小早川陸斗は抱きしめたい
「……」 ←店頭でマスクをアピールする小早川。
b ←親指を立てるコンビニの店員さん。
逢坂のマスクで入店資格を得た小早川は、コンビニに入店する。
国籍不明なドレッドヘアーの店員さんが「ゴメンネ。ワタシルール守るの大事ネ」と白い歯をキラッとさせながらフレンドリーに謝罪してきた。
マハテッド・ジャハティさん、いい人すぎる。
「さて。アイスとゼリーだな」
小早川はデザートコーナーを物色する。
部屋を出る前に好みの銘柄を聞いておけばよかったと今さら悔やむが、自分の好みと女友達の嗜好を信じることにした。女の子ってチョコミント買っとけばいいんだろ。幼馴染の女が言ってたから間違いないはず。
「チョコミントって、どう考えても歯磨き粉の味だよな……」
カゴにアイスをいくつか放り込むが、チョコミントはひとつにしておく。
コンビニスイーツも目に入ったので、女の子が好きそうなチーズケーキやらをカゴに放り込んで、ゼリーやヨーグルトを適当に見繕う。
自分用に菓子パンとコーヒー牛乳を選び、逢坂用のドリンクも購入する。
気になるお会計は2585円だった。
「戻ったぞ」
「お待ちしていました」
部屋に戻ると、逢坂が出迎えてくれた。
「逢坂、500円余ったから返す」
「お駄賃です。受け取って下さい」
「袋の中に入れておくから、後で回収してくれ」
小早川は自分用の菓子パンをコンビニ袋から取り出しながら言う。
「溶けるからアイス選べ。残りは冷凍庫に入れておくから好きなときに食べろ」
「……じゃあ、コレを食べます」
逢坂が選んだのは、バニラアイスだった。
コンビニのPB商品で、ニュージーランド産の牛乳を使用した少しお高めのやつだ。
逢坂はお口を開いて、パクリとかぶりつく。
「美味しいです……私の人生で一番美味しいアイスですっ」
逢坂ははにかみながら、涙で潤む目元を拭った。
たかがアイスでここまで喜んでもらえると、小早川も嬉しくなってくる。
自分も菓子パンを食べようと、逢坂に借りたマスクを外すと――ビリッ。
数十回の洗濯で弱っていたマスクが、限界を迎えて破けてしまった。
「……逢坂のラスト一枚、壊しちまった」
「ふふっ。構いませんよ。そろそろ寿命と覚悟してましたから」
マスクの破損を気にする素振りすら見せず、小動物的な可愛いさで幸せそうにアイスを食べる逢坂の様子に、小早川は「もう心配はいらないな」と安堵した。
自分用に買ったコーヒー牛乳をニコニコ笑顔の逢坂がごくごく飲んでることはスルーしながら、小早川は言うのだ。
「じゃあ、俺は隣の部屋に戻るから」
「えっ?」
「もう大丈夫だろうけど、何かあったらチャイム鳴らしてくれ」
逢坂のコロナもどきは治った。
だから、この部屋に俺がいる理由はもうない。
そう、小早川と逢坂は、同じ高校に通っている、部屋が隣なだけの隣人関係だ。
困った時ぐらいは助け合うが、あくまで他人同士にすぎない。
「待って下さい」
ドアに向かう小早川を、逢坂の声が引き止めた。
振り返ると、逢坂は涙目で佇んでいた。
「あなたに、まだ十分なお礼ができていません」
「気にすんな。たいしたことはしてないし、マスクを壊したからチャラだ」
「でもぉ……」
「じゃあこうしよう。俺に逢坂のコロナがうつった時は看病を頼む」
「私をチャカさないで下さい……」
逢坂の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「一人暮らしが、こんなに不安で寂しいなんて知りませんでした……私、コロナの家庭内感染が怖いって理由でおうちを追い出され……今月のはじめころからずっとここで一人暮らしをしていて……咳が止まらなくなって、熱で学校にも行けなくて、コロナに感染していることがバレたら酷い陰口を言われるからお友達にも家族にも相談できなくて、帰国者・接触者外来に電話しても海外渡航歴がないから相手にして貰えなくて、病院でもバイキンみたいなひどい扱いされて……ひっぐ」
感情が暴走して泣きじゃくる逢坂の告白に、小早川は「ったく」と覚悟を決めた。
逢坂をギュッと抱きしめて、自分の胸で彼女が満足するまで泣かせた。
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