あなたといつまで人間でいられるのだろう

乾クスハ

第1章

第1話 プロローグ

『人間に恋をしたら天界へ強制送還』

 それは、人間実習に臨む天使に課せられる一つの定め。


 有名な話だ。

 実習とは縁のない天使でも知っている話。

 それだけに、実習生を目指す天使にとっては馴染み深い話。

 そして、実習生に選ばれた天使にしてみれば他人事では済まされない話。


 そう、他人事では済まされない。

 強制送還を「仕方のないこと」で済ませられるほど、実習生というステータスは安くない。


 それは、明日から始まる人間実習に【女子高生】として臨むミーアにとっても例外ではなかった。


 人間界における1年間の人間実習。それは苦労してやっと掴みとった権利だ。

 15歳で高等部に進級し、そこからの1年を費やし勝ち取ったもの。

 毎年、天界における全ての高等部から1万近く現れる志願者が最終的に数十名にまで絞り込まれるのは、それだけ選抜試験が厳しいから。

 そうである以上、この1年を棒に振るなんてことはミーアには許せないのだ。


 必ず1年後の実習満了日まで何事もなく人間界で過ごし、無事に実習を完遂した天使というキャリアを手に入れる。

 これは決意ではない。言うならば確定した未来。それくらいの気概でミーアはいる。


 白銀色に燃える炎が確かに胸の中でたゆたう。

 ひっそりと、静かに。それでいて、唇の端を噛み締めるように熱く。

 ただその炎を誰かに悟らせることは、決してしない。

 つきまとう好奇の目には評判の「氷の鉄仮面」とやらの奥に全て詰め込んでないと、うるさくて仕方ないから。


 それでも時折聞こえてくる。実習生に選ばれるとなおさら。


 そんなに必死になっちゃって、と。


 べつに今更、憤る事もない。幼い頃からずっと言われてきたこと。煩わしくはあるが、慣れてはいる。

 けれど、少しだけ疲れた時に、少しだけ思うのだ。


 それくらい「仕方のないこと」で済ませてよ。


 だって。

 だってわたしは。


 生まれもった魔力で序列が決まってしまうこの天界に、わずかな魔力しか持たずに生まれついてしまったんだから。




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