155 帝国騎士マルティン・テスタ
「どうも、
目の前に立つ男は……帝国騎士と名乗っているが、所作がとても洗練されており貴族出身なのだろうな、と俺は思った。マルティンは炎のように赤い髪に赤い目をした男性で、結構年若い……とはいえ三〇代だろうか。俺の顔を見て嬉しそうに笑っているが、顔の作りはかなり整っており、美形といってもいいだろう。
「どうも、私が
俺は頭を下げて、カスバートソン伯爵の方を見ると……彼は俺とは目を合わさずに使者として来訪したマルティンに恐ろしく気を遣っており、彼とは距離をとりつつ皇都の様子などを訪ねている。
気の使い方に少し違和感があるが……まあ、伯爵は比較的俺のような王国出身の魔道士にも声をかけてくれる人だったので……皇帝から直接使者として派遣された彼に気を使うのは当然か、と考えそこで観察を終わらせる。
「クリフ殿……はあなたですか。実は
マルティンは赤い目をルビーのように輝かせて笑う。帝国に来て思ったが、一般の帝国人は赤い目をしていない。貴族でも一部の人間しか赤い目を持っていないのだ。
俺の中ではアイヴィーが帝国人ということもあって、全員がそうなのかと思っていたが、実はそうではないということを感じさせられる。
『赤い眼は過去に皇帝陛下の血筋が入った貴族家でないと存在していないし、先祖返りに近いので全ての貴族が赤い目のわけではないの』
というアイヴィーの説明もなんとなく理解できる次第だ。ロレンツォも赤い目ではなかったな。
俺がマルティンの目を物珍しそうに見ていたこともあって、マルティンは俺の視線に気がついたようで……笑いながら俺に説明をしてくれた。
「ああ、そうか……王国の方には赤い目の住民がいないのでしたな。私の母方の遠縁に皇帝陛下の血筋が入ったものがおったらしいのです。それで……私は赤い目で生まれましてな。とはいえほとんど能力としてはないのですがね」
カラカラと笑いながら……マルティンは片目に手を当てて寂しそうに笑う。
「おっと、それよりも陛下よりご命令がきておりましてな……
マルティンは羊皮紙を使った巻物を俺に手渡す……封印には紅の蝋が使われていて、これが
「何なに……カスバートソン伯爵との相談の結果、
その言葉にカスバートソン伯爵がとても申し訳なさそうな顔で……俺に語りかける。
「その……君に無理を言って申し訳ない、という気はするのだが皇帝陛下の申し出は……断れない。一年前に皇都より不逞な輩によって盗み出された宝があって……
伯爵は、少し汗を拭うような仕草をしてから……アイヴィーを見て……項垂れる。
「お父様……
アイヴィーは俺たちがわかりやすいように谷の話を簡単にしてくれた。
そこには太古より
危険だが、こちらから足を踏み入れない限り被害がないため放置をされているのだとか。
「そうだ……危険な依頼になるので……お前がいる
伯爵は苦しそうな顔で……項垂れたままつぶやいた。そうだよなあ……親の心理からしたら、そんな危険な場所に子供を送り込めって言われて納得できるはずがないもんなあ……。
しかし……マルティンはそう思わなかったようで、俺に向き直ると期待を込めた目で口を開いた。
「伯爵の気持ちはわかりますが……陛下も
「これでよろしかったですか……?」
クリフたちが退席した後、伯爵は衛兵を下がらせてマルティンと二人きりとなる。椅子からやおら立ち上がり伯爵はマルティンへと跪いて尋ねた。
「お前にしては上出来だ、伯爵。無理を言ってすまなかったな、それと畏まらずとも良い」
マルティンはルビーのような赤い眼を輝かせて笑う。そう、彼は架空の帝国騎士マルティンを演じているだけの人物……マルティンの姿のまま、彼はクリフたちが出ていった扉を見つめている。伯爵は顔をあげて……マルティンへと尋ねる。
「よろしかったのですか? このような依頼など出さなくても皇都へ直接呼びつければ……」
「これはな、余からの試練だ。クリフ・ネヴィルが信頼を得るにふさわしい男なのか……そしてお前の娘が剣聖の弟子として相応しいものかどうか、などな。ここで死ぬようなら……あやつはそこまでの者だったというだけだ」
マルティンはふと伯爵を見ると……少し肩が震えていることに気がつき、彼には見えないように笑う。この男は娘が保護しなければいけないほどか弱いと思っているのだろうか? 実際に見て思ったが、剣聖が弟子にしたのがわかるほどの逸材……女性なのが惜しいと思うくらいの存在感を放っていた。
「娘を思う気持ちはわかる、だがお前の娘はすでにお前の手中を離れ、政治の道具たり得る状況になっている。お前が過保護にすればするほど娘の命を脅かすぞ。それと……あの中に懐かしい顔を見たな」
「懐かしい顔、ですか?」
マルティンは頷くとあれはどこだったか……と記憶を探っていく。あの少女の顔や目の光は……どこかで見たものに似ている。いつだったか。
「ああ、そうだ五〇年前……ジブラカン王の末裔か。そうか……ならば彼との約束を果たさねばいかんな」
独り言を呟くとマルティンはまだ不安そうな顔の伯爵の方を叩くと笑う。
「安心しろ、余が見込んだ冒険者だ、無事に戻ってくるであろうよ」
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