136 母さんの正拳突き

「いやあ、今日は良い日だ。息子が数年ぶりに顔を出したのと、冒険仲間を連れてくるとは」


 我が父バルト・ネヴィルはとても上機嫌だった。昔は昼間から飲むタイプに見えなかったが、今は機嫌よく地下の貯蔵庫からエールを出している。会わなかった間にかなり髪の毛に白いものが増えたな……と思う。顔にも少し傷と、皺が増えている気がしている。


 そんな俺たちを少し緊張した眼差しで見ている目……俺のいない間に生まれた妹……マリラ・ネヴィルが俺の顔をマジマジと見つめている。金髪碧眼でリリア似なのか、結構整った容姿をしている。そして目が合うとすぐに泣きそうな顔で母さんにしがみつく……。まあ初めて見る兄だしな。

「クリフ、あなたは全然家に戻ってこないから……寂しくて。ほら、マリラ挨拶なさい。お兄ちゃんよ」


「……こ、こんにちは。お兄……ちゃん?」

「初めてだね、お兄ちゃんだよ」

 笑顔で返すが……やはり恥ずかしがっているのか、怖がっているのかやっぱり母さんにしがみついてしまう。そして俺の仲間たちを見渡して……母さんの腕にしがみついて目を閉じてしまう。


「か、かわいい……クリフにもちょっと似てますねえ」

 アドリアがマリラを見て悶えている……そういえばアドリアは子供が好きなんだよなあ……。ロスティラフが孤児院の手伝いをしていたのも元々はアドリアが通っていた、と話していた。気がついたらロスティラフが足繁く通うようになったのだが。

 アイヴィーも目が合うとにっこり笑って手を振る……少し顔を赤らめてアイヴィーを見つめているマリラ。

 まあ、ここは女性陣にお任せした方がよさそうだ。ロスティラフは何も言わずに、出された料理を楽しそうに食べている。


「ところでクリフ……お前はこれからどうするんだ?」

 バルト……父さんがエールを片手に俺に質問をする……さっきまでの上機嫌さがなくなり、とても酒を飲んでいるとは思えないが……少し心配そうな顔もしている気がする。

「そうだなあ……これから帝国にいく予定なんだ。そのあとはまた大荒野に戻って……」

 父さんがはて? という顔で口を開く。

「帝国? なんのために行くんだ?」


「こちらの……アイヴィーは帝国伯爵の令嬢なんだ。で、帝国から呼び出しを受けていて……」

 その言葉に、父さんはゲッという顔をする……母さんも驚いたような顔をしている。

「て、帝国貴族の御令嬢なのか……ずいぶんお綺麗な方だとは思ったが……これは大変失礼しました」

 父さんも母さんも椅子から立ち上がってお辞儀をする……王国でも貴族階級の扱いは特殊だ、帝国ほど数は多くないし、質実剛健な戦士上りが多いらしいが。王国首都にいた頃に、かなり横暴な貴族の姿も見てきている……。


「い、いえお父様もお母様もそんな……私は外国にいるとわかっておりますので、そんなことを気にしないでください」

 アイヴィーが慌てて立ち上がり、父さんと母さんにかしこまるのはやめてほしいとお願いしている。ちょっとホッとした顔の二人。

 そのあと、大学での出来事や大荒野での冒険など、俺たちの冒険譚を話しながら……俺の家に笑い声が響いていた。




 その後、部屋の問題で自宅に俺だけが泊まる……という形になり仲間は村に一件だけある宿屋に宿泊することになった。俺が昔使っていた部屋はマリラの個室になっており、俺は来客用の寝室を使うことになった。ロランからは『今日くらいは親に甘えておくんだな』と言われてしまい……なんとなく宿屋には移動できていない。


「ところで……クリフ。あなたあの二人のお嬢さんとはどういう関係なの?」

 母さんが……俺たち家族のみになり夕食を食べているときに質問をしてきた。まあ、聞かれると思ったが……。

「クリフ……あの半森人族ハーフエルフの令嬢も良いところの出だろう……失礼がないといいのだが」

 父さんまで……。でも確かにアドリアも聖王国の名家、インテルレンギ家の令嬢なんだよな……普段の行動を見ているとそうは思えないのだが。

「あ、あの……怒らないで欲しいんだけど。二人とも恋人……です」


 その言葉に完全にフリーズする二人……。少し間を置いて母さんがすごい勢いで俺の胸ぐらを掴んで振り始めた。

「ちょっとクリフ、あなた貴族の令嬢を恋人にするって何をしたらそうなるの! 死刑よ死刑! 平民階級が貴族のお嬢様に手を出したらどうやったって死刑なのぉおお! しかもあんな年端もいかない少女まで恋人ですって!? しかも二人ともって、どうしようお父さん、あなたの血がクリフを獣にしてしまったのよぉ!」


「お、お、落ち着くんだ母さん、第一なぜ俺の血がクリフを獣にってどういうことなんだ! 確かにちょっと手をだしちゃった村の娘がいるが、それはお前も納得したことだろう!」

 父さんも俺の胸ぐらを掴んでブンブン振る。死ぬ、死んでしまう。助けてくださいー。マリラは『何やってるんだろう?』というあどけない顔で俺たちの狂想を見ている。


「お、落ち着いて……詳しく話すから……」

 俺はなんとか二人を引き剥がすと、魔法大学での出会いや、その後にアイヴィーと恋人になったきっかけや、帝国伯爵、セプティムとの再会、冒険者として大荒野へと旅しているうちに、アドリアともそういう関係になったことなどを少しぼかしながら話した。

「ふーむ……先方の父親には許可を得ているのか……しかも帝国伯爵といえば……かなりの家格だな」

 父さんはそれまでの話を聞いて少し悩んでいる。母さんはようやく落ち着いたようで話を黙って聞いている。マリラは……途中で寝てしまったので、母さんが寝台へと寝かせてきている。

「それでも仲間の二人に手をだしてしまうなんて……私はちょっと悲しいわよ……」

 母さんは少し呆れたような顔で俺を見つめている。


「アイヴィーもアドリアも俺にとっては仲間だし、大切な恋人なんだ……だから」

 前世の価値観で言えば……俺のやっていることはクズ野郎の行動にしか見えない。でもこの世界は一夫多妻制というか正妻とお妾さんの関連ができていて、昔アイヴィーが話したように貴族は妾を囲っている場合もある。父さん……バルトがぼろっと漏らしていたが、彼にも母さん以外に数名、お手つきがいる。

 ので、この世界の文化で考えれば……俺の行動は咎められるわけではない。しかし人の気持ちというのは制度や文化などで推し量れるものではなく……やはり正妻と妾の争いなども勃発するし、殺し合いになったりもするからな。それゆえに冒険者パーティの仲間に手を出す、というのをタブー視している者もいる。


「まあ、母さんいいじゃないか。男らしいと言えば男らしいんだ。俺はクリフがこんなに成長して……ちょっと嬉しいよ」

 父さんはエールをぐいっと飲み干すと……俺に親指を立てる。

「俺の息子なんだ……魔道士として生きているが、根は戦士……敵を倒すのも、女を落とすのも、お手の物ということぁはあーッ!」


 母さんの正拳突きが父さんの頬を貫き、父さんはエールを握ったまま椅子から転げ落ちたのだった。

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