129 上物の骨董品(アンティーク)

「なぜあの暗殺者を堕落フォールダウンさせた?」


 クラウディオは目の前に立っている薄桃色の髪をした魔道士ネヴァンへと鋭い視線を向ける。対するネヴァンは緊張もせずにニヤニヤと笑っているのみである。

「お前の使っていない手駒を使わせてもらっただけのこと、何か不都合でもあったか?」

 ネヴァンは肩をすくめて理解ができない、と言わんばかりの態度を取る。ネヴァンからすれば、手駒を使わないクラウディオに非があるのだ。


 その言葉にクラウディオがため息をついて……困ったように片手を額に当てる。こういう仕草は人間と同じだの……とネヴァンは思うが、所詮つい先日……とは言っても二〇年近く前だが混沌の戦士ケイオスウォリアーへと堕落フォールダウンしたクラウディオはまだまだ経験不足だ。


『彼は人であった頃の何かにまだ縛られている』


 導く者ドゥクスはネヴァンにそう伝えていた。ネヴァンが堕落フォールダウンしたのはもうずっと昔のため、すでにそうういう感情は欠落して久しい。

「クラウディオ、手駒は使わなければ意味がない。カマラもお前と似ているが……我々は目的のために全てを犠牲にしていく眷属なのだ。時には自分の命も使う」

 ネヴァンの言葉にクラウディオが憎々しげに顔をあげ、彼女を睨みつける。おやおや、ずいぶん人らしいこと……。ネヴァンは心の中でクラウディオを咲う。


「黒鴉は重宝したのだ。大荒野における諜報活動にもな。これで目を失ったに等しいぞ」

 クラウディオは絞り出すように彼の怒りを口にする。彼が人間であったときに、部下の失態を感情的に叱咤したことがあった。そんな記憶を朧げに思い出す。

 それを止めようとする彼の肩に乗せられた手、そして首を振ってクラウディオを諌める顔……その顔は彼が今でも憎み続けるあの男の、友人だった男の顔。

 いや、冷静になろう。頭を振って思考を飛ばし、クラウディオは心を落ち着ける。

「しかし……黒鴉が使徒を倒せるとは思えぬが……」


「勝てる勝てない、でいうなら勝てんだろうな。だが使徒に傷を負わせる、仲間に恐怖を感じさせる。恐怖から失敗を生む。これらはこちらが行動しなければ得られん」

 ネヴァンはそんなことは大したことではない、と言わんばかりの態度で笑っている。クラウディオはふむ……と考えるように視線を外す。残念ながらネヴァンの目から見てもクラウディオは短慮だ。

 ネヴァンは目の前の混沌の戦士ケイオスウォリアーがそれほど謀略や策謀に強いわけではないことも知っている。だから最後は彼が一人で戦いに向かうことも理解している。

 だから一言だけネヴァンは忠告めいたことを口に出した。

「止めてもお前は最後一人で戦うさ、ただその前にできるだけ相手を傷つけ、倒せる算段をつけてから動くべきだ」




「ずいぶんな骨董品を出してきたんだな……」

 ロランが広場へと運ばれてきた弩砲バリスタを見て呆れ顔で肩をすくめる。その様子を見て親方が少し不満そうに鼻を鳴らす。

「お前さんは聖堂戦士団チャーチ出身か……ならもっと最新のものを知ってるということか」

「まあ、最近は戦争もない。使ってるのは見たことないけど。とはいえちゃんと手入れはしてるんだな」

 ロランが弩砲バリスタの各部を確認しているが、彼の目から見てもこの兵器がかなりしっかりと作られてるように見えるらしく、感心したようにうなずいている。

「すまない、骨董品と言ったことは謝るよ。そうだな……これはだ」


 親方がその言葉に満足そうな顔で豪快に笑う。試しに何度か空撃ちをしているが、きちんと動作しているように見える。アイヴィーも弩砲バリスタを見て目を輝かせながら見学をしている。

「アイヴィーは弩砲バリスタを使ったことあるか?」

 俺は上機嫌なアイヴィーに質問を投げてみる。その言葉に彼女は何度か頷く。

「お父様の指揮している部隊の訓練に付き合ったことがあるわ。帝国の弩砲バリスタはもう少し大きめに作るし、車輪で移動させる物はないけどね」

 そうか、帝国の弩砲バリスタってのも見てみたい気がするな。基本的にこの手の兵器は攻城、防衛兵器として使われる。弩砲バリスタも固定砲台としての使用方法が多く、城壁に固定されているケースが多い。


「親方、なんでこいつは車輪つけたんだ?」

「さあ、注文の時に馬車につないで移動したいから車輪と輪止めも作ってくれって言われて……それで移動が楽になるようにこの形で試作したんだ」

 親方は記憶を探るように、俺の質問に答える。どちらにせよロランが骨董品と言っているくらいなので相当前の出来事なのだろう。


「石弾はできれば削り出したものが良いが……今はないからな。手頃な大きさの石を村人に拾いに行かせている」

 そんな話をしていると、村人が馬車の荷台に少し大きめの岩を満載して到着した。

「大きさはワシの方で選別する、お前らは戦う準備を進めてくれ」

 親方の好意に甘える形で、俺たちは戦闘計画を地面に枝を使って描いていく……。


「まず、敵の急降下を誘うためにこちらを見つけさせることが必要だな。速度が分からないが、大きさからしてそこまでの高速移動ができるとは思えない」

 枝で弩砲バリスタの位置と、敵の初期位置を簡単に描いていく。矢印を引いて弩砲バリスタの正面に敵を誘導する。

弩砲バリスタは再装填に時間がかかるし、力が必要だ。これはロスティラフとアイヴィーにお願いをしたい」

 二人が頷いて、お互いの顔をみて笑う。この二人も二人で実はなかなか仲が良いのだ。

「ロランと俺はバリスタの正面に相手をお誘き寄せるための餌だ。アドリアには防御魔法とか支援魔法をたんまりかけてもらう」

「ロランさんはともかく……クリフが前に出るのは危ないのではないですか?」

 アドリアが心配そうな顔で俺を見つめている。そういえばいつの間にかアドリアも俺のことをさん付けしなくなったな……。そんなことを考えつつも俺はアドリアの頭を撫でると笑う。

「大丈夫、俺はそう簡単に死なないよ。魔法で相手を引き寄せるのも必要だろうからね」

 そんな俺の様子にむう、と少し不満そうな顔でアドリアが頬を膨らませている……心配してくれているのはわかっているので、それはありがたいのだけどね。


「弾が当たっても落ちない場合に、俺は魔法で敵を叩き落とすことも考えている。とにかく地面に相手を落としたら勝負だ。一気にケリをつけよう。……大丈夫俺たちならやれるさ」


 俺の言葉に全員が頷く。ここからは戦闘だ、気を引き締めて戦おう。

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