105 拷問用液状生物(スライム)

「すまな……い。油断していたわけじゃないんだ……でも防げなかった……」


 俺は今仲間を集めて……アドリアが攫われた状況を説明している。先ほどまでは武装をしていなかったが、俺の必死の説明で何が起こったかを理解し、アイヴィー、ロラン、ロスティラフは完全武装の状態で集まっている。

 いつもの酒場の片隅……アドリアだけがいない状況。


「クリフ……その場所へといきましょう。話を聞いている限りは魔力の痕跡を見つけることができるかもしれないわ」

 アイヴィーが少し怒りを滲ませた顔で……俺に提案をする。彼女の怒りは俺に対してではなく……おそらくアドリアをさらった敵への怒りだろう。彼女たちは友人として非常に仲が良かった……本来は古書店街への調査は彼女たち二人でいく予定だったのだ。

 冒険者組合ギルドからの要請で、俺が一緒に行動することになったのだが、それが裏目に出てしまった可能性すらある。


「クリフ殿……こう言ってはなんですが、私がついていればよかったかもしれませぬな……」

 ひときわ消沈した表情のロスティラフが口を開く。彼はいつもアドリアの護衛をしていたのだから仕方ないだろう。

「いや……俺が悪いんだ……俺がもっと早く視線に気がついていれば……」

 俺はロスティラフに頭を下げる。そうなんだ、殺気混じりの視線にもっと早く気がつければ……防げた可能性だってある。俺は……ゴールド級冒険者だって少し油断していたかもしれない。こんなことになるとは。


「クリフ、俺は別行動をしてから現場に向かう。こういう時に頼りになりそうな奴を知っている」

 ロランが真剣な顔で俺の方に手を置いて話しかけてくる。こういう時に頼りに?

「蛇の道は蛇ってな。俺は戦士だが、昔の冒険仲間に裏社会のやつがいる……」

 すぐに彼は立ち上がると、手をあげて歩いていく。


「クリフ、私たちも動きましょう。まずは現場を調べる」

「あ、ああ」

 アイヴィーとロスティラフがすぐに立ち上がる。俺は少し……思考が回っていない気がする。言われるがままに俺は、みんなの後をついて歩いていく。待ってろアドリア……すぐに助けてやるからな……。悔しさと焦りの中で俺は歯噛みしつつ、歩いていく。




「う……うん?」

 アドリアは暗い部屋の中で目を覚ました。どこだ? と考えて動こうとするも……動けない。手が天井から伸びる太い鎖と手錠で拘束されている……つまり、何かしらの理由で攫われた? ということ。周りを見渡しても暗闇が広がっており……この場所には何もないように見える。

「ここは……どこ……?」

 少し肌寒い気もする……とりあえず自分の見える範囲では、特に何かをされたという形跡はない。ちょうど武器なども持っていなかったこともあって、完全に丸腰のまま捕まってしまった格好だ。油断をしていたとはいえ、簡単に拉致されてしまったのはいただけない。


「目が覚めたか」

 扉が開く音がして……男が一人、ランタンを持って暗闇から進み出る。その男の姿は異様だった……顔には不気味な仮面をつけている……まるで神話に出てくるような悪魔を模した仮面だ。服装は黒ずくめで、要所要所に革製の小手や脛当てが装着されている。マントも黒く、少し暗闇との境界線がわかりにくい……。フードを被っていないため金髪が見えているが、少しくすんだ色合いでアイヴィーのような明るい色ではない。

「ようこそ、夢見る竜ドリームドラゴンのお嬢さん」

「あなたは……何者ですか?」

 アドリアは目の前の男がかなり不気味な雰囲気を発していることに気がついて、警戒した様子で尋ねる。男の表情は仮面に隠れて見えないが……声色はかなり冷静なように聞こえる。


「依頼でね、君を拘束させてもらっている」

 男はアドリアの顎に手を添えると、ぐい、とアドリアの顔を自分の方向を向けさせる。

「さ、触らないで……」

 仮面から覗く目が見える……深い青色の目が感情を感じさせない光を湛えている。何者なのだろう……一瞬恐怖を忘れてじっと相手の目をみてみる。

「お前はまだ今の立場がわかっていないようだ」


 いきなり、頬を叩かれ痛みで息を呑むアドリア。男を睨みつけるが、男はそんなことも意に介せず背を向けて壁際へと移動する。そこには鎖が巻き付けられる機構とハンドルが見える。

「死なない程度に痛めつけても良い、と言われているのでな」

 鎖を天井へと引き上げるハンドルを回し、無理矢理に体を立ち上がらせられたアドリア、手首にしっかりとはめられた手錠が食い込み、さらに引かれたことで血が滲み、そして彼女の小さな体が爪先立ちのような状態まで引き上げられる。

「い、痛い……やめて……いやああ!」

 男は黙ってアドリアのローブを引き裂き……下着姿となった彼女の白い肌が露わになり羞恥と怒りでアドリアの顔が赤くなる。


 男はそれには答えずに、ランタンに照らされたテーブルより小型の拷問用に用意された革製の鞭を手に取る。

「女性を拷問するなど、あまり趣味ではないが……それでも依頼は依頼」

 恐怖の表情を浮かべ震えるアドリアの背後へと移動し彼女に向かって、無表情で何度も鞭を振るう。

「あぐっ……ああああっ!」

 背中に鋭い痛みが走り、彼女の白い肌に赤い鞭の跡がついていく。アドリアは冒険者とはいえ、痛みに対する訓練をしているわけではないため、こういった状況にはそれほど強くない。なんとか痛みを堪えるも目尻から涙がこぼれ落ちる。男は淡々と鞭を振るい続け、アドリアは鞭が振るわれるたびに痙攣するように体を硬らせ、悲鳴をあげている。

「や……やめて……ひぃっ! い、痛いっ……」

 涙ながらに懇願するアドリアの言葉も虚しく、淡々と振われる鞭。背中の皮膚が破れ、血が流れ出す。そして露出している素肌へ容赦なく振われる鞭。羞恥よりも痛みで体を震わせ、アドリアが悲鳴をあげる。

「早いな、これからだぞ」


 パチンと男が指を鳴らすと、ずるりと男の足元に赤い色の液状生物スライムが進み出る。

液状生物スライム……?」

 身体中に赤い鞭の跡を刻まれて、痛みで憔悴しているアドリアがその粘液の塊を見て呟く。何をしようというのか……。

「この液状生物スライムは品種改良をしたものだ。こういう拷問に打って付けでな……傷跡に

 その言葉にアドリアの血の気が引く。今彼女の全身に赤くミミズ腫れのように鞭の跡が刻まれた状態だ……そこに液状生物スライムが食いついたとしたら……。

「や、やめて……」

 男はそれには反応せずに液状生物スライムへ指示を出す。ゆっくりと動き出す液状生物スライムを見てアドリアが必死にもがく。ずるりと脚へと液状生物スライムがまとわりつき……彼女の白い足に刻まれた鞭の後に液状生物スライムが張り付き……凄まじい激痛がアドリアに襲いかかる。

「あああっ! い、痛いぃぃぃっ! やめ……いやああああああっ!」

 声にならない悲鳴をあげて、痛みで何度も悶えるアドリア。それを無感情で見つめる男。ずるりずるりと液状生物スライムがアドリアの体を覆っていく……傷口を抉るような凄まじい痛みでアドリアが苦痛の声をあげ、涙を流しながら彼女が必死に助けを求める。


「ひいっ! 痛い……っ! た、助けて……クリフ……っ! 」

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