だかだかと片を付ける
気配を鋭く研ぎ澄ます奇乃に反応して、実景も彼女が細めた目で見る先を追った。
彼女達の視線の先では、制服を着た女子が、にやついた三人の男に取り囲まれて路地裏へと消えて行った。
「あれ」
「どう見ても不穏な雰囲気ですのー」
実景は涙をすぐに引っ込めて、立ち上がった。
けれど、その足が踏み出される前に、奇乃が口を挟む。
「あの連中、荒事に慣れてるっぽいですの。実景ちゃんはそこに割り込んで、戦えますの?」
奇乃に
力を奮って人に恐れられるのは嫌だ。でも連れて行かれた彼女は救いたい。
自分の平穏を望む気持ちと、悪を許せない正義の気持ちとが二律背反している。
それに、彼女は実景と同じ高校の制服を着ていた。そんな取るに足りない一致が、実景に助ける理由を積み重ねる。
奇乃は日射しに焼け付いた肺の空気を吐き出して、立ち上がった。
「実景ちゃんはあの子を連れて逃げるのに専念なさいませ。手を出してくる相手は
奇乃は一方的に言って、駆け出した。
実景は慌ててその背中を追う。
奇乃はさっきの集団が消えた路地裏に入り、一つの廃ビルを睨みつけて、迷うことなく飛び込んだ。
「こんな崩壊間近のビルなんて、さっさと打ち壊せばいいですのに」
中途半端に放置されているせいで、悪ガキ連中に良いように利用されている現状に苛立たしさが奇乃の喉から込み上がる。
二歩遅れて、実景も廃ビルに踏み込んできた。
黴と金物の匂いに混じって、生温い鉄と饐えた匂いがして、奇乃はここで為された悪行を知り、顔を顰める。
奇乃の眸には、このビルにいる十二人の情報が捉えられていた。
その殆どが、三階の一角に集っているのを見て、奇乃は剥き出しになっている鉄骨に足を掛けた。
膝を折り、足の裏に体重をぶつけて、奇乃は一息に一階層飛び上がり、二歩目で三階へと飛び移った。
床も剥がされていて吹き抜けが多くなっているから、飛び跳ねても障害が少なく、奇乃は助かったと考える。
お陰で、男達が取り囲んで手を伸ばしていた彼女の制服が破られる前に乱入出来たのだから。
「邪は
奇乃はそんな言葉をぽつりと溢して、男が取り囲む陣形の中へと飛び込んだ。
「んぁ?」
突如として目の前に現れた奇乃に、怯える女子に手を伸ばしていた男が間の抜けた声を上げ。
パシッ、と小気味いい音を鳴らして、奇乃がその手を引っ叩いた。
「嫌がる婦女子に手を出すとか、最低ですのー。寄ってたかって襲わないと女の子も口説けないとか、そんなに自分達のクズさ加減を勝ち誇りたいんですの?」
奇乃を見て、やっと意識がその姿を把握して、目を見開き、次いで顔を怒りに歪める男が罵倒を口にするよりも早く。
その袖口を右手で掴んだ奇乃は、大縄跳びを回すように腕を大きく振るって、男の体をギャグマンガよろしく空中に回し、そのままコンクリートの打ちっ放しが露出している床に叩き付けた。
人一人分が退けて生まれた隙間に、実景が駆け込んできて、連れてこられた女子生徒の手を取り、そして走り去った。
実景と女子生徒の姿を追って首を巡らせた男の頭を、奇乃の回し蹴りが直撃して二メートル程吹き飛ばした。
その体は呆気なく床を滑り、痙攣して意識を失っているのだと仲間達に知らしめる。
「な、んだ、てめぇんがっ!」
やっと誰何の叫びを上げた一人の顎を、奇乃は下から掌底で打ち据えた。
奇乃の力で無理矢理に噛み合わされた歯が舌を食い破ったらしく、血が数滴、宙に放り出された。
三人を使い物にならなくさせた奇乃は、踵を返し、実景の後を追って走り出した。
「この、アマ! 逃がすな!」
一人の男に指を指されて、まだ健在な連中が雄叫び上げて奇乃を追った。
しかし、奇乃からしたら酷く足の遅いその一団は一切無視して、奇乃は床が取り外された穴を飛び降りる。
両膝を揃えて畳んで、落下の勢いのまま、実景とその手を繋いだ女子生徒に取り縋ろうとしていた男に体重を全て直撃させた。
声ごと潰れた男を踏みにじって奇乃は立ち、そして踏み込み一つで姿を掻き消した。
実景達の前へと縮地した奇乃は、階段を押さえようと立ちはだかる見張りの男の胃袋目掛けて、加速の衝撃を掌に乗せて叩き込む。
奇乃の手を支えにして宙に浮かんだ男は、胃の中身を盛大に口からぶちまけて気絶する。
「奇ちゃん、もうちょっと綺麗に……彼女が引いてるから」
小走りで近寄る実景が申し訳なさそうに奇乃に苦情を入れた。
奇乃が人の感情が抜け落ちて褪めた目で見れば、実景と手を繋いだ彼女は口元を押さえて顔を真っ青にしていた。
「……ごめんなさい、ちょっと調子に乗ってましたわ」
奇乃は肩の張りを緩めて、目に人の温もりを僅かに戻す。
そして首を振って、実景に先に行くように促した。ここから先、出口まではもう潜んでいる者はいない。
実景は頷き、被害者の彼女の背を擦って早足でその場を後にする。
それから七秒も遅れて、ドタバタと足音を鳴らして男達がやって来た。
数えれば、見張りでそこここに隠れていたのも集まって、一塊で来てくれたようだ。
しかしその内の何人かは、奇乃の足元で吐瀉物に塗れた仲間を見て、怖気づいている。
「なんだ、お前はよ。セイギのミカタのつもりかよ」
さっきも他の連中に指図していた男が、憎々しげに奇乃を睨む。
それに奇乃は肩を竦めて答えた。
「いーえー。友達が助けたいっていうから、付き合ってるだけでしてよ」
そう言って、奇乃は踏み込みに邪魔になる足元の男を蹴飛ばして転がした。
「ま、オレが気に食わねってのもあっけどよ、やんのはかわんねがら、さすけねべな」
奇乃が口汚く田舎言葉で吐き捨てて。
右足で床を踏み抜けば。
中途半端に砕かれていた床は、乗せている男達の体重に耐え切れなくなって崩壊した。
足を崩した一番近くの男の股間を、奇乃が蹴り抜いた。
絶叫を置き去りにして、横にいた別の一人の足を払い、さらに体を回転させて回し蹴りを重ねて吹き飛ばす。その先は、たった今床を失った空洞が一階へと口を開いていた。
奇乃は浮かんだ足を真下へと叩きつけた。
指を引っかけて落ちるのを拒んでいた男が一人、踏み躙られた痛みに叫んで落ちて行った。
奇乃は振り向き様に、背後に迫っていた男の首に肘を突き刺した。
その男の喉が詰まって、ひゅぅ、と情けない
奇乃は回転を止めずに遅れて振り抜いた指を相手の顎に引っ掛けて、ぐるりと天地を引っ繰り返して床に捨てた。
開けた視界に、右足を上段で振り抜く。
加減を間違えて、肋骨に皹を入れてしまった。しかもその相手は吹き飛んで砕けた床を跳ねて、破片と一緒に落ちて行った。
自分の過ちに空白になった奇乃の意識の隙間に、最後の一人、リーダーらしき男が組んだ手を槌のように振るってきた。
奇乃は迫りくる拳を睨み。
頭を前へ差し出した。
奇乃の額が、相手の指を砕いて血を舞わせた。
男の顔に驚愕と恐怖が同時に走る。
奇乃の右手が男の襟ぐりを掴み、自分へと引き寄せて。
軽く引いてから再び押し出した額で、男の鼻の下を打ち抜いた。
鼻血を溢れさせる男の顔面に、奇乃はさらに蹴りを振り抜いて吹き飛ばした。
落ちてきた頭目掛けて、反対の足の膝を突き出した。
反対方向へと押し出されて跳ねる男の体を、両手の拳を順番に叩き込んで姿勢を正させて。
奇乃は最後に回し蹴りを股間に叩き込んで、男を再起不能にしておいた。
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