166 月の都(ムーンパレス)へ
「では馬車で二日程度ですが……よろしくお願いします」
俺たちを迎えに来た皇都にある
少し心配そうに見送る伯爵……そういえばここに戻ってきた時、マルティンはいなかったな。行先も聞いていなかったが、皇都に滞在しているのであればそのうち会えるだろうとは思っている。
「皇都……
「そうだねえ……俺は王国の首都の魔法大学にいて、その後聖王国で学んだけどそれでも大きさの違いで驚いたからね……」
オーペの問いに素直に答える俺……まあ、彼が蛮族、と揶揄するくらい俺の住んでいた国や村は小さい規模だったんだな……と今では素直に思える。
「レイヴァーディンか、あそこはかなり巨大な都市ではあると思うが……
俺も……聖王国の図書館を見ていて初めてその名前と存在を知ったレベルなのだ。それくらい情報がない。
海を支配し、独自の船団を世界中に派遣して海賊行為をおこなっているとか、
「
俺とオーペの話を聞いて、ロスティラフが口を開く。先日の告白からロスティラフはずーっと何かをぼんやり考えている風だったが、皇都へと向かう旨を伝えると黙って頷き……俺たちについてきている。
「ロスティラフは行ったことあるの?」
ヒルダが無邪気な顔で、ロスティラフに問いかける。そんなヒルダを見て優しく笑うと首を横にふる。
「いえ、実際には赴いたわけではないのです。過去あの国は
「え!? そ、そんなことが……私知らずにごめんなさい……」
ロスティラフが少し寂しそうに語り出す……ヒルダはそんなつもりではなかったのに、と慌ててロスティラフの頬に手を添えて、懸命に謝っている。
「いえいえ、私も実際に彼らと戦ったわけではないので大丈夫です。ただ、そう言うこともあって
ロスティラフは優しく笑って、ヒルダに大丈夫だと言わんばかりに肩をポンと叩く。最近ロスティラフは本当に一人でいることが多かったので、ヒルダが積極的に話しかけていること自体は本当に良いことだと思う。
ロランがそんな二人の様子を見て微笑を浮かべながら……いつの間にか習ったのか
「歌は期待しないでくれよ? 自慢じゃないが俺は音痴なんだぜ」
ロランの軽口で笑い声が起き……馬車は街道をゆっくりと進んでいく。
「陛下! ハーヴィー・フィネル御身の前に」
「ハーヴィー、この度の残党討伐大義であった。
「私は陛下の剣、
「ハーヴィー、お主の功績に準男爵位は小さすぎるな、私の名により本日より帝国男爵を名乗ることを許す。」
帝国男爵……あの兄の爵位に後一つと迫った。その事実にハーヴィーは喜びの感情が爆発しそうになるが……なんとか冷静さを取り戻すと、声が震えていないかどうか少し不安になりながらも……声を絞り出す。
「ありがたき幸せ……フィネル家の一員として、陛下のご威光に恥ないよう貴族として努めてまいります」
「ハーヴィー、兄と会っていくか? それと明日には私の客人が来る。ぜひお前と合わせたい」
兄……か。年がそれなりに離れた兄ではあるが、フィネル家の歴史上帝国で最も権力を持った人物、セプティム・フィネル。憎しみともなんとも言い難い感情を抱えながらも、これが皇帝陛下による何かの試練なのだ、とハーヴィーは考え……跪いたまま答える。
「兄とはもう何年も会っておりませんでした、もし近況を報告できるのであれば、面会の時間をいただきたく。それと……陛下の客人とは?」
「
その言葉に訝しげるような表情を浮かべるハーヴィー。私に縁がある? 冒険者風情には縁などないのだが……とはいえ、陛下直々の命令だ、断るわけにはいかない。
「承知いたしました、その冒険者……
その意図はわからなかったが、ハーヴィーは何か不快さと言い知れぬ不安さを覚える。
「よろしい。お前には期待しているぞハーヴィー。それと
訓練場では
帝国貴族の練兵というと、実際には隊長クラスの兵隊が訓練をしているところを貴族がワインを片手に眺めている、という風景が多いのだが彼は違う。兵士たちの様子をきちんと見回り……
「兄上……ご無沙汰をしております」
ハーヴィーは……表情を変えずにセプティムへと頭を下げる。セプティムは少し考えるような仕草をした後……それが成長した自分の実弟だと気がつき、少しぎこちない笑顔で彼の肩へと手を置き語りかける。
「そうか……ハーヴィーか……大きくなったな……」
「兄上は私のことなど覚えていないかと思っておりました」
棘のある言葉と、ハーヴィーの表情を見て少しギョッとするセプティム。憎しみの感情を感じ取って、彼は悲しそうな表情になるが……すぐに表情を消す。
「出世したのだな、おめでとう弟よ。帝国のために尽くしてくれ」
「すぐに兄上を追い抜きますよ、その時は
ハーヴィーは……笑顔でセプティムを見つめる。目は……笑っていない、あくまでも本気の言葉として発している。その目を見て、セプティムは少し残念そうな顔でハーヴィーへと語りかける。
「この称号を渡すものは別にいるのだ……昔から人を殺すことに快楽を覚えているお前には渡せぬ」
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