天羽々斬
流生と二人で、暗くなった海岸を西に向かって歩いている。
流生には波の音しか聞こえてないのだろうか?
私の心臓の音は、聞こえてしまってないだろうか?
ウィンディが『海岸でデート』なんて言うから、ドキドキが止まらなくなってしまった。
『良いムードですね。彼氏さん、手くらい繋いだらどうですか?』
「「……」」
また、ウィンディが揶揄ってくる。
暗くて分からなかったが、よく見ると流生の顔も赤い。
試しに流生の胸に手を当ててみた。
私と同じ位ドキドキしていた。
「な、なんだよ?」
「流生もドキドキしてる。私と一緒だ」
「凛がいきなり触ったからだよ」
「本当に?」
「……」
「暗いから、逸れないように手を繋ごう」
「ああ、そうしよう」
森の中を歩いた時と同じように、指を絡めて手を繋いだ。
流生の手が汗ばんでいるが、嫌な気はしない。
『カリンちゃん、お姫様抱っこの方が良いんじゃない?』
「もう、ムード壊さないでよ」
『あら、ごめんなさい』
時々魔物にエンカウントするが、ゴブリンばかりで苦戦することもない。
1時間程歩くと、流生が立ち止まった。
「凛、あれって村じゃないか?」
流生が指差す方向には、粗末な木の柵で囲われた集落があった。
人が住んでいるのか分からないが、取り敢えず、その集落に向かった。
集落には門番がいなかった為、簡単に入る事が出来た。
民家らしき物は有るものの、人は見当たらない。
流生と2人で一軒ずつ、訪ねて回った。
虱潰しに回って行くと、遂に老夫婦を見つけた。
話しかけると、初老の男性の頭上に『!』が表示された。
「「イベントのフラグだ!」」
この集落はイズモモと言う村らしい。
男性はアシナ、女性はテナと名乗った。
老夫婦は末の娘を残して、他の娘を全て怪物に食べられてしまったと語った。
「流生、これって」
「ああ、八岐大蛇をなぞってる。怪物を退治して娘を助けよう」
流生が老夫婦に怪物退治を提案した。
「本当ですか?助けて頂けるなら、娘は貴方の嫁に差し出します」
「ち、ちょっと何言ってるんですか?嫁は間に合ってます!」
「凛、落ち着いて」
思わず過剰に反応してしまった。
ウィンディが、ニヤニヤして私を見ている。
「あの、嫁の話は無しで、その怪物は私達が倒します」
「ワシらには、娘の他に差し出す物がありません…」
「…お爺さんや、あの刀があったじゃろ?」
「あんな粗末な刀、渡すだけ失礼じゃろ」
流生がその刀に興味を示した。
「その刀、見せてくれませんか?」
「本当に鈍(なまくら)ですじゃ、お見せするのも恥ずかしい」
「鈍でも構いませんから、見せて下さい」
「承知しました。少しお待ち下され」
アシナさんが家の中から、古びた刀を持って来た。
流生がそれを手に取る。
「ウィンディ、この刀は?」
『一応ユニークアイテムですが、カリンちゃんの杖には、数段劣ります。レア度7の『
「神剣じゃないか、上出来だ。怪物とは俺達が闘います。この刀は貰って良いんですね?」
「勿論で御座います」
「怪物は何処にいるんですか?」
「あの蛇が現れるのは2ヶ月後で御座います」
「第2期のβまでお預けか?」
流生がガックリと肩を落とした。
「そんなに怪物と闘いたかった?」
「いや、この刀、化けるぞ」
「進化するの?」
「そうじゃない。怪物は八岐大蛇だ。この刀で倒すと、恐らく『
「流生、今日冴えまくってるんじゃない?」
『彼氏さん、本当に大当たりですね。初日に2つもユニークアイテムを手に入れるなんて。他のプレイヤーの皆さんは、最初のボスのラストアタックを狙って、北に向かってますよ』
「俺達は今から行っても間に合わないな。今日はここまでにするか?」
「そうね、私の杖と流生の刀で大収穫だもんね」
流生の提案で、初日の攻略は終了した。
「お爺さん、この辺に泊まる所は有りませんか?」
「宿屋も潰れてしまい申した。何のお構いも出来ませんが、宜しければウチに泊まって下され」
「お言葉に甘えます」
私達は、客間(?)に通された。
部屋の中には、布団が一組敷かれており、その上に二つの枕が並んでいた。
気不味い雰囲気の私達を他所に、ウィンディが大はしゃぎしていた。
「ウィンディ、俺達は一度ログアウトする。明日も頼むぞ」
『は〜い、お休みなさい』
ログアウトすると、私達は流生のベッドの上で手を繋いで寝転んでいた。
「メ、メシの支度するから、凛は休んでて」
「じゃあ、私はお風呂の準備するわ」
「俺はシャワーで良いよ」
「今日は流生も、ちゃんとお湯に浸かって。私の入った後のお風呂に流生が入るのは、未だちょっと恥ずかしいけど、流生の後に入るのは、全然嫌じゃない」
「…凛」
「私最初から流生の事、汚いなんて思ってないよ」
「…分かった、先に入らせて貰う」
「うん、準備してくるね」
私がお風呂を洗っている間に、流生が夕飯の準備をしてくれた。
メニューは、豚の生姜焼き、サラダ、冷奴、しじみ汁。
品数が多い訳ではないが、中学生男子の料理としては出来過ぎだろう。
「美味しそう、流生って料理上手だね」
「大した物は作れないよ」
「ううん。作って貰えて嬉しい」
「口に合うと良いけどな。食べてくれ」
「うん、頂きます」
昼食のカレーも夕飯も、流生の作ってくれた食事は、とても美味しかった。
私は流生がお風呂に入っている間に、片付けを済ませた。
流生の入った後のお風呂は、少しドキドキした。
お風呂の後は、流生の監視の下、リビングで宿題をした。
この辺の事は、流生はとても厳しい。
宿題が一段落すると、時刻は0時近くになっていた。
「そろそろ寝る?」
流生は既に眠たそうだ。
私は未だ遊び足りないと言うか、流生と一緒にいたい気分だった。
「今日、ママ達帰って来ないんだよね?」
「そうみたいだな」
「私達も、TGOでお泊まりしない?」
「……」
「全年齢対象だから、エッチな事は出来ないし、問題ないよ。私、夏休み何処にも行ってないの。2人でお泊まりしたいな」
「…凛がそうしたいなら、
流生が、あっさり折れた。
最初に会った時から思ってたけど、流生は私に随分と甘い。
私に甘いのか、女子全般に甘いのか、ちょっと気になる。
これから色々、試していこう。
「私着替えてくるから、流生は部屋で待ってて」
「また、俺の部屋でログインするの?」
「うん」
私は一旦自室に戻り、パジャマとネグリジェを並べて、頭を悩ませた。
(透けてる訳じゃないし、こっちで良いよね)
ナイトブラとショーツの上から、ネグリジェを被る。
流生の部屋の前で一度深呼吸をし、ドアをノックする。
「流生、入って良い?」
「良いよ」
流生も寝間着に着替え、クッションに座っていた。
「流生、可愛い〜♡」
思わず、零してしまった。
流生の寝間着は甚平だった。
「これ、楽なんだよ」
「似合うよ。お祭に来た子供みたいで、何か可愛い」
「…凛は随分と大胆な格好だね」
「え〜、透けてないし、下着もちゃんと着けてるよ」
「……」
「どう、似合う?」
「う、うん、可愛い」
私は気になった事を試す為、流生の横のクッションに座った。
また流生の顔が、赤くなってる。
これから、もっと照れる事をするのに。
「流生、気になる事があるんだけど、試しても良い?」
「構わないけど…」
「じゃあ、ジッとしててね」
私は流生の首に顔を埋めた。
スンスンと匂いを嗅ぐと、流生が慌てて離れようとする。
「り、凛、何してるの?」
「やっぱり違う。何か違うと思ってたんだ」
「何が違うの?」
「
「そりゃ、違うでしょ」
「そうなんだけど、食べ物の匂いとかは、誰でも同じ匂いを感じるように出来てて、人の匂いとかは、現実(リアル)での記憶に紐付いて、自分の脳内でそれを再現するって、聞いた事があるの」
「俺も聞いた事あるな」
「流生も試してみて」
「良いの?」
「…い、良いよ」
流生が恐る恐る、私の首に顔を埋めた。
スンスンされると、思ったより恥ずかしい。
私もドキドキしてるが、流生もドキドキしてる。
もう、どっちの心臓の音か分からない。
「本当だ。昼間と違う匂いがする」
「でしょ?」
「でも、凄い良い匂いが…、ご、ごめん」
「「……」」
2人とも何を言って良いのか分からず、黙り込んでしまった。
「そ、そろそろ行こうか?」
流生が何とか持ち直してくれた。
「うん、行こう」
昼間と同じ様に、ヘッドギアを装着して2人でベッドに寝転ぶ。
私と流生は、また手を繋いでログインした。
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