おとなりさん

@wookey

2月15日

 「ああ、寒い。名古屋と変わらんな。」彼は、肘で扉を開けそう思った。一週間前に上京したばかりの彼は、わずかに社会と離れる今をあわただしく送っていた。

 

 とりあえず暖房より先にクリーニングに出したスーツをクローゼットにしまう。そして、台所に戻ってくる。そしていつものように手を洗い、横にある鍋に水を入れる。「鍋は料理に入るのだろうか。」いつか母親とした論争を思い出しながら野菜を切り始める。地元に残ればよかったかな、いう多少の後悔と切ったねぎの微妙なにおいに懐かしさを感じたとき、部屋の外の気配が彼をいまへ呼び戻した。

 

 好奇心に駆られた彼は散らかった部屋を音をたてないように移動し、魚眼レンズを覗いた。そこで彼は久しぶりに人を見たような気がした。というのも、自分に何か用のある対象を久しぶりに見た気がしたからだ。

 

 そんなことを考えていると、扉の外の彼女はインターホンを押してきた。彼は、見ていたことがばれないようにわざとらしく音を立て扉を開いた。彼女は隣の隣に越してきた新社会人の矢野というらしい。どこか訛りのある言葉を喋る彼女から引っ越しそばをもらった時、火にかけていた鍋が彼をそこに呼び戻す。

 

 「ああすいません。何かお礼をもって折り返しますね。」と言って戸を閉じ火を止める。何かおかしいなと思ったのはそれからで、自分もまた田舎者だと彼は思うのであった。

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