16 混沌の戦士(ケイオスウォリアー)01

 暗黒族トロウルの駐屯地が近づいてきた。


「良いかい、クリフ君はバーバランドラと離れてはいけない。もし僕らが倒れるようなことがあったら君は全力で逃げるんだぞ」

「クリフ、バーバランドラは我がいうのも何だが、信頼できる。奴の言うことをちゃんと聞くのだぞ」

 セプティムとジャジャースルンドがバーバランドラを大変高評価している、というのはわかった。

 でも個人的にはベアトリスさんを置いて逃げるのはどうか?と思っている。だって何されるかわからないじゃないか、こんな可憐な美少女ハーフエルフを置いて逃げるのは世の中の損失だと思う。

 正直言うなら、この冒険者メンバーの誰も置いて逃げたくなんかない。それくらい俺と近い存在になったと思っている。だからこそ、俺は逃げる気はない。


「それはわかりますが、混沌の戦士ケイオスウォリアーに勝利して皆で帰りましょう」

 これは綺麗事ではあるが正論だと思ってる。究極的には全員無事に帰りたい。

「君は優しいな」

 セプティムが笑う。

「僕もそうしたいな……まだまだやりたい事もやらなければいけない事はたくさんある。ここで斃れる気はないさ」

 肩に置かれたセプティムの手にちからが籠る。

「我もここで死ぬ気はない。また貴様らを死なせる気もない」

 ジャジャースルンドがそれに答えるようにこちらを見ずに独り言を話した。それに呼応してバーバランドラも頷いている。

 暗黒族トロウルも漢気あるなあ……今はその言葉が嬉しい。




 暗黒族トロウルの駐屯地は、周囲を森に囲まれた場所に位置しており今は混沌ケイオスの侵食に伴って不気味にねじれた黒い木々が鬱蒼と茂った状態になっていた。

「元々は木々が整然と植えられた場所であったのだがな」

 ジャジャースルンドが悲惨な光景を見てため息をつく。

「運搬用昆虫も逃げ出しているようだ。まあ汚染されるよりはマシかもしれんな」

 運搬用昆虫は暗黒族トロウルが使役する大型昆虫らしく、馬くらいのサイズがある甲虫らしい。

 戦闘能力もあるため、暗黒族トロウルがこれに乗って戦闘に参加することもあるとジャジャースルンドが説明してくれた。キッズ大興奮ものじゃないですか、そんなロマンの塊。

 まあ逆に近寄って食われそうな気もしなくもないが。


「誰も出てこないですね」

「ああ、静かすぎるな」

 思った疑問を口に出してみたところ、カルティスも同じ感想だった。あまり音がしない。

 完全に獣魔族ビーストマンがいない、とはいえ普通は何かしらの防御対策でも講じていそうなものだが。


 駐屯地の入り口は廃墟寸前といった状態で、この形だと防衛にはあまり向いていなさそうだとは思う。これでも防衛できる、という自信の表れなのだろうか?

「注意して進もう」

 入り口から慎重に進んでいく。駐屯地とはいえ、建物は石造などではなく、木材をふんだんに使った簡素な作りだった。まあ、大半が侵食で朽ちてボロボロになっているのだが。

「こんな簡素な作りで駐屯地になりえるのか?」

 ジャクーが暗黒族トロウル以外全員が思ったことを素直に口に出した。

「我らの駐屯地はあくまでも補給や休憩のために使うものだ。そこで防衛をするために作っているのではないのでな」

 ジャジャースルンドが答えてくれた。

「人間の基準だと簡素に見えるかもしれんが、我らにはこの程度で十分……いたな」

 急に会話を止めて立ち止まったジャジャースルンドの視線の先に全員が注目した。


 駐屯地中央に広場があり、そこにその人物が立っていた。

 妖艶という表現が正しいのだろうか、意外なことにその人物は女性だった。着用している鎧は必要最小限、露出が比較的高めで豊満な肉体がはち切れんばかりに押し込められている、という印象だ。

 鎧の装飾は見るだけでも不安感を掻き立てられる歪な造形で、鎧の合間から覗く素肌は不気味なグレー系の色をしている。腕や足には紋様が刻まれており、よく見るとミミズのように細かく蠢いていて、その動きを見るだけでも悍ましさを感じる。

 長い黒髪は無造作に束ねられており、頭にはねじれた角が2本生えている。この角だけでも人間ではない、とわかる外見だった。奇妙なことに眼球は白目の部分が漆黒に彩られていて、黒目の部分がルビー色に輝いており、この世界でもかなり異質な印象を与えていた。

 さらに地面に片手半剣バスタードソードを2本、無造作に突き刺しており、それが彼女の武器のようだ。

「ようやく来たのねえ、随分とゆっくりしたお出ましだこと」

 驚いたことに大陸共通語で話しかけてきた。


淑女レディを待たせてしまったかな?」

 セプティムが油断なく剣の柄に手を伸ばしつつ答える。この状況でその返しができるとかカッケーっす。

「いいえ、良い男を待つのに時間は関係ないわ」

 その人物はベロリと紫色の舌を伸ばして舌なめずりをすると、凄まじく不気味にニタッと笑った。なんだこれは……ぱっと見の容姿はこの世界の基準でも恐ろしく美しいはずなのに、どこか不快感、不安感を与える何かがある。

「……子供までいるのね」

 俺を見た瞬間に目がギラリと輝く。狩りの獲物を見るような、そんな目だ。

「私は子供が好きなのよ。坊や、こっちへいらっしゃい。お姉さんが可愛がってあげるわぁ」

「うっ……」

 あまりの不気味さに思わず後退りしてしまった。なんだこの不快感。生理的嫌悪感を感じる笑みだ、そして俺の中の冷静な部分が叫んでいる「こいつは危険」だと。

「クリフさん、こちらへ」

 ベアトリスが俺を隠すように前に出る。

「あら……もうお手付きなのね、残念だわ。せっかく大人の楽しみ快楽を教えてあげようかと思ったのに」

 クスクスと笑う。ベアトリスの顔が嫌悪で歪んだ。


「自己紹介がまだだったわ、私の名はアルピナ。あなた方が混沌の戦士ケイオスウォリアーと呼んでいる存在よ」

 アルピナは大きく歪んだ笑みを浮かべて俺たちを見た。

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