰色の袖無しベスト、黒色の厚手のズボンを履いている。

 冒険者のような筋肉ムキムキの腕で、延々と逆立ち腕立て伏せをしている。


(何このリビング? 全然寛げそうにないんだけど)


「リックも居たんだ。ちょうど良かった。お父さん、リック、私の従魔のチャロだよ」

「ワン!」

「グゥルル? ……フッ」


 今度は無駄に喋らずに、ただ鳴いてみた。

 すると、トカゲ人間はチラッと俺の方を見てから、馬鹿にするように軽く笑った。

 ああ、良かった。これで正解みたいだ。今度は喧嘩にはならなかったぞ。


「お父さん、聞いているの? 私が初めて契約した魔物を連れて来たんだよ」

「フゥッ、フゥッ、聞こえている。お前と同じで可愛い魔物だな」


 お父さんはエイミーの話を逆立ち腕立て伏せしながら聞いている。

 娘が真剣な話をしているんだから、せめて腕立て伏せはやめた方がいいと思いますよ。


「もぉー、お父さんまで……可愛いだけじゃないよ。強くて賢いんだから」

「フゥッ、フゥッ、だったら危険だな。自分よりも強い魔物を従魔にするのは危険だ。フゥッ、一時的に契約できたとしても、実力に差があると反抗されるようになる」

「危険じゃないよ。チャロは賢いし、私の方が強いもん」

「そうか……汗をかいたから風呂に入る。ついでにチャロも洗ってやろう」


 エイミーの話を聞いていた、お父さんが逆立ち腕立て伏せをやめて、立ち上がった。

 そして、身体から湯気を上げながら俺の方に近づいてくる。

 お風呂には娘さんと一緒に入りたいから、出来れば、お父さんとは遠慮したいです。


「行くぞ、チャロ」

「クゥーン……」


 でも、それは無理そうだ。

 首をお父さんの太い腕で掴まれて、宙ぶらりんにされて、お風呂場に連れて行かれる。


「もぉー、乱暴に洗ったら駄目だからね」

「分かっている。隅々まで綺麗に洗ってやる」

 

 リビングには右と左に二つずつ扉があり、上下に二つの大きな窓があった。

 右上の扉は台所に通じていて、右下の扉は玄関と階段があるロビーに通じていた。

 そのロビーの右奥の緑色の扉にお父さんは向かっている。

 多分、あそこがお風呂場のようだ。


 緑色の扉を開けると、更に左右に扉があった。

 右側が茶色い扉で、左側が青色の扉だった。

 そこでお父さんは立ち止まって、俺を石床に下ろしてくれた。


「チャロ、自己紹介がまだだったな。俺の名前はウォーカーだ。エイミーの父親で、魔物を従わせるテイマーをしている」

「ワン」


 分かりました、という意味で小さく吠えた。どうやら伝わったようだ。


「確かに魔物にしては賢いようだ。人に飼われていた犬が魔物化したみたいだな」


 いえ、人が犬にされただけです。


「まあ、それはどうでもいい。チャロ、こっちがトイレで、こっちが風呂だ。お前のトイレは部屋に用意するから、そこでするんだぞ。お前一人だと扉を開け閉め出来ないからな」

「クゥーン」

「気にする必要はない。ベアーズもリックも扉を開ける事は出来ても、トイレを上手く使う事は出来ない。あいつらも自分の部屋か、外でしている」


 お父さんが右側の茶色い扉を開けると、すぐに座ってするタイプのトイレが見えた。

 左側の青色の扉を開けると、脱衣室があって、その先のお風呂場が見えた。

 確かにあの二人がトイレに座ったら、その瞬間に壊れてしまいそうだ。


「一階の部屋はベアーズとリックが使っているから、お前の部屋は二階に用意する。階段ぐらいは一人で上り下り出来るようになるんだぞ」

「ワン」

「いい返事だ。さあ、風呂に入るぞ」

「ワン!」


 怖いと思っていたけど、エイミーの言う通り、優しいお父さんみたいだ。

 親切に家の説明をしてくれるし、お風呂まで入れてくれる。

 エイミーに洗ってほしかったけど、男同士の裸の付き合いも悪くないと思う。


 それに次はエイミーが入れてくれると思うし、お母さんの場合もある。

 今日はハズレだけど、明日は当たりかもしれない。


(やっぱり、いい身体している。でも、父さんで見慣れているんだよな)


 脱衣室で服を脱いだお父さんと一緒にお風呂場に入った。

 予想通りの筋肉ムキムキで、胸や手足に傷が沢山あったけど、気にはならない。

 お父さんが開いていたお風呂場の茶色い扉を閉め、窓を閉めていく。

 四角い石の浴槽からは白い湯気が立ち上り、二人っきりの密室を温めていく。


「クゥ~ン、クゥ~ン」


 浴槽の温かいお湯をゆっくりと身体にかけられて、泡立てられた石鹸の泡で身体を洗われていく。

 お父さんの指は硬くてゴツゴツしているけど、それが身体のツボを刺激して気持ちが良い。


「魔物と一緒に風呂に入るのは久し振りだな。ベアーズもリックも湖で身体を洗えるから、俺がやる事はほとんどない」

「おおっ、そこそこ……」


 身体を隅々まで洗い終えると、お父さんはマッサージまで始めた。

 手足や背骨を伸ばして、押して、ポキポキと気持ちが良い音を鳴らしていく。

 首筋や前足の肩を指でちょうどいい感じに、指で解してくれる。

 自分じゃ、足が届かないから非常に助かります。


「ふぅはぁ~っ……」

「さて、チャロ。大事な話がある」

「ワゥン?」


 お父さんに抱えられて、一緒に浴槽に入っていると、ちょっと真剣な感じでお父さんが言ってきた。


「分かっているとは思うが、お前は魔物だ。街の人の中には、魔物に友好的じゃない人が多い。それが事実だ」

「クゥーン……」


 まあ、魔物は人を襲うから、それは仕方がないと思う。

 ベアーズなんかが一人で街中を歩いていたら、剣で襲われても仕方がないと思うぐらいだ。


「お前達、魔物にとっては、敵地のど真ん中に連れて来られたようなものだ。怖かったり、不安に思うのが普通だ。でも、どんなに人に嫌われようと我慢しないといけない。人を攻撃したら、その瞬間にお前は魔物として処理されてしまう」

「クゥーン……」


 一応、悲しそうに鳴いてみた。

 お父さんには悪いけど、ちぃっとも不安じゃない。むしろ、この状況に感謝している。

 あのままだったら、洞窟の中でスライムを食べ続けて、食あたりで死んでいたと思う。


「家の外に一人で出るのは駄目だ。街に行く時は必ずエイミーと一緒にいるんだぞ。窮屈だと思うが、人と魔物が住む為のルールだと我慢してくれ」

「ワン!」

「そうか。分かってくれたか……男同士の約束だぞ。もしも、チャロが約束を守れずに街の人を襲った時は、エイミーがお前を駆除しないといけなくなる。それがテイマーの掟だ。エイミーを悲しませるんじゃないぞ」

「ワン!」

「よしよし、いい子だ」

 

 どちらも簡単な約束だったので、元気に吠えて返事をした。

 ようするに、一人で外出するな。エイミーと離れて迷子になるなだ。

 俺は十五歳の大人なんだから、守れるに決まっている。


 ♢

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