Vtuberの嫁くん

あかさ京都

第1話Vtuberの嫁くん

Vtuber。ネット上に3Dまたは2Dの肉体を持ち、配信活動を行う者の総称。

アイドル・農家・社畜・幻想生物の擬人化・傭兵・夢の世界の住人・王族・宇宙人など、その設定は多岐にわたる。(いや、設定とか言ってはいけない)


ほぼ毎日の配信活動は企画物や、ゲーム配信、雑談、歌、創作活動と幅広く、得意なジャンルで自由に活動する。


活動時間『だいたい夜』。健康面『やや不安』。収入源『投げ銭』。生活能力『人によるが基本無い』。カリスマ性『アリ』。スター性『アリ』。社会性『無し』。

これがVtuberの基本ステータスだ。


今日も画面の向こうで元気いっぱい、Vtuberとして活動している娘がいる。


「ナァンデじゃぁああああ!!!!」


画面の向こうで絶叫する彼女は電脳 海美(デンノウ ウミ)。Vtuber界の4大箱の1つ、V2WIN(ビートゥイン)に所属するライバーの1人だ。愛称はウミミ。ヲタク丸出しの彼女の言動や行動に親近感を感じ集まってくるファンは多い。

ちなみに今現在、絶叫しているのはスマホアプリのガチャで『すり抜け』を引いたからである。


『すり抜け』とは主にガチャの最高レアリティが引ける確率の内訳で設定されているピックアップ確率というものを超えて、ピックアップされていないキャラクター等がやってくる事象の事である。


「だいたいピックアップって表記するなら内訳の半分は超えて設定しろやー!!何が0.75%じゃ! 3%の内0.75%だったらその他が当たりやすいに決まってんだろーが!!」


言っている事はもっともだが、残念ながらそれが今の日本のスマホアプリ事情である。その後もガチャ配信は進み、何とか目的のキャラクターを引き当てたウミミ。お祝いのコメントが一斉に書き込まれていく。


「いや~致命傷だったわ~。みんな応援してくれてありがとね~。また次回の配信でお会いしましょう! お疲れ様でした~~~」


そう言うとウミミは配信を閉じた。さて、僕もPCを落とすかな。PCの電源を切り、1つ伸びをしてから立ち上がり、部屋のドアを開けた。それとほぼ同時に隣の部屋のドアが開く。


「あ、お疲れ」


「うん~疲れたぁ~」


隣の部屋から出て来た完全にスイッチが切れているこの女性こそ、Vtuber電脳 海美。ウミミだ。またの名を空(ソラ)。


「何か飲む?」


「カフェオレ飲みた~い!」


「了解、用意するからリビングで座っててね」


そう言って2人で1階のリビングへと降り、僕はキッチンへ、彼女はソファへとダイブした。


「ふひひ……アイナたん引けたぁ~! くぅ~~~!」


ソファに寝転がってスマホ画面に向かってニヤニヤとキモ……笑みを浮かべる空。よっぽど嬉しかったのか足をバタバタと動かしている。そんな彼女を見ながら僕は冷蔵庫からコーヒーと牛乳を取り出し、2つのコップに注いでいく。


「はい、カフェオレ……」


2つのコップの内1つを彼女に差し出す。ありがと~なんて言いながらコップを受け取ろうとする彼女の手がコップに触れる前に一言。


「ところで、いくら使ったの?」


「っ!?」


彼女の表情がサーッと青ざめる。コップを取ろうとする手も完全に止まっている。


「いくら、使ったの?」


再度問いかける。僕は笑顔だ。にっこり。


「え~っと……2ケタ行かないくらいの偉人が、データの海に消えたと言いますか……運営さんの明日の焼き肉代になったと言いますか……ビールになったと言いますか……その~……」


「ふぅ~ん……で、今晩のごはん。何にしよっか?」


「あ、あの……私はもやし炒めでいいです……もやしウメー」


青ざめた表情に大量の汗を浮かべ、これはマズいと委縮しちゃっている彼女。まぁ、こんなとこだろう。正直なところ、僕に彼女を責める権利なんて無いのだ。家庭の収入は彼女の活動が主で、僕の収入はバイトだ。家事全般を請け負い、彼女の配信環境を支える為にそういった形で生活している。だからこうして手綱を握る意味で自制を求めたりはするけど、強制したりは絶対にしない。


「ふふっあはははははは! 可愛いんだからな~もう! でも本当に、今月はちょっと控えてね?」


あまりの彼女の可愛さに、思わず笑ってしまう。そうだ、僕は彼女が好きだ。彼女とのこの生活が何よりも大切で好きだ。


「も~! からかったな~! 嫁くんのくせにぃ~!!」


「あはは! ごめんごめん旦那ちゃん。今日は大好きなハンバーグ作ってあげるから」


「やった! 大好き~! ハンバーーーグ!」


嫁くんと旦那ちゃん。Vtuberとそれを支える主夫。それが僕らの夫婦の形。


それが僕らが辿り着いた、幸せの形。


お互いに、身も心もボロボロで、暗闇の中で出逢えた光。


やっとスタートした意味のある人生。


それが僕ら夫婦の、今までにない新しい形の物語。

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