第15話 お金持ちのクリスマスパーティーに潜入
ある日、友人がこんなふうに誘いかけてきました。
「
美味いものを食べられる……それは素敵! でもうまい話には裏があるものです。
「怪しいなあ。それってもしやエロい社長が主催する、遊ぶ女をみつくろう系のパーティーなんじゃないの?」
世の中にはそういうのがあるんですよ。そういうのはお断りです。
「そんな怪しいやつじゃないよ、まともなお金持ちのパーティーだよ」
まともなお金持ち……。
「主催者は女性だし、参加する人も女性がメインだよ」
そうか、まあ、それなら行ってみるか、ということで私は軽い気持ちでOKしたのでした。
場所は、とあるマンションの一室と聞かされていたのに、いざ到着してみたらマンションの1フロア全部がその女性宅でした。確かに1室と言えなくもないけど。
お部屋には勝手に入っていい、むしろインターフォンは鳴らさないように(ゲストが到着するたびに鳴るとうるさいからとのこと)と事前に言われていたので、恐る恐る中に入りました。一般家庭でいうところの玄関には12畳ぐらいのエントランスホールがあって、中央にクリスマスケーキがドーンと置いてありました。ウエディングケーキかな? っていうぐらい大きかったです。なぜこんなものが玄関に? ディスプレイ用のケーキってこと?
その奥にはグランドピアノがドーン! チェロもドーン! 一般家庭でチェロとか見たことない。
部屋のすみっこのほうには、真っ白なクリスマスツリーがパーティー感を出すために臨時に置かれた感を醸し出しておりました。
入り口からお金持ちっぷりを見せつけられ、すっかりビビりながら奥へと進んでいくと、リビングらしき30畳ぐらいのお部屋の前にやってきました。そこがクリスマスパーティーの会場でした。30畳って書きましたけど、本当のところはわかりません。広すぎて見当を付けられないのです。マンションの一室とはとても思えない広さです。さすが1フロア。ダンスパーティーとかできそう。
窓や壁には星のガーランドが飾り付けられ、フロアではドレスアップした男女がなごやかに談笑しておりました。20人ぐらいいたでしょうか。子供たちも数人いました。なんだか習い事の発表会に出るようなドレスを着ていて、大変可愛らしく、また微笑ましい感じもしました。
部屋のあちこちに花が飾られたテーブルが用意されており、椅子は壁際に寄せられていました。どうやら立食パーティーのようです。3、4人ほどシェフらしき姿の人がおり、忙しそうにテーブルの間を動き回っておりました。
「シェフを何人も呼んでるとか……、なんかもうお金持ちすぎて怖いんだけど!」
友人にそう言うと、
「そうでしょ! すごいだろ~」
なぜか自慢げにする友人。いや、褒めているわけじゃなくて、私たちって場違いすぎないか? って言ってるんだけど! 大体なんでこんなお金持ちと知り合いなの?
「料理教室で知り合って、仲良くなったんだ」
なるほどぉ……。
私たちが、というか私が部屋の入り口でビビってかたまっていると、深い青のロングドレスを着た女性がこちらにやってきました。彼女がこのパーティーの主催者であり、このマンションにお住まいの方でした。その華やかな雰囲気とゴージャスなお召し物から、以後、敬意を込めてマダムと呼ばせていただきます。
友人はマダムと笑顔で挨拶をかわしたので、私もあわあわしながらご挨拶しました。
マダムは私たちをエスコートして、お部屋の真ん中まで連れていってくださり、その場にいた方たちに紹介してくださいました。
はい、ここから自己紹介タイム開始です。もう順番に「はじめましてゴオルドです」「はじめまして」「はじめまして」を連発していきます。
ご挨拶をした方は、有名お菓子会社の重役、化粧品会社の社長、銀行員、医者、キャビンアテンダント、弁護士等々……なんかすごい肩書きの人ばっかりでした。私はというと、「家賃を滞納しているキャバクラに取り立てにいく仕事をしております」なんて言うわけにもいきません。「あっ、キャバクラだけじゃなくて普通のバーとかカフェにも督促状を送りつけたりしております。しかも手書きで。筆圧を強めにして」とか言えません。といっても職業を隠したいわけではなく、なんといいますか、この場にふさわしくない話題だと思ったのです。だから私はかわりに出身地を言ってみたり、出身校を言ってみたり、場合によっては趣味を語るなどして、どうにかこうにかおのれの仕事については隠して、おしゃべりに加わりました。
女性弁護士さんとお話ししたときは、身に付けてらっしゃるネックレスの真珠が大きくて、しかもゴールデンパールで、巻きが厚そうな輝きで、なおかつリングとピアスの3点セットで、お金持ちオーラにビビりまくりでした。それに比べて私がつけていた一粒パールのネックレスのなんと控え目なことよ。精いっぱいのおしゃれだよ! も~、えぐいほどの収入差が一目瞭然。
しばらくして、マダムがマイクを持ち、クリスマスパーティー開始の挨拶をしました。
さあ、いよいよご馳走タイムの始まりだ~! と思ったら、子供たちがいつの間にかヴァイオリンをそれぞれ持っており、クリスマスソングの演奏を始めたのです。
おお~、この子たちはヴァイオリンを習っているのね!
お金持ちの家の子なのかな。
マダムとはどういう関係なのかは不明です。そもそもこれはどういう集まりなのか全然聞かされないまま私は参加しておりますが、どうやら音楽関係の集いであることは間違いないようです。
演奏が終わり、大人たちのあたたかい拍手で少し顔を赤くした子どもたちに、マダムが「素敵な演奏のお礼を受け取ってね」といって、隣室を指さしました。何やらプレゼントが用意されていた模様。子供たちは隣室へとすっ飛んでいきました。
一体何がもらえるの! 知りたい!
お金持ちからのプレゼントって何なのか気になる!
私も子供たちと一緒に隣室に行きたい気持ちになりましたが、さすがに我慢して(あとで機会があれば子供たちから聞きだそう)、表面的にはプレゼントには関心のないふりをして、化粧品会社のお姉様とお話しさせていただきました。美容関係のお仕事をされているだけあって、メイクも綺麗だし、お召し物もおしゃれだわあ~。
そして、念願の立食パーティータイムが開始です。
意外なことに、食事にがっついたのは私だけではなかったことをお伝えしておきます。もうみんなワーっとご馳走に群がっていきました。ふはははは、ちょっと親近感。
で、どれも美味しいけど、どれも何なのかよくわからない。凝った洋風の何かってことしかわからない。シェフに聞いても、なんか記憶に残らないカタカナしか言わない。キャとかフィとかラとかしか言わない。
ハモンセラーノっていう生ハムと、ドラゴンフルーツとチェリモヤっていう果物はこのとき生まれて初めて食べました。マンゴスチンもこのときが初めてかもしれない。何もわからない私でしたが、たまたま近くにいらっしゃったキャビンアテンダントの方がフルーツについては教えてくださいました。料理の名前は覚えられなかったのに、フルーツ名はすっと記憶できました。その方の声が聞きやすかったとか?
お酒も和洋それぞれ種類豊富でしたが、あまり詳しくないので何を飲んだのか全然わかりません。美味しいってことしかわかりません。
気になるものは食べ終え、2週目に行くか、まだ食べてないものに挑戦するかどうかで悩んでいたら、またマダムがマイクで話し始めました。
「ピアニストの〇〇さんをお招きしておりますから、今から演奏を聴かせていただきましょう。皆さん、エントランスのほうへ移動してください」
まじか~、家にピアニストを呼んで演奏してもらえるんか~。
お金持ちパネえ! っていうか、マダムは何も弾かないのですね。どうしてなんだろう。演奏家ではないのかな? ここまできてもまだマダムのことさえ不明です。料理の名前も一つもわかりませんし。フルーツ名以外のことは何もわからないまま、私も皆さんと一緒にグランドピアノの近くに移動しました。
【演奏(たららら~ん♪)】
プロの演奏にうっとりした後は、マダムはなぜか紙でできたトンガリハットをかぶり、「クイズ大会ー!」と叫び、こぶしを天に向かって突き上げました。お、おお……つまりこれからクイズ大会が始まるんですね。了解です。何もかもわからない私ですが、逆にクイズなら少しはわかるかもしれません。
クイズ大会でわちゃわちゃしているときに、子供たちと接する機会があったので、私は小声で聞いてみました。
「もらったプレゼント、何が入ってたの?」
「まだ見てない」
「そっかあー。今ちょこっと開けてみない? だめ?」
「もう車に置いてきちゃったもん、無理だよ」
そっかあー……。プレゼントの中身もわからない、と。
私、クイズ大会は準決勝までいきました。わりと健闘したんじゃない!?
そして、パーティーの締めくくりにはクリスマスケーキが運ばれてきて……って、エントランスにあったケーキじゃなくて、なんか別のケーキが出てきた!
パティシエがケーキを切り分けている時に、「エントランスのケーキは食べないの?」と私の隣にいた子が声を上げました。おお、私も同じことが気になってた! よくぞ聞いてくれた。
パティシエが答える前に、マダムが「あのケーキは外に出しっぱなしだったから、ぬるくなってしまっているの」やっぱり食べない前提のケーキなんですね。もったいないって思っちゃうなあ「ぬるくてもいいよ、食べてみたい!」うんうん、だよね!
マダムはくすっと笑いました。
「まずはこちらのパティシエ自慢のケーキを食べてね。エントランスのケーキはその後にどうぞ」
パティシエ自慢のケーキはオーソドックスな苺のショートケーキだったんですが、スポンジがしっとりふわふわ、クリームはこくがあるのにクドくなくて後味すっきりという、大変な美味しさであっという間に完食しました。では、エントランスのケーキも頂戴しますかと向かってみたら、既に数人の子供と大人たちがケーキをいそいそと切り分けておりました。
みんな行動が早い! ケーキはめちゃくちゃ大きいから慌てなくてもなくならないのに、どうしてそうがっついているのでしょうか(私も人のことは言えないけど、私は富裕層じゃないのでがっついてもよいと思っている)。
エントランスのケーキも、飾り用とは思えないぐらいイチゴがたっぷり使われたケーキで、こちらも大変おいしくいただきました。
パーティーが終わるころ、私のおなかははち切れそうになっておりました。
ご馳走様でした!
――
こういうお金持ちのパーティー、私は貴重な経験をさせてもらえてありがたかったですが、でもお金持ち側にはいったいどういうメリットがあるんでしょうか……?
お金はかかるし、疲れるし、御自宅だから掃除とかも大変だと思うんですけど。親しい友人たちの集いっていう雰囲気でもなかったし。みんなどこか他人行儀な感じ。
そもそもあのマダムは何者なの? 友人よ、何か聞いてないの?
「聞いてないけど、旦那さんがすごい人らしい」
「すごいって、何がすごいの」
「知らない」
も~。私には言えない事情でもあるのかな。黒い業界の人じゃないでしょうね。
「それはない」
なんで断言できるんだろう。やっぱり友人は全部知っているのかなあ。もしや芸能……。
その後、その友人とマダムの交際は途絶えてしまい、私もその友人との交際が途絶えてしまい、クリスマスパーティーには二度と参加できませんでした。
ほんと何者だったんだろうなあ。
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