33 プランナー・イン・ザ・ダンジョンズ02

 迷宮ダンジョンは普段冒険者生活で探索するようなジメッとして薄暗いものではなかった。


 管理が行き届いている、というのもわかる気がする。特に明かりの代わりにヒカリゴケが天井に敷き詰められており、視界を確保してくれているのも大きい。


 俺たちのチームは初日ですでに第三階層まで到達していた。

 数回骸骨戦士スケルトンや小型の暗黒狼ダークウルフとの戦闘もあったが、問題なく撃退していた。別のチームにも遭遇したのだが、初日ということもあり軽い挨拶と情報交換の時間だけで済んだ。

「ではクリフ君お元気で。君らと戦わないことを祈るよ」


 別チームのリーダーの男性、黒髪に赤眼で眼鏡をかけた杖持ちが手を差し出してきた。

「そうですね、お互いの無事を祈ります。無事にイベントを終えたらお茶でもしましょう」

 手を握り返して笑顔で別れる。


迷宮ダンジョン内だと時間の感覚が分からないわね」

 アイヴィーが辺りを確認しながら話しかけてきた。

「休むときは早めに休んだほうがいいね、無理をするといざというときに戦えなくなる」

 その辺りのマネージメントも学生側に一任されているのだろう。

 とはいえ、迷宮ダンジョンに入ってから結構な時間が過ぎている。休める場所を確保して休んだ方が良さそうだ。




 第3階層に入ってしばらく経過したのち、少し広めの部屋を見つけた。

 ここには整備された泉が作られており、水の補給ができるようになっている。この辺りもこの迷宮ダンジョンが大学によって管理されている、というのが分かる点だ。


 焚き火を作り、寝床を整えて保存食を食べる。

 保存食はあまり美味しいものではないのだが、これしかないということをアイヴィーやアドリアは理解しているのだろう。文句を言わずに食べている。

 お互いの位置どりや改善点を話し合い、明日からの行動をチェックする。

「五日あるからなあ……目的の魔導人形ゴーレムがどこにあるかも分からないし、慎重に進むべきだよなあ」

「そうですね、無理に階層を進めるよりは階層ごとにじっくり調査を進めたほうが良いと思います」

 アドリアがフォローを入れてくる。こういう慎重さもあってアドリアは見た目よりもよほど冒険者向きだと思う。

「アドリアがいうのならそれが正解ね」

 アイヴィーも頷く。トニーも異論がない、と頷いていた。

「今日は交代で休もう二名づつで見張りをして交代で休むようにして、何かトラブルがある場合は休憩中のメンバーを起こす、それでいいかな」




 軽く揺すられる感覚で意識が覚醒する。もう少し眠りたかったが、起きなければ。

「起きてください、順番がきましたよ」

 アドリアが俺の肩を揺すっていた。できるだけ俺が長い時間見張りをしようと思って先に休ませてもらったのだ。

「ありがとう、すぐに休んでね」

「はーい、クリフさんちょっと涎が出てましたよ」

 ニコッと笑ってアドリアは自分の寝袋に包まると、すぐに寝息を立て始めた。

 口元を拭うと確かに涎が出ていた。これは恥ずかしい。

 さて、見張りをしなければな、と焚き火で可燃物を焼いたあと、眠気覚ましのために泉で顔を洗う。


「クリフ、目が覚めた?」

 アイヴィーが布を俺に手渡してくれた。

「ありがとう、アイヴィーも大丈夫かな」

「うん、トニーも寝始めたから私も見張りをするわ」

 焚き火の近くに座って、焚き火に当てていた簡易鍋から眠気覚ましのお茶を木製の器に入れアイヴィーに手渡す。

 このお茶、冒険者パーティにお邪魔した時に教えてもらったもので、恐ろしく苦いが覚醒効果が高いので材料を常備しているのだ。

 アイヴィーは俺の隣に座ると器からお茶を飲み始めた。


「うわ、苦っ」

 アイヴィーが顔を顰める。そりゃそうだろうな、俺もこれに慣れるまで結構かかった。

 少しの間沈黙の時間が流れ、アイヴィーが耐えきれなかったように口を開く。

「私ね、冒険者の生活に憧れてたの」

「そうなの?」


 アイヴィーはお茶を啜ってまた苦そうにしながら続ける。

「……私の師匠は元冒険者だったのよ。四年前に私の家に逗留してもらって、そこで剣を教えてもらったの」

 そうなのか、帝国は裕福な家庭が多いとも聞くので冒険者の需要がないと勝手に思っていた。

「さらに師匠の奥様が高位の魔道士ソーサラーで、私の素質をみて魔法も教えてくれたわ」

 俺みたいに魔法の勉強を中心にやるだけでも大変なのに、剣の修行まで同時に行う、というのも相当に大変な気がする。

「それはまた、毎日忙しかったんじゃないの?」


「午前中は魔法の勉強、午後は休憩を挟んで剣の修行。夕方には一般教養という感じで休む時間はなかったかもね」

 アイヴィーが苦味に耐えきれなかったようで咳き込む。

 別の器に水を満たして手渡してあげると、それを軽く飲んでため息をついた。


「師匠や奥様が話してくれた冒険の話が忘れられなくてね……家庭に入る前に絶対に経験するんだって思ってた」

 懐かしそうな顔をして笑ったアイヴィーの顔がなんとも……可愛らしくてやっぱりドキドキしてしまう。

 はー、落ち着け俺。相手は一五歳、相手は一五歳。前世なら逮捕案件やばいことだぞ。あ、でも俺もこの世界では一五歳か。

 いやいや、落ち着け俺、何を考えている。


「家庭に入るって……結婚するってこと?」

 少し顔が熱いが、頑張って話題を続ける俺。

「うん、帝国貴族は婚約とかも親が決めてしまうから……それが義務だって言われてる」

 そうだよなあ……貴族は政略結婚とかもあるだろうから、自由に結婚相手を決められるわけじゃないもんな。

 そういうところはしがらみも含めて不便な社会だな、と思ってしまう。


「……お父様が決めた相手がね……ロレンツォなのよ」

 え? と思った。あんなにアイヴィーいじめてるロレンツォが婚約者? そりゃまた……。

 それでアイヴィーは何言われても我慢している? 未来の旦那様が横暴でもそれに付き従わないといけない、と思ってるのか。絶句している俺を見てクスッとアイヴィーが笑う。

「最初はああじゃなかったのよ。もっと優しかったんだけど……私が彼と手合わせした時に負かしてしまって……それからずっと……」

 悲しそうに目を伏せるアイヴィー。そりゃきつい。


 というかロレンツォ様ちょっと心が狭過ぎやしませんか……。たかだか子供の時に負かされたからってあのいじめ方はちょっといただけない。

 もしかしたらロレンツォはロレンツォでアイヴィーのことが好きだが、うまく表現ができなくてああなっている可能性もあるかもしれない、とはいえ相手を傷つけるまでやるのはどう見てもやりすぎだ。

 その時、コツンと俺の肩に頭を乗せ、手を軽く俺の腕に添えるとアイヴィーがつぶやいた。


「これは独り言だけど……私冒険者になって誰かに連れ出してもらいたいな」

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