君は言葉の魔法使い
将平(或いは、夢羽)
君は言葉の魔法使い
手のひらを前に付き出せば、その空間がキラキラと光る。
或いは光っていたのは、私の瞳の奥だったのかもしれない。
「わたしっ!おおきくなったら、まほうつかいになる!」
魔法を使って戦う女の子のアニメが好きだった。
魔法、は、テレビの向こうではとてもありふれたものだった。だから、自分もいつかはなれるんだと思っていた。
『特別』な、女の子に。
『選ばれし』、女の子に。
けれど勿論、
魔法なんてものはこの世に存在しない。
それを理解できたのは、この世にサンタクロースなんて居ないと気が付くよりもほんの少しだけ早かったと思う。
「はー。テスト、憂鬱」
平凡。
でも、それもなかなか。そこそこには忙しい。
中学二年生になった私の、将来の夢は公務員。
平凡な毎日。
繰り返すような日々。
でも、毎日が同じではないことくらい知っている。
私は、なかなか、現実主義者になっていた。
手のひらを前に付き出して、前の席に座る友人の背中をタッチした。
「カナ。今日、一緒にテスト勉強してから帰ろー」
前の席に座るカナは振り返って、笑う。
「いいよぉー」
ユリの花。
カナは、百合の花がよく似合うと思う。
何て言ったかな、“立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花”。
そんな感じの、慎ましやかな美人。
切り揃えられた漆黒の前髪が良く似合っている。
眼鏡が知的さを強調する。
「……」
「……」
テスト期間。
全部活は休みになり、普段なら校庭で聞こえるサッカー部の賑やかな声も聞こえない。
私達は二人だけになった教室の窓側の自席で、机を向かい合わせ、静かに問題集を解く。
開けっぱなしにした窓から風が入り、くすんだ色のカーテンを揺らす。
テスト期間。
放課後の、この時間が、私は好きだった。
どちらも言葉を発さない。
ただ、サラサラと問題集の上を滑るシャーペンの音が聞こえる。
チラリ、とカナを盗み見る。
長い睫を伏せてその白い肌に影を作っていたのも、大変絵になる。
ふ、とその視線が上がり、パチリと私と目が合った。
「……なに?」
ふわり、と笑う。
私はその柔らかい笑みに、顔全体が熱を帯びるのを感じた。
「………その、綺麗だな、と……。思って……」
素直に言うと、やっぱり柔らかい顔をして「ありがとう」と笑う。少し、嬉しそうに。
静寂の中に、私の心臓の音が混ざる。
あんまりに煩いから、カナにも聞こえているんじゃないかなと少し不安になった。
現実主義の私はしかし、
現実的ではない恋をしていた。
「……カナ。今日、何時までやる?」
「んー。そのまま塾に行くつもりだから、何時でもいいよ。合わせるよ」
そんな、柔らかいところが好きだった。
カナはあんまり、「No」と言わない。
“柳に雪折れなし“。
そんな諺に出会った時、私は少し、感動した。
魔法使いの女の子は、いつも敵と戦っていた。心が、とても強かった。私はきっと、魔法よりもそっちに憧れていたように思う。
強い人間に、なりたかった。
でもじゃあ、具体的にはどう言うことだろう?
戦うような敵なんて居ない、この世界で。
何に勝つのが、強さなのか?
そんな時に、出会ったのが『カナ』だった。
カナは、クラス委員をしている。
誰もが擦り付け合いをするような、そんな中、手を上げて立候補したのが、彼女だった。
私はそこで、彼女と友達になりたいと思った。
なんて、勇気のある人間なんだろう、と、思った。
「………じゃあ。あと、このページまで。ここまで終わったら、帰ろうか」
「うん。わかった」
また訪れる静寂。
伏せられた睫をまた、盗み見た。
まだ明るい光が差し込んで、頬の産毛がキラキラと光っている。
例えば、そう。
私は既に途切れてしまった集中力を、彼女へ向けていた。
例えば、そう。
妄想する。
彼女こそが、まるで、『魔法使い』。
魅力的で、
強くて、
私を色んな気持ちにさせる。
「……ふふ。ユリちゃん。また私のこと見てる」
ユリちゃん、と。
ユリの花が笑う。
彼女の声で呼ばれる自分の名前が好きだった。
「…ご、ごめんね…!集中できないよね…!もう、行こうか?」
クスクスと笑うカナに、私は少し慌てた。
まさか気持ち悪がるなんて彼女はしないだろうけど、それでも、自分が少し不審な自覚はあった。
「んーん。いいよぉ。大丈夫。だって私、ユリちゃんと居る時間、好きだもん」
「っ…!」
かぁっと、今度こそ、耳まで一瞬にして赤面したと思う。
ああ、彼女は。
こんな風に、言葉の魔法を使う。
ー終ー
君は言葉の魔法使い 将平(或いは、夢羽) @mai_megumi
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