マルゼラ・ファウストは愛を知らない  ~追放された女神は占色術師として恋の相談承ります~

表うら

プロローグ

「女神はの者へ愛を与える立場であり、断じて自身が愛をはぐくむ事は許されない。よって、お前を天上てんじょうから追放処分とする」


天上の国王自ら私に処罰を言い渡した声が、綺麗に装飾された裁判所の中に響きました。

よっぽど頭にきていたのでしょう、裁判官が判決を言うのをさえぎってましたから。


私の背後には傍聴しているそうそうたる神族の顔ぶれがありました。背後からの重圧が私にのし掛かり、立っているだけで精一杯で、ただ一言 「はい」と答えるしかありませんでした。


分かっています、全て私が悪いんです。一度、愛し、愛されてみたかったのです。


その場で結審になり、後ろ手に縛られて裁判所から退廷しました。その時、傍聴席に私が愛した方が座っているのが見えました。視線を彼に向けると一瞬目が合いましたが直ぐにそらされました。

私に有利な証言をしてくれると少しでも彼に期待した私がいけないんです。

彼は保身の為に私を売りました。私が誘惑したのだと。その弁明が裁判所で認められ、彼は一切おとがめなしでした。

でも分かっているんです、彼は天上の第一王子、つまり次期国王。不祥事はあってはならないんですから。



◆◆◆



どれくらい時間が経ったのでしょうか?

真っ暗な牢獄に入れられてから随分と時間が経つように感じました。


食事配膳係の方以外は牢獄ここに誰も面会に来ませんでした。ベットとトイレが有るだけで衛生面で耐え難く、今まで経験したことの無い劣悪な環境が私の精神に異常をきたし、何度も泣き崩れ、出して欲しいと懇願しましたが、私の声は空しく響くだけでした。


コツッ


コツッ


コツッ


近づいてくる足音が聞こえました。

誰かが面会に来てくれたのだと喜び扉へ近づくと、


「地上へ追放される日が明朝に決定した」

と、看守の方がドア越しから伝えるとそのまま足早に去って行きました。


明朝... 私はどうやって生きて行けば良いのでしょうか?



ドン!


隣の房から壁を叩く音が聞こえ、耳を壁につけると殿方の声が聞こえてきました。


「地上へ追放かい? 天上ここでは死刑よりも辛い耐え難い刑なのにな? 君はどんな罪を犯したんだ?」


私は、ありのまま起きた出来事を全て話すと、同情からかこれから追放される場所、つまり地上の事を話してくれました。しかし、聞いているうちに絶望の感情しか出ませんでした。


地上では邪淫じゃいん大食たいしょく貪欲どんよく憤怒ふんぬ異端いたん暴力ぼうりょく邪悪じゃあく反逆はんぎゃくがあるそうです。


幼い頃に聞かされた地獄そのものでした。

そんな所へ落とされてしまったら、とても私が生きていける環境に思えない...



追放当日の朝、扉を叩く音が聞こえたので近づくと彼でした。


「何も力になれなくて悪いと思っている。私に発言権さえあればここまで大事には...」


「ならばせめて、地上への追放だけでも回避出来るように国王へ進言しんげんして頂けないでしょうか! お願いします!」


「そ...それは出来ない。正直に言おう。お前が天上に残ると私にとっては色々と不都合なのだ。それだけを伝えに来た」


私が素直に聞くと思っていたのか、思わぬ私からの懇願に彼は動揺し、応えた声色が本音を表している気がして、遠ざかる足音に向かって生まれて初めて怒鳴りました。


「卑怯者! 罪悪感から私に謝って貴方だけスッキリしただけじゃない!」


私がこんな大きな声を出すなんて...自分自身に驚いた後、空しくなり、あんな男に一瞬でも愛してしまった自分自身に腹が立ち、その感情が収まると、涙が溢れてきました。


ドン!


壁を叩く音が隣の房から聞こえてきました。


「酷い男を愛してしまったな。まぁ、気にしないことだ。この世界の半分は男だからな。探せばもっと良い男も沢山いるさ」


「・・・はい」

この男は私を慰めているつもりなのでしょうか?お世辞にしても・・・不器用な方。 


「地上へ行ったら日が出ている間は肌を極力隠さないと肌が焼ける。まぁ、防止する魔法もあるけどな・・・それに、人間は勿論だが、魔族には気を付けな。。とにかく他人を簡単に信用せず、自分の為に生きながらえることだ。まぁ、俺の助言は無駄になるけどな。おそらく、あんたは記憶も能力も奪われて地上へ追放されるはずだ」


「・・・ありがとうございます。あの、貴方はどうして色々と教えてくれるのですか?それに、どうして牢獄へ?」


「気まぐれさ。ここに居る理由は地上へ追放されるあんたには関係ないことだ。おっと、あんたのお迎えがきたみたいだ、生き永らえれば良いこともあるさ」


「・・・ありがとうございます」


私は力無いお礼をすると、ちょうど来た看守2人に牢獄から連れ出されました。



牢獄の外へ連れ出されると、久しぶりの朝陽あさひがとても眩しく感じ、視界が暫く真っ白になり見えませんでした。

徐々に視界が見えてくると同時に目の前に見える光景に絶望しました。

目の前には、国王と彼、看守2人、そして...そして黒いマントを被った呪術師じゅじゅつし


呪術師を見て固まっている私を見て彼が言いました。


「そのままの姿では何かと不便だと思ってな、地上の生活に相応しい姿と性格に変える事にした。せめてもの温情だと思ってくれ」


私が睨み付けると、彼はさっと視線を外しました。

最低な男!後ろめたさが無ければ視線を外す事なんて無いでしょ。


「女神であるお前が眉間にしわを寄せて、我が息子を睨み付けるとは...とことんちたものだな。女神は従順であるべきだ」


国王が私に言うと、呪術師に顎で指図をしたのが見えました。

後ろ手に縛られて看守2人に組伏せられた私は、為すすべなく呪術に掛けられるしかありませんでした。


呪術を掛けられている間、私の身体がどんどん縮んでいき、髪の色、肌の色が変色していくのが分かり、最後には赤ん坊の姿にされていました。


「父上、後は私に任せて下さい。私を誘惑した性悪しょうわるとはいえ、騙された私にも責任の一端があります。この手で刑を執行してけじめをつけさせてください」


「良いだろう。地上へ落とす前に記憶を消すことを忘れるでないぞ?」


国王は彼の願いを聞き入れ、呪術士を残して看守と共に去っていきました。

彼は周りに誰も居ないことを確認すると呪術士に命令していました。


「記憶を消すのと一緒に愛殺あいさつの呪いを掛けろ」


その命令を聞いて慌てて首を横に振る呪術師に彼は更に強く命令をしていました。


の命令だぞ? お前も地上へ落とされたいのか? 直ぐにやれ!」


彼は人差し指を噛んで出血させると、私のひたいに何かを書きました。


呪術師は私に向かって両手をかざすと、不快な詠唱を唱え始めた。

ああ...記憶が無くなるのはせめてもの救い。どうか地上では幸せな生活が送れます様に。


意識が途切れるなか、彼は赤ん坊になった私を抱き上げ、地上へ落とす前に確かにこう言いました。


「たとえ地上へ追放されたとしても、お前が私以外の者を愛して幸せになることは決して許さない」


これが女神であった私の最後の記憶...

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