15 闘いに挑む前の準備を進めていくそんな話

「も、もう大丈夫ですよベアトリスさん」


 まだ傷は痛むけど、これ以上膝の上に乗せられているのもどうかなって思ったので断りを入れて座り直す。カルティスがものすごく悪い笑顔をしながら声をかけてきた。

「もう少し寝てても良いんだぞ、クリフ君。ベアトリスも心配だろうしな」

 なぜ君付け、そしてその笑顔は悪いことしか考えてない感じがするよ。というかベアトリスさんの太もも吸い付くような手触りで気持ちよかったなあ……この歳の子供が太もも撫でても事案セクハラにならないのは素晴らしいとさえ思う。

 まあ、中身はおっさんなんですけどね。


「クリフ君、大丈夫か?」

 セプティムがかなり心配そうに俺の顔を覗き込む。

「すいません、ご心配をかけてしまって……」

 これは本心だ。俺が怪我して帰ったら多分リリアが発狂するレベルで騒ぐだろう。正直セプティムに飛び火する可能性があるので、これは今後の心配なんだけど。

 ふと怪我をしたところが気になり手を当てたら、治療されていて清潔な布が綺麗に巻かれていた。

 清潔な布、というのがこの世界ではかなり貴重だ。わざわざこういった貴重なものを使ってもらえるとは……本当にありがたい。


「僕はどのくらい寝ていたんでしょうか?」

「そうだな、二刻くらい(約一時間)……くらいかな」

 セプティムが考えながら答えてくれた。

 そうか、一時間も完全に無駄にしてしまった。

「すいません、僕が皆さんを待たせてしまったのですね」

「何を言っているんだ。戦利品の整理とか全滅した小鬼族ゴブリンの死体を焼いたりと色々やることはあったからね。もう少し休憩してから駐屯地に向かおう」

 セプティムは状況を軽く説明すると、大丈夫だ、と再度繰り返した。


「ジャクーの怪我も大したことはない。ただ……獣魔族ビーストマンの武器で傷をつけられたので念入りに洗っているが、村に戻ったら治療院へ行かないとまずいだろうな」

 カルティスが深刻な顔でセプティムに伝える。何のことだ? と思って聞いてみたところ、獣魔族ビーストマンの武器はかなり汚れていて、傷をつけられた場合病気になってしまう可能性が高いのだそうだ。

 念入りに洗っても感染の危険があるため、獣魔族ビーストマンとの戦いで傷ついたものは治癒の女神信徒の治療院で治療するのが定石なのだという。

獣魔族ビーストマンはかなり厄介なんだ、強さはさほどでもないが」

 カルティスが補足を入れてくる。


 治療院は、前世でいうところの診療所に近い施設だ。治癒の女神の信徒が営業しており、治療費という名のお布施を支払えば怪我、病気、四肢欠損まで対応してもらえるという万能施設だ。

 また入院をすることもできるが、非常に高額のお布施を請求されるため大抵は自宅療養で出張治療を受けるケースが多い。

 村にも小さめの治療院が存在しており、子供の頃に何度か怪我をした際に連れて行かれたことがある。

 バルトが王都でスカウトしてきた院長が駐在していて、村の怪我や病気は院長が対応している。まあ、癖の強い人なんだが……。


「数日で発症するが、駐屯地解放が早ければなんとか村に到着するくらいのタイミングだろうから……なんとかなるとは思う」

 ジャクーがこちらに歩いてきてセプティムと相談を始めた。どちらにせよ駐屯地解放は本日中にやっておかなければいけないだろう。

 混沌の戦士ケイオスウォリアーは今何をやっているんだろうか……というか誰もいない駐屯地で一人突っ立っているかと思うとちょっとシュールだな、とは思った。




 そこから小一時間ほど準備などを行なった後、駐屯地に向けて出発することになった。怪我をした俺にはバーバランドラが付き添うことになった。ジャジャースルンドよりも一回り小さい体ではあるが、投石スリング兵としてはかなり腕の立つ暗黒族トロウルなのではないか、と思う。

 何せあの乱戦でも味方に当てることもなく、投石を成功させていたのに加えて投石の威力も凄まじかった。あまり喋るキャラクターではないようで、頷いたり首を横に振ったりなど身振りでコミュニケーションをとるのが少し面白い。


混沌の戦士ケイオスウォリアーはどういう敵なんでしょうか?」

 素直に思ったことをセプティムに聞いてみる。

「僕が倒した混沌の戦士ケイオスウォリアーは元帝国騎士だった。でね……それでも一つの村が壊滅するくらいだったよ」

 セプティムが苦々しい顔で答える。人間が堕落して混沌の戦士ケイオスウォリアーになる、ということなのだろうか。

混沌ケイオスは常に人を堕落の道に誘おうとしているのさ……クリフ君も気をつけてほしい。堕落は誘惑を伴うものなんだ」

 ベアトリスがその言葉を聞いて顔を曇らせた。

「その時堕落したのは……僕とベアトリスの友人だったからね」

 苦々しげに答えるセプティムの顔は正視できないくらい、苦痛と後悔の色をたたえていた。

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