01 住んでいる王国の知識は先生から教えてもらおう

 ……転生して数年が経過した。


 経過した、と思っているのは自分だけで本当はもっと経過しているのかもしれない。最初の記憶は目の前でよくわからない言葉を話す男女がいたこと。どうやら男性は俺の父親で、女性は母親なんだ。と言うことは理解できた。

 そこからの記憶が飛び飛びになっている。


 赤子の状態から数年が経過するまで記憶があやふやで、記憶が途切れ途切れになっている。実際に現世にいた頃も子供の頃の記憶が曖昧だったことと共通して、転生しても自我が生まれるまではあやふやな状態での人生が続いていたのだろう。変なこと喋ってないといいけど。


 この世界での俺の名はクリフ。

 クリフ・ネヴィルというらしい。

 金髪碧眼の実にファンタジーな外見のめちゃくちゃグラマーな母ちゃんがクリフと呼んでいることを聞いていてその名前を認識した。クリフ、いい名前じゃないか。ファンタジー世界のキャラクターって感じだよ。母ちゃんの名前はリリアというらしい。リリア・ネヴィルか。


 そして、背が高く筋肉質のムキムキマッチョな男が俺の父。やはり金髪だが、目の色は栗色で優男でもないけど、ファンタジー世界の典型的なイケメンおじさん、なんだろうかな。普段から剣を腰に吊るしているので、一般的にいうところの戦士か騎士なんだろう。父親の名前はバルト・ネヴィルというらしい。


 身の回りにあるものを見ていると、やはりファンタジーの世界に転生させられた、ということを改めて認識する。この世界には現代日本にあったような便利な道具は何一つない。食い物の味付けもシンプル極まりないし、主食はそもそも肉やパン、ジャガイモが多い。灯りもランタンや蝋燭で賄っていて、夜は暗くなったらさっさと寝る。ベッドも木製のシンプルなものだった。

 そして、俺の家はとても長閑な村……セルウィン村の中心地に建っていることもわかった。


 村人たちの話をまとめていくと、ある程度自分の置かれた状況が理解できた。

 ネヴィルの家はこの村を収める代官であること。バルトは王国の戦士の一員であり、何らかの功績を立ててこの村に赴任してきたこと。そしてリリアはそれなりの良い家庭に生まれたお嬢様だったこと。その二人の子供である俺=クリフはそれなりのお坊ちゃんであったことだ。


 それにしてもお坊ちゃんスタートはそれなりに幸先が良い、と思う。村人は代官の息子ということで丁寧な扱いをしてくれている。(少し腫れ物に触るような扱いではあったが)

 村には学校のようなものはなかったが、文字の読み書きができる学者が住んでおり希望者に対して文字の読み書きを有料で教えていた。運よくリリアの教育方針でこの学者から文字の読み書きを教えてもらうことができた。村の子供達でも文字を学ぶ機会はあまり無いらしい。




「クリフ君、では今日から王国の歴史について学んでもらいます。歴史書の一二〇ページ目を開いてください」

「はい、先生」


 学者は名前をヘンダーソンと言い、王国の首都ホワイトウォールからこの村に流れてきた三〇代の男性だ。灰色の髪に緑色の目をした痩せ型で、学者然とした外見だ。

 首都では役人として財政などに関わってた、ということだが何らかのミスかトラブルを抱えてしまい、この村に飛ばされた、というのが村人の噂だった。とはいえ、もう数年村で子供たちに勉強を教えていて、それなりの信頼を勝ち取っている、というのが俺の見立てだ。


「王国はすでに建国から二〇〇年が経過しています。建国の王は地方部族を戦争で打ちまかし、この王国……サーティナ王国を建国しました」


 サーティナ王国。それが俺のいる国の名前だった。

 建国王はランフランク・サーティナ一世、元々は超有名な冒険者だった、という伝説がまことしやかに語りつがれている。

 世界のどこかにある大迷宮を踏破したとか。凶悪なドラゴンを打ち倒して従えたとか。他部族との戦争で一〇〇〇人以上をぶった斬った、とか。それはもう大変な偉業を成し遂げたらしい。ワンマンアーミーみたいなもんだな、うん。


 そしてそこから二〇〇年。王国はそれなりの平和な時間を過ごしてきているらしい。対外的な戦争は何度かあったがその度に王国の戦士が協力して戦い、そして打ち破ってきた。

 このサーティナ王国は建国からそれなりの領土拡張をしてきており、このセルウィン村は王国の領土として端っこに存在している。王国の中心地から外れた村の脅威は他国の侵略の危機はなく、日常の脅威として混沌ケイオスの存在が大きいという。


「先生、混沌ケイオスって何ですか?」

「クリフ君、良く聞いてくれました。混沌ケイオスとは世界を滅ぼそうとする神々の敵、世界を侵食する汚れ、しみのようなものです」

「汚れですか……」

 言葉尻だけを考えると混沌ケイオスとは混乱や収拾のつかない様を表す言葉だ。だがこの世界の混沌ケイオスとはもっと恐ろしいものらしい。


混沌ケイオスは世の中を侵食するために、汚れに触れた人間、動物を変化させます。世界と神々は一度この力と戦いそして打ち倒しています。ですが混沌はこの世界のどこかに絶えず染み出しています。平和な我が国でも混沌による事件はたびたび起きているのです」

 そういうと先生は過去に起きた混沌ケイオスの事件を語り始めた。


 混沌ケイオスに侵された動物が変化し、蠢く不気味な魔物となって村を壊滅させた事件。都市部の下水道に住み着く混沌ケイオスの教団が人を攫い、生贄として混沌に捧げた事件。人里離れた場所に隠れ住む混沌ケイオスの下僕が旅人を襲い、その肉を食らっていたという事件。


 子供に聞かせるような話ではないと思うが、実際にこれが過去に起きていた事件なのだという。そういった事件は王国の戦士や冒険者が対処して、混沌ケイオスを押し返してきた、と先生は話していた。冒険者は冒険者組合ギルドによって管理されているそうで、活躍に応じてランクが決まっているとも話してくれた。先生も数年だけ冒険者として活動したことがあると語っていた。


 世界の概要はまだよくわからないが、とりあえず今住んでいる場所などの知識は先生から教えてもらうことで何とかなりそうだ。ただ、まだ確認をしなければいけないことはたくさんある。


 転生をする前にあの声が話していた魔法の素質、というのが何を表しているのかを調べておかなければいけない、と考えていた。まだまだこの世界の知識が足りない、知らなければいけないと思う。

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