想うままに愛ぜる
日曜日、
「子供の相手は、なんだか体力の減り方が大きいですのー」
そんなぼやきを織り交ぜつつ、奇乃はぐったりと体の力を溶かして崩れている。
今回も
猫のように日溜りに転がる奇乃に、人影が一つ、差し込めた。
「すまないね。いろいろと苦労を追わせてしまっている」
切り分けた西瓜を乗せたお盆を持った
奇乃はのっそりと体を起こして、居住まいと乱れた髪を直す。
「いいえー。一宿一飯どころではない恩を返しているだけでしてよ」
奇乃は二人の間に置かれた西瓜に期待の眼差しを向ける。
ちら、と景隆の顔を覗い、彼が庭を真っ直ぐに見ている目を盗んで、先に西瓜に手を伸ばした。
しゃくりと食めば、よく冷えた西瓜の瑞々しさが喉を通り抜けて
「おいしーですわー」
「それは良かった」
景隆はにこりと微笑み、自分も西瓜に手を伸ばした。
「今日は
景隆に問いかけられた奇乃は、もごもごと西瓜の種を舌で転がしていて、すぐには答えられなかった。
種出しに添えられていた小皿を手に取り、唇に寄せてことり、ことり、と種をあけていく。
「昨日は思ったよりいろいろありましたわ。あんまりいっぺんにいろいろやると、頭がパンクしてしまうと思いましたの」
「なるほどね」
言うまでもなく、実景は友人という存在に慣れていない。
たくさんの期待や希望を詰め込んで肥大化した感傷が、実現していけばそれだけ実景の心は埋まり、そして埋もれていって、決壊もするだろう。
意外に思われるかもしれないが、奇乃はその辺りの許容量を見極めながら、実景と付き合っている。
「しかし、早く帰らないと親御さんが心配しているのではないかな。家の娘が落ち着いて友達と接するようになるには、かなりの時間が必要だと思うのだが」
「心配っていうか、毎日メールで怒られてますわー。電話とか絶対出たくありませんわね。時すでに遅しですわー」
あっけからんと、もう親の雷は避けられないと告げる奇乃に、景隆は苦笑するしかなかった。
「一度帰って、また来ればいいんじゃないかね。いくら家出してたとは言っても、二度と家から出されないなんてことにはならないだろう?」
「それはそうですけれど」
奇乃は困り顔で、白い底を見せる西瓜に歯を立てる。
「初めは、底まで沈んでいる心も、手を差し伸べて引き上げれば浮かび上がると思ってましたの。でも、そうしたらその心は好き勝手に跳ね回って自分で制御も出来てませんでしたから、縄をかけて牽引してるんですけれど、この縄を今外すと今度は暴走して、それこそ何をしでかすか分かりませんの。燃料切れにでもなってくれれば誰かが傷つくこともないんでしょうけど、実景ちゃんは馬力だけじゃなくて熱情も高すぎて息切れするのを待つより、どうにか舵や羅針盤なんかを取り付ける方が現実的なのですわー」
奇乃はつらつらと所感を述べて、指の力だけで西瓜の皮を割った。
綺麗に真っ直ぐな境目で二つに分かれた皮を、恭しくお盆に戻す。
景隆は、頬に冷や汗を垂らしていた。なぜなら、奇乃が推測ではなく、観測として我が娘の心の動きを述べているからだ。
その内容は、父親として景隆が推察して、そうと知られずにいるなら奇乃は帰宅を促し、自分が債務を果たそうとしていたものとほぼ一致する。
それどころか、奇乃の方がより精確に観ているとまで直感する。
「いろいろと観えてしまうと、どうしても人よりも物事が気にかかってしまうのですわー」
奇乃の眸は、外観だけならば一般人となんら変わり映えしない。
ただし、その機能は見た目で判断できるとは限らない。
武芸者であれば、その目で相手の強さや先の動きを視るだろう。
巫女であれば自然と季節の移ろい、或いはその魂の声までもその目で診るのかもしれない。
陰陽師であれば魂魄がどのように存在しているのかを、その目で看るのだろう。
奇乃の眸は、人の能力や状態を観る機能が備わっている。
筋肉の量、骨格の歪み、肺活量、空腹状態、心の浮き沈み、恋愛感情、熱意、年齢、細胞数、心肺機能、神経の興奮状態、その他、ありとあらゆる身体と精神の情報が奇乃には観えている。
遠巻きに見ればぼんやりと、近くで見続ければ、奇乃だけに理解出来る数値としてはっきりと判別が出来る。
「
奇乃が目を伏せると、睫毛が目元に影を落とした。
一応、実景の精神は、奇乃が関わることで少しずつ安定に向かっている。
けれどその安寧は、奇乃に寄りかかったものであるのも事実だった。
「強いとか弱いとか、体と心で別物だっていうのは、いつも厄介だと思いますわ」
健康な肉体に、健全な精神が宿ると世間は謳っている。
それは事実であっても絶対的ではない。
人の百倍心が弱くて社会で生きていけない子供が、運動を通して健康な体と自信を付けてやっと、人前に出て失神しないでいられるくらいには強くなれた、なんて現実が幾つも奇乃の眸には映し出されてきた。
健全な精神という言葉には、より、という修飾語を被せないといけないだろうと奇乃はいつも思っている。
その言葉を述べた本人と同程度に健全な精神に至れるという意味で使うのならば、それは如何にも自分善がりな言葉だ。
「まぁ、でも、実景ちゃんはなんだかんだ言って、社会で疲弊した社畜な大人の皆さんよりはメンタル強くなる素質ありますから、そうまで心配してないですの」
精神が病んでもなお自我を酷使して働き続けなければならないような最悪な環境に置かれた病人と比べられても、ちっとも安心出来ないのだが。
奇乃の眸には、日本の大半がそうであるから、平均より上だと本気で発言している。
「もしかして、君が就職をしない理由は――」
「勿論、この眸も理由の一つでしてよ。どんな会社に入っても、
暗い顔を向ける景隆に、奇乃はにへらと緩めた笑顔を見せる。
「心配ありませんわ。地獄を見せられたくらいでへこたれるような弱い生き物だったら、
「少しも安心できないんだがね、その発言だと!」
今の世には珍しく真面で子煩悩な大人の悲痛な叫びに、奇乃はどうしようもない気持ちで愛想笑いの声を上げた。
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