213 魔王(ハイロード)への神化

「私は今まで生きてきて貴方ほどに興味を引かれた殿方はいないの」


 アルピナは荒い息を吐きながらも、笑みを浮かべながら俺を見つめている。まだ生きている、というより生かされている、か。俺は彼女のそばへと腰を下ろすと、その体を引き寄せる。

 意外な行動にアルピナは驚いた様子だったが、俺の顔に浮かんでいる表情を見て薄く笑う。

「憐れみ、じゃ無いわね寂しいのかしら?」


「俺はアンタに助けられてる。別に殺し合いをしたいとも思ってなかった、でも敵になったらどちらかがこうなるってわかってるさ」

 複雑な思いだ、一〇年前に俺は成り行きでアルピナと戦って奇襲に近い攻撃で勝った、でも正直言えばあの時勝てたのは能力チートの発動が大きい。

 そして今回も……心に響いたあの無機質な声が一〇年前と同じく能力チートの存在を強く感じさせる。これが無い場合俺はあの魔力の射出をコントロールできたのか? いや……できないだろう。

「ウフフ……貴方が一〇年前に使った魔法、クラウディオも話をしていた貴方の特殊な能力……それは全てよ、だからそんな顔しちゃだめ」


 意外なほど俺を理解してくれている言葉をかけられ。少しだけ涙が出そうになる……そうだったアルピナは基本俺には優しいのだった、ちょっと性癖と言動がキモいだけで。

 だが終わりの時間は刻一刻と近づいていく……何度か咳き込むと彼女は残った腕を俺の肩へとそっと回すと微笑む。

「殺せるのでしょ? 時間がなくなるわよ。それと最後にワガママを言っていいかしら?」


「ああ……なんだ?」

 俺は手に魔力を集約していく……切開クリーヴ、囚人相手に使った時俺はこの魔法を受け取ってしまったことを心底後悔した。

 この魔法は自分自身が行なっている生命……いや魂の尊厳に対して罪を犯している気分にさせられる。あの時に、俺はその呵責に耐えきれなくなりダニエラという女性に癒しを求めてしまった。そのことはアイヴィーにもアドリアにも、誰にも話せていない。

「私を抱き寄せて、貴方の腕の中で逝かせて……」


「……わかった」

 俺はそっと彼女の体を抱き寄せると、アルピナはほうっ、と深いため息をつく。少しだけ彼女を抱き寄せるような格好になってから、じっと目を見つめて俺は切開クリーヴを展開している左手を彼女の胸へと添える。

 アルピナの顔は今まで見た何倍も美しい整った容姿に見えた。本来彼女は美しいのだ、混沌ケイオスという要素によって本来の性格や、見た目が捻じ曲げられているだけで、本当は……。

 彼女の胸へと俺の手が光り輝きながら食い込んでいく……少しだけ顔を顰めるアルピナ。少しだけ色っぽいような、見るものをどきりとさせるような、艶のある苦痛に歪んだ顔を見せる。

「……貴方の手熱いわね……でも優しい、それほど怖くないわ」


 そのまま切開クリーヴの光は彼女の体を包んでいくと、アルピナの体に大きく細かくヒビが入っていく。それと同時にアルピナの記憶が俺へと流れ込む……優しい両親、仲の良かった女友達の顔、神を知る者ラーナーとなるまでの人生、屈辱、恐怖、そして混沌ケイオスへの堕落フォールダウン

 次々と彼女が見てきた光景が俺の中へと流れ込んでくる……混沌の戦士ケイオスウォリアーとしての行動、残虐な振る舞い、だがしかしその中でも強く刻まれている子供の頃の俺の顔。そして、傷ついた俺の顔をそっと撫でる自らの手の記憶……その時に感じた確かなる愛情。

「……ああ……解けていくわ、私が貴方の中へと……一緒になれるのね、私は……身も心も貴方のものに……」


 次の瞬間、パリンと軽い音を立てて彼女の全身が大きく砂のように崩れていく。それはまるで肉体が灰にでもなったかのような、それまで目の前に存在していた彼女の肉体には全く意味がなかったかのように崩れ落ちていくのだ……魂の欠損と破壊、それによる崩壊が始まりアルピナの命が俺の中へと流れ込んでいく。そしてもう一つ、俺の体の中に大きな変化が生まれていくのを感じた。


<<イベント神性への道クエストの第一段階が完了しました>>

<<希少アイテムである堕落の種子シードを吸収しました。これにより魔王ハイロードへの神化を認めます>>

<<個体名:クリフ・ネヴィルの神化を開始します……>>

<<記憶を元に神化後の能力を構成します……>>


「やあ、ようやく神化に手が届いたね」

 急に周りの風景が暗く、そして灰色がかったように色を失っていく……どういうことだ? 全てが静止したような灰色の世界の中に、見覚えのある黒い影が現れる。

 真っ黒な影絵のような人形に、真っ赤な目と口を付け足したような雑な造形……だ。

「……またアンタか」


「先ほどの君の行動見ていたよ、そのまま彼女の死体とのかと思ってハラハラしたよ」

 ゲスいなこいつ……ケタケタと笑うと彼女は立ち上がった俺の顔を覗き込むような仕草をしている。そのまま俺の中を覗き込むかのような、値踏みするかのような顔をしながら、何度か考えたりほーと声を上げたりとこちらが理解できない行動をとると、再び俺に微笑む。

「いいね、君の心にある魔王ハイロード、不思議な能力を持っているねえ」


「……どんな能力なんだ?」

 自分ではどうしたら使えるのかわかっていないからな……あえて彼女に聞いてみるが、彼女はクスクスと笑うだけで答えようとはしない。

 なんだよ、教えてくれないのか……俺がため息をついて再び座り込むと、俺の頬に両手をそっと添えると、大きく口を開けて咲う。

「君はもう能力を理解しているよ、魔王ハイロードとは魔法能力に長けたもの、というだけじゃない。この世にありながら亜神デミゴットとして存在するものであり、人では無いものだ。君が望むものを顕現する、その能力の範囲内で」


 彼女は頬から手を離すと、その掌の上に俺が夢で見たあの四本腕フォーアームの少し雑なイメージを作り出す。そうか……そこで俺は理解をする。

 ずっとあの時に昔の、転生前の夢を見たのかずっと疑問だった。既にあの時に具体的な概要アウトラインはつくられれていて、きっかけを求めているだけだったのか。


「理解したかな? では君はすぐに動かなければいけない……風に乗りて歩むものウェンディゴがコントロールを失いつつある。ほっとくと大事な人が死ぬよ」

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