この好きは本物だから

詠月

この好きは本物だから

 「好き」


 口にした途端、心臓がドクドクと早鐘を打つ。

 そんな俺の告白を聞いた彼女は。


「……は?」


 冷たい目を向けてきた。

 その反応に思わず体がガクッと下がる。


「ちょっと!? 告白にそんな反応は無くないか!?」


 人が超真面目に告白したっていうのに。


「何が告白よ……いい加減飽きないの?」

「好きに飽きるもなにも無いだろ!」

「うるさ……」


 冷たい! 冷たすぎる!

 何でこんなに冷たいんだ!


「そんなに何度も言われたら鬱陶しいわよ」


 そう、このやり取りは一日一回の恒例イベント。

 今日は放課後だったけれど、時間はその日その日で違う。


 でもさ、仕方なくない?


 好きだなって。

 そう思ったときにすぐ言いたくなっちゃうから。


「だって好きなんだもん」

「はあ……」


 ため息をついて彼女は自分の手元へと視線を落とした。

 手に握られているのはシャーペン。

 机に広げられているのは日誌だ。

 後ろの席の彼女を、俺は反転させた椅子の背もたれに腕をのせ見ていた。


 ……指ほっそ。睫毛長っ。

 これでメイクしてないのはすごいよなぁ。

 というか、めっちゃかわいい。

 文字も丸いし女の子だなぁ。


「……橘、うるさいんだけど」

「えっ、もしかして声に出てた!?」

「……」


 うわマジかぁー、恥ずい。

 ……ってあれ、なんか少し耳が赤くなってる?


 予想外の反応に俺はバッと顔を手で覆った。


「おぉ……待って、それはずるいっ……!」


 やばい、かわいすぎる。

 照れるとかかわいすぎる。


「っ……はあ、本当にうるさいんだけど」


 パタンと日誌を閉じて彼女は立ち上がる。

 もう終わったのか。早かったな。


「……ちょっと? 何でついてくるの」

「え、だってそれ出しに行くんだろ?」


 当たり前のようについていく俺に彼女はもう1度ため息をつく。


「あのねぇ」


 バッと振り返った彼女は俺をまっすぐに睨み付けた。


「本当に止めてくれない?」

「え、何を?」

「全部! 私で遊んでもつまんないわよ」


 遊ぶ?


 俺はポカンとした。


 何のことだ?


「俺は遊んでなんか……」

「誤魔化さなくていいから」


 ピシャリと彼女は俺の言葉を遮る。


「全部知ってるし」

「知ってるって?」

「罰ゲームなんでしょ」

「……は?」

「だからっ、あなたが告白したのは罰ゲームなんでしょ!」


 ポカンと俺は彼女を見つめた。

 瞳に怒りの光を浮かべ俺を見上げている。


「聞いてたのよ。罰ゲームで誰かに告白してこいよって言われてるとこ」


 その後くらいから突然関わってきたし。


 彼女は目を逸らして小さくそう呟く。

 少しの沈黙。


「……桜木」


 どこか傷ついたようなその様子に、気づけば手を伸ばしていた。


「触らないで」


 俺の手は届く前にペシッと叩かれ落ちる。


「違うよ」

「なにがっ……」

「違う。ゲームなんかじゃない。俺は本気」

「っ、誰がそんなの信じると思っ……!」


 勢いよく顔を上げた彼女に俺は自分のスマホを見せた。

 開かれているのはグループライン。

 日付はニヶ月前。



『今日言ってた罰ゲームの話だけどさ』



 そんな俺のメッセージから始まっている。



『俺本気で好きな奴いるから、他の罰じゃダメか?』

『え、なになに、橘いつの間に!?』

『うわーまじか! だったらダメだな』

『じゃ、あれやらせようぜ! 一週間パシリ!』

『それいいじゃん!』

『あーサンキュ? なのか? パシリかぁ……』



「確かに罰ゲームで告白って話は出てたけど、俺断ってるから」


 このトークが証拠。

 履歴残しておいて良かったと俺は思った。



「これで信じてくれる?」



 彼女は大きく目を見開いてトークを見つめている。


「……うそ……」

「嘘じゃない」


 スマホを制服にしまい否定する。


「俺は本気で桜木が好きだ」


 ようやく、彼女の瞳が俺を映した。

 初めて出会った時から変わらない、綺麗な瞳。



「……ごめん、なさい」



 私、と彼女は呟く。


「今まで、ゲームだと思ってて……」


 信じてなかった。


 うんと俺は頷く。



「今まではそれでもいいよ。だからさ」



 もう一度、腕を伸ばして。

 彼女の頬に軽く触れた。



「俺のこと考えてみて?」



 今度は振り払われなかった。

 勘違いしていたことに対する罪悪感なのかもしれない。


 それでも、もしかしたら。


 もしかしたら……なんて。



「好きだよ」



 そう微笑めば彼女は目を丸くして。


「っ……!」


 みるみる真っ赤に染まっていった。


「え」

「っ、な、何度も言わなくて良い!」


 バッと身を翻し早足で歩き出す彼女。

 俺はその後を慌てて追いかけた。


「ちょっ、桜木! 待てって、なあ今の……」

「うるさいっ」

「ええー、そんなぁー」


 そのまま靴を履き替え始めた彼女の隣で俺も靴を脱ぐ。


「橘」


 不意に呼ばれ俺が振り向くと。



「……考えとく、から、その……もう少しだけ、待って……」


 目を逸らしながら、頬を染める彼女の姿があって。



「……うん」



 俺は思わず笑みを溢した。



「もちろん。待つよ」



 いくらでも。

 君が振り向いてくれるなら、待てるから。


 だからさ、一つだけ。


 ホッとしたような彼女に近づいてその右手を取る。

 そのまま俺は手の甲にキスを落とした。


「なっ……!?」

「へへ、もーらい!」

「っ、ちょっ、ちょっと……何するのよーっ!」


 放課後の空の下、君の慌てた声と俺の笑い声が響いたんだ。

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この好きは本物だから 詠月 @Yozuki01

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