第3話 冒険者レオンⅡ

 フィステルの中央通りを進み、目指す先は鍛冶屋だ。

 鍛冶屋に行く目的は武器の新調だ。そもそも、冒険者を始めるにあたり現状の武器では心もとない。

 現状持っているのが、ナイフが一本とまともに振り回せない大剣が一振りだ。動きの遅い魔物であれば問題ないが、この辺りではウルフやゴブリンなどが現れると聞いているので、機動性のある武器が必要だ。


 街中に鍛冶屋のマークを掲げた店を見つけた。どうやら、ここが鍛冶屋らしい。

 早速店に入ってみると、多くの剣が並べられていた。

 並べられている剣はどれも華美に富んでいて見るだけなら美しい剣ばかりだ。

 だが、私が欲しいのは飾る剣ではなく、戦うための剣だ。どうやら、見えているところには無いようだ。仕方ない、店主に聞いてみるか。

 カウンターを見ると、店主は居眠りをしているのか、うつらうつらと頭が揺れていた。

 寝ているところを起こして申し訳ないと思いつつ、声を掛けた。


「すまない、店主殿。少し宜しいか?」

「ぁ‥‥なんでぇ客か」


 うーん、と言いながら肩や首を回し、漸く俺に目を向けた。


「坊主、ここが何屋か分かってんのか?」


 今度は坊主と呼ばれた。ギルドではガキ、鍛冶屋では坊主、そこまで年若いだろうか?


「鍛冶屋だろ。店先の鍛冶屋のマークが上がってたし」

「じゃあもし、店先に鍛冶屋のマークがなかったら、この店内を見て、どう思う?」


 店主の目が俺を試している。

 こういう駆け引きは苦手なんだが、本音を話していいのだろうか、それとも、持ち上げるべきか、悩みどころだ。まあ、仕方ないか。


「骨董品屋か何かだと思う。飾るために作られた美術品ばかりだからな」


 本音を語ろう。幸い、ここ以外にも鍛冶屋はある。店主の機嫌を損ねて出入り禁止に成っても、ここでどうしても買いたいものは何もない。


「‥‥じゃあアレはなんだ。剣だと思わないか?」

「剣というには、随分と粗末に見える。装飾が華美で無駄に重そうだし、刃が薄いのですぐに欠けそうだし折れそうだ。到底命を預けるには足りないものだ。あれなら、そこらの木の棒の方がよほど戦える」


 店主は俺の言葉にしきりに頷いた。


「では、最後に問う。お前さんにとって武器とはなんだ?」

「生き残るために使う道具だ」

「‥‥‥‥そうか」


 店主は小さく声を漏らし、俯いた。少し、時間を置いたのち、顔を上げた。


「合格だ。すまんかったな、試すような真似をして」


 店主は好々爺とした人好きするような笑顔を浮かべて、俺に謝った。


「いや、構わない。俺も本音を言っただけだし」

「ハハハ、本音を聞けて良かったよ。最近じゃ、ロクでもない連中ばかり店にきて辟易していたんでな。やれ見栄えが悪い、やれ美しくない、武器に求めるのは見栄えや美しさよりも、自身を生かしてくれるかどうかだろうに」

「それで、店に並べてあるのが見栄えを重視したものばかりだったのか」

「ああ。物の価値が分からない奴らばかりだが、それでも客の求めるモノを出すのが私のこだわりだ。一応値札相応の価値はある。だが、武器としての性能は期待せんでくれ。先程、君が言った通り、直ぐに折れる」


 店主はカウンターから立ち上がり、壁に手を置いた。すると、壁に飾られていた剣がくるり、と回転し、別の剣が現れた。


「さあ、ここからが本当のバルガス鍛冶店だ。見ていってくれ」


 新たに現われた剣は先程までとは段違いだった。

 一目見ただけで分かる。ここに並べられた剣は強い。

 だが、俺にはそれを手に取る資格はない。


「‥‥‥‥すまないが、1000コルドで買える剣は無いだろうか」

「ふむ、予算は1000コルドか。少し待っていたまえ」


 店主は店の奥に向かっていき、少し時間が経ってから再び現れた。大きなタルとそこに沢山の剣を入れて。


「とりあえず、1000コルドの剣を見繕ったよ。君の手に取って選んで欲しい」

「感謝する」


 店主に礼を言い、一つずつ手に取って確認をしていった。

 鉄で出来た丈夫な剣、青銅で出来た剣、銀で出来た煌びやかな小ぶりな剣、様々な剣がある中で、使えそうな剣を、自身の身に合う剣を探した。


「ん?」


 すると、気になる一本に出会った。

 材質は、鉄、いや鋼か、が主だと思うが、他にもいくつかの金属が混ざっている。それにこれは‥‥


「これは‥‥‥‥ミスリルか?」

「ほう、中々な目利きだ。だが、それは純粋なミスリルではないぞ」

「そのようだな。多数の金属を混ぜている。ミスリルもわずかに含まれている程度しかなさそうだが」

「その通り。ミスリルに銀、その他にもいくつか混ぜている。まあ、余った素材をいくつか混ぜてみようと思って試行した産物だ。素材的には1000コルドを超えるが、何分余った素材の寄せ集め、おまけに試行品だ。それで良ければ安くしておくよ」

「ふむ‥‥」


 見てくれは片手剣としての標準的なサイズだ。長すぎず、短すぎない、盾を持って戦う際にも苦にしない長さだ。

 形状的にもに特徴らしい特徴はない直剣だ。

 軽く振るってみたが、重量は少し重い。いくつかの素材を混ぜているので、同サイズの剣よりも多少重くなっている。だが、振るうのに問題はないし、強度的にも問題はない。それにミスリルが混ぜられていると言う事は魔法適性も期待は出来そうだ。


「ではこれを頂こう」

「まいど。さて、少し手を見せてくれるかね。最後に持ち手の調整をするのでね」


 店主に言われ、掌を上に向けて店主の前に出す。


「‥‥ほう、これはまた‥‥」


 ジッと手を見た後に俺の顔をジロジロと見てきた。


「‥‥歳の割には随分と鍛え込まれておる。随分と鍛錬をしてきたと見える」

「それほどでも、このくらいの歳の頃ではさして誇れるほどではないです」

「そうかの、あまり詮索はせんよ。さて、仕上げをしようかの。少し、時間を貰うぞ」

「ええ、構いません」


 店主は剣を持って奥に向かった。



side バルガス



「さて、始めるか」


 ワシは剣を作業台に乗せ、持ち手の調整を行う。

 長い年月この作業を行ってきた。だから、手を見れば持ち主に合った最適な形状に調整できる。

 だが、些か妙な少年冒険者がやって来たものだ。


 手を見ればそのものの得意武器や経験などが分かるようになったワシだが、どうもズレている。

 あの少年冒険者の手は確かに年相応に見えた。これから成長し、大きくなっていくことだろう。だが、その手に刻まれた無数の努力の痕跡は、とてもあの齢でたどり着けるものではない。年月を重ねた者の手だった。だが、見かけは十代半ば程、違和感は否めない。


 それに、剣を見る目も歳不相応、いや、些か熟練していた。

 金や銀などは一般的な市場に出回っているので、目にする機会は無くはない。

 だが、ミスリルなど鍛冶師でも滅多に目にかかれない。ワシがミスリルを始めて目にかかったのは、随分と前にバルドホルス王国の王様直々の依頼で作った総ミスリル製の大剣を作ったときだった。

 今回のこの剣に使われたミスリルはその時の余り物だ。使用できたのは剣全体のおよそ10%もないだろう。それに気づけたのは何故だ。違和感を感じてもミスリルと断言できるなどあり得ない。

 ミスリルを見る機会があったのか、それだとするなら親が炭鉱夫か、それとも商人か。冒険者と言う事も考えられるが、ミスリルを持っているような冒険者だと名が知れているだろうし、そんな冒険者の息子だとすれば、噂位には成っているはず。


 ‥‥ふむ、考え事をしているうちに、仕事は終わっていた。

 まあ、妙な少年ではあるが悪い者には到底思えん。それに武器の在り方もよくよく知っておる。武器を惜しんで、自身の命を捨てるような愚かしさもなさそうじゃ。長い付き合いになれればいいの、出来るならば、こんなおいぼれよりも長生きしてほしいものだ。

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